ランチイベント

 人間達が暮らすミズガルズの喫茶店に来たラティは、店内の掃除をした後、ランチの仕込みをする。

 とは言っても、世界樹の自分の植物園で採ってきた数種類の野菜しかないので、新鮮なトマトを使ったミネストローネや、シンプルなパスタソースくらいしか用意は出来ない。


 そうこうしているうちに、時計の針は昼十一時半を差す。

 お昼ご飯を求めた人間達が、喫茶店の近くを通る時刻だ。


「結構長いこと店を開けちゃったけど、私の店を覚えていてくれる人、いるかな?」


 休店前は一応常連の人たちがいたけれど、休んでいる間に他のお店に取られてしまったかもしれない。

 少しだけ残念に思うけれど、継続して店をやるスタイルは出来ないから、仕方がないことなのだ。


 ラティは外に出て、ドアプレートを”close”から”open"に変える。

 すると、近くに住む老婦人が目ざとく見つけ、近寄って来た。


「あら、ラティ。久しぶりじゃないの」

「おばあちゃん久しぶりー! 元気にしてました?」

「ええ、とっても元気よ。どこに行ってたの? いきなり消息が途絶えたから、他の常連さん達と心配していたのよ」

「えーと、新たなるレシピを求めて、修行? みたいなことをしていました。おかげで喫茶店経営者としてパワーアップした気分!」


 世界樹の上で喫茶店を開いていたと言っても信じてもらえないだろうから、適当にそれっぽい理由を話しておく。

 それでも老婦人は納得してくれた。


「なるほどねぇ。他の飲食店の人達にも見習ってほしいものだねぇ」


 老婦人と会話している間に、ラティはいいことを思いついた。


「ねぇねぇ、おばあちゃんに頼みたいんだけど、知り合いの人とかに、”夕方までの間に、自宅に咲くニオイスミレとこの喫茶店のランチを交換してあげます”って伝えてほしい!」

「あらまぁ、なんだか素敵ね。友達に声をかけてみるわね」

「うんうん。よろしくー!」

「じゃあまた後で」


 さっきまでは自分の足で街中を歩き回り、ニオイスミレを探してみようかと思っていたのだが、この街に住む人達に頼った方が効率良く花を手に入れられそうだ。

 老婦人は嬉しそうにしていたから、案外街の人達にイベント的に楽しんでもらえるのかもしれない。


「お客さんが来る前に、コーヒー豆でも挽いておこーっと」


 ラティが店に引っ込むとすぐに、かご一杯にニオイスミレの花を摘めたお客さん達がやってくる。

 スミレの花だけではなく、鶏の卵や美味しそうなベーコン、パウンドケーキなどを持ってきてくれた常連さんもいて、ラティは受け取ったり喜んだりするのに忙しい。

 調理や給仕もたった一人でこなすので、目が回るほど忙しい。


 それにしても、お客さん達の雑談は興味深い内容ばかりだ。


「ワーズ家を継いだあの子、昨夜噂のダンジョンから生還したらしいわよ!」

「あのSランクのダンジョンから? もしかして踏破したとか?」

「そこまではまだわからないわね。でも大英雄の血を引いているだけあって、将来有望よね」

「そうね。ああ、思い出した。大英雄様なんだけどね、戦死したって公表されているじゃない?でも真相は、隣国の者に暗殺されたらしいのよ」

「暗殺ですって!?」


 なんだか心当たりのある人間の話をしている二人がいて、ラティは呆気に取られる。しかも、ヴァルハラに送り届けたばかりの大英雄の死因にまで話が及び、ラティはつい、会話中の二人の間に割って入った。


「ねぇねぇ、詳しく教えてくれないかな!? えーと、私大英雄殿のファンなんです! 隣国ってサンレード王国のこと?」

「そうなのよ。この国にはサンレード王国のスパイが多く入っていると聞くけれど、大英雄様が駐在していた紛争地帯にも潜んでいたのねぇ」


「へー。あれほどの方がなんでワルキューレとはぐれて、私の植物園近くをうろついていたのか疑問だったけれど、その辺の事情もありそう……」

「ワルキューレ? なんの話かしら?」

「こっちの話!! それにしてもワーズ家の人達は内心複雑だろうね」


 店のドアを開く大きめの音がしたと思ったら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「––––俺の祖父の噂話をしているのか……、ってお前は!?」


 振り返ってみると、銀髪の青年が驚愕の表情でドアの近くに立っていた。

 先日世界樹の近くの地下ダンジョンで助けた冒険者であり、今噂話に出ていた大英雄の孫にあたる人物だ。

 彼はダンジョン内で会った時よりもさらに痩せている様子。この街までの帰路も厳しいものだったに違いない。


「やぁ、また会いましたね。この店に来るのは初めてじゃないですか?」

「どういうことだよ、この前は世界樹の上で喫茶店をやってるって言ってたよな? ファフニールを倒して、改めてお前に礼を言いに行こうと思ってたのに」

「つまり目標の一つがなくなった?」

「そりゃそうだろ」

「なんか悪かったですね」

「別に……。なぁ、この店、スミレの香りが充満してないか? 落ち着かない気分になる」

「今日は特別に、ニオイスミレと引き換えにランチを出してるんです。君は持ってきていないんですか?」

「ニオイスミレは今持ってきてない。後から渡していいか?」

「別にいいけど」


 現金でランチ代を払ってくれたら済むけれど、今更それを言うのも野暮なので、ラティは承諾したのだった。

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