第5話 エレナ・シャンディール


 レオはうっすらと空が明るくなる頃にやっと眠りについた。転生前に体験したことのなかった女性との情事は彼にとって刺激の強すぎるものだった。


「レオ様、エレナ様。朝でございますよ〜!」


 セイディの元気な声と、開かれた窓からの涼しい風に半裸のレオは半強制的に目を覚ますこととなった。

 レオが体を起こすと、彼の横で眠っていたエレナも目を覚ました。寝起きだというのにエレナはとても美しく、彼女の裸体を陽の光の下で見てレオはギョッとする。


「レオ様、お召し物をお持ちしておりますよ。エレナ様も。では朝食を準備してまいりますね!」


 セイディが部屋を出ていくと、エレナは寝台から立ち上がり投げ捨ててあった下着を拾って身につけた。レオはそれをぼうっと眺めている。


「レオ様、やっぱり人が変わったようだわ。いつもはあんなに激しくなさらないのに……。ふふふ、でもエレナは嬉しいです」


 エレナは下着姿のままレオの隣に腰を下ろすとレオに寄り添って彼を見上げた。銀色の髪は朝日でキラキラと輝き、青い瞳もうっすらと銀色がかっている。レオはもう一度彼女に触れたい気持ちを抑えつつ、セイディが用意してくれた服を身につけた。学園指定の軍服は綺麗に洗濯されていて、ボタンも一つ一つ磨き上げられている。

「よくお似合いですわ。ふふふ、エレナが同級生ならきっと惚れて追いかけ回しているかも」

 レオと同じ歳である彼女が学校に通っていないことに衝撃を受けた。娼婦となってこの家に来てから、彼女の役割はレオの愛人として将来的には子供を産みキルマージュ家の繁栄に貢献すること。

 レオは昨夜、分厚くて難しそうな本を読んでいた彼女を思い出して少し複雑な気持ちになった。

「エレナ、朝食は?」

「もちろん、ご一緒に。レオ様、ボタンが」

 エレナがレオの掛け違えたボタンをさっと直すといじらしげに微笑んで、そっと離れた。

 レオはセイディが用意したエレナの服を手に取った。仕立てたばかりのようにピンとしたワンピースはエレナの銀髪によく映える緑色に黒のレースが繕われている。

「さ、後ろのボタンは俺が」

「まぁ、レオ様ったら……やっぱり人が変わられたみたいだわ」

 エレナの発言から、転生前のレオはあまり彼女には優しくなかったらしい。だからなのか、実際にレオの脳内にはエレナとの寝台以外での記憶がほとんどないようだった。

(転生前のレオはこういうところは割り切ってたようだな、こんなに綺麗で良い子なのに)

「そうかな、きっと思い違いさ。ほら、後ろを向いて」

 ドレスを半分着た彼女はくるっと後ろを向いた。彼女の背中は滑らかで細すぎずふっくらしすぎず陶器のような肌は真っ白でよく手入れされている。

 彼女は娼婦として日頃からケアしているようで、その肌の触りごごちはレオの脳裏に焼き付いて離れない。

 レオはボタンを留めながら、昨晩のことを思い出してぐっと体に血が巡るのを感じた。

「ほら、できたよ」

「ありがとうございます。エレナは幸せ者ですわ」

「ん?」

 レオは寝台のそばにあった水差しからグラスに水を注ぐとぐっと飲み干して、エレナの分を彼女に手渡した。

 彼女はそっと水に口をつけると、少しだけ悲しそうな顔をした。

「レオ様も知っているでしょう? シャンディール家の私の一つ上のお姉様のこと」

 と言われたものの、転生者であるレオはすぐに思い出すことができなかった。

(シャンディール……というとエレナの家か)

 シャンディール家は辺境の地にかまえる小さな子爵家だ。エレナは5人兄弟の末っ子で、彼女の上には3人の姉と1人の兄がいる。

 エレナの一つ上の姉、ミレットはエレナの少し後にどこかの上級貴族の娼婦になった。シャンディール家は資産状況も苦しく、跡取り息子以外の4人の娘は全て半ば政略結婚にもならないような形で家を去ることとなった。


「あぁ、会いに行ったかい?」

「えぇ、けれどエレナのことももうわからないようでした」

「そうか……」

 ミレットさんは彼女を娶った上級貴族の家でひどい扱いを受け、心を閉ざしてしまった。お役御免としてシャンディール家に突き返され、今はシャンディール家の別棟で療養をしている。

 そんな話をエレナから聞いたことをレオは思い出した。

「エレナ」

「レオ様……っ?」

 突然抱きしめられて、エレナは困惑した。彼女の中で、レオは自分を「愛人」としてしか見ない主人だったはずなのに昨晩からどうも様子がおかしかったからだ。

「何か、あったら俺を頼ってくれ。できる限り、叶えてやるから」

 レオの言葉はぐっと涙を堪えるような細い声で、エレナを抱きしめる手には一段と力がこもる。

(この世界じゃ、身分の違いのせいで生きていくために『都合の良い人』でいるしかない人たちがいるんだな)

 目の前のエレナもその1人あるという事実にレオは心が潰されるような思いになった。と、同時にレオはこの家で一緒に過ごしていくであろう彼女のことをもっと知りたいと思う。

「なら、さっそく一つ、お願いしようかしら?」

「なんでも」

 エレナはクスッと微笑むと軽く首を傾げてじっとレオを見つめた。


「セイディが朝食を急かしに来るまで……レオ様と昨夜の続きを……したいな?」

「さっき、服を着たばかりじゃないか」

「あら、お願いを叶えてくれる優しいレオ様はどこかしら?」

 おねだりすように上目遣いで、レオの首に手を回してじっと見つめるエレナにレオは鼓動が速くなるのを感じる。

「続き……?」

 エレナはトドメを指すようにレオに抱きつくと耳元でそっと囁く。唇が軽くレオの耳に触れると彼の首筋に鳥肌がたつ。

「お分かりになってるくせに……レオ様、いじわるしないで?」

「わ、わかったよ」

「ふふふ、セイディが来るまでどのくらいかしら……?」

 エレナがさっき留めたばかりのレオの服のボタンにゆっくりと手をかけた。

 

 

 


 

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