第14話決断

「美那さん、俺に隠してる事ない?」


 美織を寝かしつけてリビングに戻った俺が声をかけると、ソファーに座ってスマホを眺めていた美那さんの肩が僅かに動いた。


「もしかして聞いた?」

「ああ、今日の放課後鈴木さんから聞いた」


 顔を上げた美那さんと、視線がぶつかる。先に逸らしたのは彼女の方だった。


「余計なお世話だと分かってた。でもね、優希の味方になってくれる人が必要だって……思ったの」

「俺に味方なんて出来るわけない」


 そう言った俺を悲しげに見つめてくる。


「そんな事ないわ。きっと分かってくれる人はいるはずよ。だってあなたは悪くないんだから……」

「そんなわけないだろ!!俺が父さんを傷つけた。あの時俺が抵抗していれば……父さんと母さんは死なずに済んだのに!!」


 俺が全てを壊した。今この世に大好きだった両親が居ないのは、俺のせいだ……。


「いいえ、悪かったのは姉さんよ……あなたじゃない。確かに許されるざる行為だったし、あなたが傷ついてるのも私は理解してるつもりよ。でもね?それなら聞くけど美織が産まれて来なければ良かったと思うの!?」 

「…………っ!?」


 涙ながらに訴える美那さんの言葉にハッとなる。

 そうだ、過去を否定するというのは……美織を否定する事と同意だ。そして過去に何度もこうやって美那さんに吐露してきた。俺は自分の不甲斐なさに唇を噛み締める。


 「美那さん、ごめん……」

 

 俺は美那さんに頭を下げた。

 迷惑をかけている美那さんに事あるごとに当たり散らして……俺は本当に情けない。


 母さんは遺言という形で、無責任に美那さんを後見人に指名していた。遺言があるとは言え、美那さんは拒否は出来たはずだった。


 葬儀の時、母さんと美那さんの両親……本来であれば祖父母という存在になったであろう人達と初めて会った。  

 母さんは高校卒業後に家を飛び出して、ずっと連絡も取っていなかったと知ったのはこの時だった。


 あの人達は俺達・・を穢らわしいと言い拒絶した。そして美那さんに後見人になるなら勘当するとまで言い放ったのだ。

 母さんに線香をあげる事すらなく帰っていた姿は今も鮮明に脳裏に焼き付いている。


 それに真っ向から反抗した美那さんのおかげで、いま俺達はこうして生活出来ている。

 なぜ美那さんが泣く必要があるのか?いつまで俺は悲劇のヒロインみたいな事をしてるつもりだと鼓舞する。


「美那さん、本当にごめん。落ち着いてからでいいから話を聞かせてもらえるかい?」


 両手で顔を覆っている美那さんが頷くのを見て、あの日悲しそうにしていた志岐さんを何故が思い出した。  



 

 暫くして落ち着いた美那さんが、『いっぱい泣いちゃったな』と照れくさそうに曖昧な笑みを浮かべ顔を上げた。釣られても俺も同じ様な笑みを返す。


「美那さん、教えて欲しい。何で志岐さんにそんなに入れ込むの?」

「そうね……こんな事言ったら怒るかもしれないけど女の勘というのが1番の理由。亜依ちゃんは、優希の悩みもきっと包み込んでくれると思ったから……かな」


 いまいちピンと来ない回答だった。


「伝わりにくかったわね。えっと……美織が懐いてるでしょ?あれってどうしてか分かる?」

「いや……不思議には思ってたけど分からない……」

「亜依ちゃんていつも笑顔でしょ?美織と話す時はいつも屈んで目線を合わせる。美織の話も流さずちゃんと聞いてあげてる。気づいてた?」


 言われてハッとした。


「亜依ちゃん、あれで一人っ子なのよ。信じられる?あの年齢としで自然とあんな事が出来る子なんてなかなか居ないわ」

「…………」

「あんな優しい子がこの家の事情を知った時、きっと心を痛めると思うわ。でもね?私が一番に願うのは優希と美織の幸せなの。その為なら私は心を鬼にしてでもやれる事をやりたいと思った」


 まだ3年程の付き合いだけど、この人は本当に俺達に甘い。


「それに優希の事好きだって言ってるんだし、亜依ちゃん的にも美味しいかもしれないじゃない」

「……んなっ!?」

「もしも受け止められないなら距離を置いてもらって構わないって既に話はしているわ。内容は言ってないけど、彼女自身も何か事情があるのは分かってるはずよ。だから気楽に話してみたらいいのよ」


 まだ付き合うとか、そんな事は考えていない……と言いそうになったが、藪蛇になりそうな気がして飲み込んだ。

 

「それで距離を置かれて、周りに言われたら……いや、彼女はきっとそんな事はしないだろうな」

「そうよ、そこは大丈夫だと思うわ。私の予想では鈴木さんも大丈夫だと思うけどその判断は優希に任せるわ」

「分かった。一度話してみようと思う。今日の明日は来ないと思うから、来週にでもまたここに呼んでもいいかな?」

「ええ、もちろんよ」


 俺は連絡するから部屋に行くとだけ言い残し、リビングを出た。

 『私は信じられずに逃げたから……』と彼女が呟いた声は誰に気づかれることも無く霧散していった……。

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