見習い聖女と紅の呪い ~ 新米女神様と異世界転移しました。神具『おしろい』で人助けしまくります!

古森真朝

プロローグ




 「常春の神世に坐す、我らが創造主、麗しき天の花嫁よ。あめつちを照らすその微笑みを以て、この清らかなる魂を御手に抱き、護り給え――」

 きんと冷えた夜半の空気を、厳かな響きが震わせる。

 石の床に跪き、聖典の一節を詠み上げるのはひとりの青年。白を基調にした帽子と長衣が、彼が神官の職務にあることを示している。落ち着いた声音で無事に勤めを終えると、目の前に置かれたものに視線を向けた。凛々しい面差しに、沈痛な影が差す。

 (……しきたりとはいえ最後の夜に、親族が誰も付き添えないなんて。この人も寂しいだろうに)

 薔薇窓を透かした月明かりが落ちる中、花々に囲まれて眠るように瞳を閉じているのは、こちらもうら若い乙女だった。麗しくも儚げな容姿に、血の気が失せて蝋のようになった肌が相まって、名工が大理石で創り上げた彫像のようだ。細やかなレースが目を引く白いドレスは、将来のために用意していた花嫁衣裳だろう。美しく繊細で、同時にあまりにも哀しい光景だった。

 しかしただ一点、白以外で彩られたところがある。花びらを思わせる柔らかな唇だけが、夜目にもくっきりと浮かび上がるほど紅い。燃えるよう、とは、まさしくこうした色彩を指すのだろうと思うほどに。

 (死化粧としては派手すぎるが……娘さんへの手向けなら、無下に出来ないな。女性は華やかな色合いが好きなものだし)

 若輩の自分は聖文を詠唱し、夜間の聖堂を護る役目だけを任されている。詳しい記録は見せてもらえていないが、おそらく二十歳にも満たない年頃だ。事故か、はたまた病か……この穏やかな表情なら、生来の病弱さという線が濃いだろうか。こうした深窓のご令嬢は、何故か虚弱に生まれつくことが多いというから。

 (たまたまだけど、先生が居られなくてよかった。きっと僕以上に悲しまれるからな……)

 今は遠くに出向している、尊敬してやまない師の顔がよぎった。本当に芯から優しい人だから、教え子の自分とさして歳の変わらないお嬢さんが亡くなった、なんて聞いたら、辛くて仕方がないだろう。有能さゆえ常に多忙を極めている方だ、出来るだけ心穏やかに過ごしてほしい。

 ふいに、微かな音がした。とっさに辺りを見渡すも、石造りの聖堂には猫の子一匹いない。気のせいだったか、と視線を戻したとき、


 ――かさっ。


 眠る令嬢の傍らで、山と詰め込まれた花が揺れた。春先とはいえまだ寒い時分だというのに、虫でも入り込んだか。除けておかなくては。

 そう考えて屈み込んだのと、ほぼ同時だった。何の前触れもなく大きな音がしたのと、花の中から白い両手が伸びてくるのと――ものすごい力で引き寄せられた先で、遺体がかっと目を見開くのとは。

 「――――!!!」

 その瞳が、唇と同じ深紅だと気付いたのを最後に。流れてきた雲が月明かりを遮り、全てが闇に沈んだ。




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