第11話 対面
どのくらいの時間が経ったのだろう?
私が男の子を出産した事を王宮にいるリュシアンと義父に伝えられたはずだが、まだどちらも公爵邸には戻っていなかった。
それも当然だろう。
次期国王であるアドリアンが亡くなったのだから…。
ただ、どうしてアドリアンが亡くなったのかは私には知らされていない。
アドリアンが病気だと聞かされた覚えはないから、不慮の事故か誰かに殺されたのだろう。
ただ、殺されたにしてもその理由がわからない。
アドリアンには弟がいるが、歳が離れているので王太子の座を争うような立場ではないし、彼を次期国王に担ぎ上げるような勢力もいないはずだ。
それとも先程の連絡は間違いで、アドリアンは死んでいないのかもしれない。
でも、それならばリュシアンが駆け付けてこないはずがない。
リュシアンは子供が生まれるのを心待ちにしていたはずだ。
そんな事を考えながらベッドに横になっていると、辺りが妙に静かなのに気が付いた。
生まれたばかりの息子は私のベッドの隣に置かれたベビーベッドの中ですやすやと寝息を立てている。
アドリアンに似ているようで、どことなくリュシアンに似ているような気もする。
ベッドに起き上がって息子の寝顔を眺めていると、遠慮がちに扉が開いた。
「…リュシアン?」
静かに開かれた扉からリュシアンが「しっ」と言うように唇に人差し指を当ててこちらに近寄ってくる。
ベビーベッドの側にリュシアンが立った時、その目が赤く充血しているのを見て、アドリアンの死が本当なのだと確信した。
「ヴァネッサ。出産に立ち会えなくてすまない。よく頑張ってくれたね」
そう言いながら息子の顔を覗き込んだリュシアンの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「…リュシアン?」
呼びかけるとリュシアンは袖口でグィと涙を拭うと、壊れ物を扱うように息子を抱き上げた。
「…本当ならアドリアンに名前を付けて貰うつもりだったんだ…」
それなのに、その願いは二度と叶わなくなってしまった。
「リュシアン。アドリアンはどうして…?」
それを聞いた途端、リュシアンの顔が憎悪に歪んだ。
「アンジェリックが刺し殺した。彼女は未だに理由を語らずに自我を無くしている。僕はこの手で彼女を八つ裂きにしてやりたい」
…アンジェリックが?
…一体彼女に何があったのだろうか?
考えを巡らせているとリュシアンが私に手を差し出して来た。
「何?」
顔を上げた私に
「アドリアンに会いたいだろう?」
そう言ったリュシアンは悲しそうな笑みを浮かべている。
確かに出産したばかりの私がアドリアンの葬儀に出席するのは難しいだろう。
だけど、どうやってアドリアンに会わせる気だろうか?
訝しく思いながらもリュシアンの手を取ると、リュシアンは片手に息子を抱いたまま、私を立ち上がらせた。
「こちらへ」
リュシアンに誘導されるまま、ガウンを羽織り後を付いて行くと、リュシアンは自分の私室へと私をいざなった。
ここは私も足を踏み入れたことのない場所だ。
部屋の一角に二人で並んで立つと、足元が光って魔法陣が浮き上がった。
…こんな所に転移陣が?
ふわりと体が浮き上がるような感覚に目を瞑ると、直にそれも収まった。
目を開けると別の場所に移動していた。
「…ここは?」
「アドリアンの私室だよ。…こっちだ」
真夜中の誰もいない王宮の廊下を進んで行くとある扉の前までやってきた。
だが、いくら真夜中とはいえ、警備の騎士がいないのはどうしてだろうか?
その扉のノブにリュシアンが手をかざすとカチャリと音がして扉が開いた。
中に入るとそこは葬儀に使われる部屋に通じる隠し扉だったようだ。
扉が閉まると一枚の壁のようになっていた。
部屋の中央には豪華な装飾が施された棺が安置されている。
その棺だけでも中に納められているのが高貴な人物だと察せられる。
棺は時間を止める魔術具をよってバリアが張られている。
リュシアンは魔術具のスイッチを切ってバリアを解除した。
まだ蓋が被せられていない棺に近寄って中を覗くと、そこには目を閉じたアドリアンが横になっていた。
表情は穏やかだが、その血の気のない青ざめた顔色が、彼の死を物語っている。
「…アドリアン…」
そっと頬に触れるとぞっとするくらいに冷たかった。
「…どうして…こんな事に…」
アンジェリックが正気を取り戻したら何があったのかを語ってくれるのだろうか?
「…もう、いいかな? 魔術具を動かすよ」
リュシアンに言われて棺から距離を取ると時間を止めるバリアが張られた。
先程の隠し扉からまたアドリアンの私室へと戻る。
「…ねえ。どうして誰もいないの?」
真夜中とはいえ、あまりにも無防備な状態に不自然さを感じてリュシアンに問いかける。
「陛下と父が人払いをしてくれたのさ」
陛下と宰相が?
とうしてあの二人がそんな配慮をしてくれたのだろうか?
私が怪訝な顔をしているのを見てリュシアンがクスリと笑った。
「知らなかったのかい? あの二人も僕達と同じだよ」
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