第6話 アドリアンの結婚
翌朝、目覚めるといつもの夜着を着ている自分がいた。
昨夜の事は夢たったのかと思ったが、下腹部に違和感を感じて夢ではなかったと悟った。
ノロノロとした動きで体を起こすとポーラが立っていた。
「おはようございます、奥様。着替えのお手伝いをさせていただきます」
いつもは他の侍女が手伝ってくれるのだが、今朝はポーラが担当するようだ。
顔を洗った後で着替えを手伝ってもらっていると、ポーラがそっと囁いてきた。
「奥様。昨夜王太子様がいらしていた事は大奥様には内密にお願いします」
「…わかったわ…」
義母がアドリアンを心良く思っていないのはわかっているし、私自身も昨夜の事を知られたくないので話題にしたくはない。
「…リュシアンは?」
どんな顔をしてリュシアンに会えばいいのかわからずに尋ねてみた。
「旦那様は既に王太子様と王宮に向かわれました」
ポーラの言葉で私はアドリアンがこの別邸に泊まった事を知った。
私の隣に寝た形跡がない事からアドリアンは別の部屋で寝たのだろう。
それにしても昨夜飲まされた薬は一体何だったのだろうか?
問いただそうにもアドリアンは既にこの場にいないし、リュシアンに聞くのも憚られる。
…もしかして避妊薬だったのかしら?
これから正妃を迎えるアドリアンが余所に子供を作るわけにはいかないだろうから、きっとそうに違いない。
リュシアンが私に手を出してこないから、その代わりにアドリアンが私の相手をしてくれたのだろう。
…きっとこれが最初で最後になるだろうけれど…
私は着替えを終えると、一人で朝食を取り、いつものように本館に向かった。
「おはようございます、お義母様」
「おはよう、ヴァネッサ。…あら、今日は随分と肌艶が良さそうね」
義母に言われて思わず自分の頬に手を当てるが、義母は私が照れているのだと勘違いしたようだ。
「リュシアンと仲良くやっているようで嬉しいわ。早くいい報告があればいいのに…」
義母はそう言うが、そんな報告なんて一生する事はないだろう。
私は曖昧に微笑みを返すだけに留めた。
そしてとうとうアドリアンの結婚式の日がやってきた。
私もリュシアンの妻として参席しているが、正直なところこの場にいたくはなかった。
アドリアンが私ではない別の女性と結婚してしまうなんて…。
目の前で幸せそうに微笑むアンジェリック様が憎くてたまらない。
挙式を終えた二人はこれから城下町を馬車に乗ってパレードをする事になっている。
その馬車に向かう途中で。アドリアンはリュシアンの前で立ち止まった。
「リュシアン」
アドリアンに呼びかけられてリュシアンは優雅に微笑んだ。
「王太子殿下。この度はご結婚誠におめでとうございます」
リュシアンの挨拶に合わせて私も深々とお辞儀をする。
「お二人共、ご出席いただきありがとうございます。ヴァネッサ様はお子様はまだかしら? もしかしたらわたくし達の方が先かもしれませんわね」
アドリアンに同意を求めるようにアンジェリック様はアドリアンに微笑みかける。
アンジェリック様に言われた言葉がグサリと私の胸に突き刺さる。
どう返事をすべきか迷っているとリュシアンが私の肩に手をやって抱き寄せた。
「こればかりは神様のおぼしめしですからね。早く良い報告が出来るように頑張りますよ」
いきなりリュシアンに抱き寄せられて戸惑いながらアドリアンを見ると彼は意味ありげな笑顔を見せていた。
…アドリアンは私達が白い結婚だと知っているから、私が身籠る事はないと確信しているのね…
「そうか。楽しみにしているよ」
アドリアンはそう告げるとアンジェリック様を伴って、他の貴族達の所へ挨拶に行った。
アドリアン達が背中を向けるとリュシアンは私の肩から手を離すと何事もなかったかのように歩き出した。
「式は終わった。屋敷に戻るぞ」
私を一切振り返る事なく歩くリュシアンの後を慌てて追いかける。
馬車の中でも一言も口をきかないリュシアンに声をかける事も出来ずに、私はただ馬車に揺られていた。
…もしかしたらリュシアンはアンジェリック樣の事が好きなのかしら…
それを聞けないまま、私達は屋敷に戻って行った。
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