第140話 卒業式

『卒業式』の当日。


空は雲一つない快晴だった。壇上には生徒会メンバーがそれぞれ挨拶をしている。

9人で始まった生徒会も、今は6人になってしまった。


イグニスやミーナが居ないのは当然胸が締め付けられるように苦しい。あの天上天下唯我独尊男と、あの天真爛漫で無邪気な甘えんぼはこの卒業式で何を語ったんだろうかと思うと、自然に涙がこぼれた。

それに、いろいろあったが、あのお調子者の声が聞こえないのも、やっぱり寂しかった。


私の前にマイクが渡される。こういった場所でのスピーチみたいなものは慣れてないし、なんかどれだけ言葉を重ねても嘘になってしまう気がした。

こういったのは次の口がよく回る親友に任せるに限る。


「私はこのセレスティアル・アカデミーにいるみんな、みんなと出会えて本当に良かったと思っています」

「このセレスティアル・アカデミーに来れて、このメンバーで生徒会ができて本当に良かったと思います。そんなみんなと一緒に卒業できるのが嬉しいです」

「ここで過ごした日々は忘れません。ーーーーそして、私はこれからもセレスティアル・ラブ・クロニクルで楽しく生きていきます」

「以上、レヴィアナ・ヴォルトハイムでした」


そこからは浮足立って、何が何やらしっちゃかめっちゃかだった。


セオドア先生から卒業証書を受け取って号泣して、

マリウスとナタリーが2人いなくなった!と実紗希が騒ぎ立て、

そしたら今度は実紗希とセシルが居なくなって、

そして2人きりにガレンと一緒に手をつないで校舎内を散歩、ううん、もうちょっといろいろした。


「レヴィアナさん!!」

「卒業しても忘れないでくださいね!!」


たぶん卒業式で一番泣いてたのはジェイミーとミネットだと思う。


「忘れるわけないでしょ。2人ともテンペストゥス・ノクテムの時すっごいかっこよかったんだから」


そういって2人のことを抱きしめたら「ひんっ」って変な声を上げて過呼吸寸前になってたくらいだ。


「また遊びましょ?その時は2人が案内してね」


ようやく落ち着いた2人の頭をなでて、そして、今実紗希と2人でセレスティアル・アカデミーを一緒に歩いていた。


「入学式の時からこうできたらよかったのにね」

「そうだな」

「でも、きっとそうならなかったのよね。フェータリズムだっけ?」

「お、よく知ってるな」

「実紗希が教えてくれたんじゃない」

「あー、そっか。初めて会ったときかー!懐かしいなー!学校でやさぐれてた柚季を励まそうとして……」

「いや、私はいきなりなんだこいつ?っておもったよ?」

「うそぉ。結構勇気振り絞っていったのに」

「……はぁ、だいたい実紗希は……」


そんな他愛もない話をしながら、私たちは思い出の校舎を見て回っていた。

ここでのイベント見てないわよね、とか。

実は俺、セシルと草原のイベントしてたりして、とか。

……ま、まぁ、私イグニスからの呼び出しイベント体験できたし、とか。


そして最後に屋上にやってきた。

屋上には私たち以外誰もいない。少しずつ夕日に包まれていくセレスティアル・ラブ・クロニクルの世界は、本当に美しくて、このまま時が止まればいいのになんて思った。

そして2人で屋上のフェンスに寄りかかり、夕日がゆっくりと沈んでいくのをただ黙って見ていた。


「ねぇ、実紗希?今日くらい仲直りの印として一緒に寝る?」

「……ははっ、やめろよ」

「えー、いやなのー?」

「別に嫌じゃない……けどさ」

「じゃあ……」

「……やめとく。今日は一人でゆっくり気持ちの整理をしたいんだ」

「そっか」


実紗希が私の頭をなでた。


「……じゃあ、また明日ね」

「あぁ、またな。おやすみ」


2人で屋上を後にすると、そのまま2人別々の方向に歩き出した。

部屋に戻り、制服を脱ぐ。

一気にこれまで張り詰めて居た緊張がほどけ、そのままベッドに倒れこむ。


ようやく卒業式を迎えることができた。ただの装飾された一枚の魔法紙なのに机の上に置いた卒業証書が何より輝いて見えた。

実紗希の気持ちもよくわかる。


(長かった……)


これまでの事がいろいろと蘇ってくる。

初めて目が覚めてお父様とご飯を食べ、魔法を使って一喜一憂し、入学式では大好きな4人に抱きしめられ、それから、それから――――。

全部手放しによかったと言えるものではない。

でも、どの思い出も、現実世界の藤田 柚季としては一度も経験したことがなかった、本当に充実した、ちゃんと彩られた世界だった。


思い出したかのように右手が震えだす。みんなの前だから自信満々にふるまっていたけど、マルドゥク・リヴェラムは本当に恐ろしかった。

きっとソニックオプティカがあったらもっとスマートに勝てたと思う。もしかしたらミーナやイグニスと一緒に、そしてナディア先生もお父様も一緒に卒業を祝ってくれたかもしれない。


「すー……はー……」


でも、この震えは私だけのものだ。

誰にも渡すもんか。


「すー……はー……」


懸念事項もあった。

実紗希が言っていたこの世界のルール。

私が楽しんでいたセレスティアル・ラブ・クロニクルはこの卒業式を攻略対象と迎え、Happy Endの文字と共に終わる。

そしてこの世界で見つけた【解体新書】にも当然卒業式の次の日の事は書かれていなかった。


「すー……はー……」


もう一度だけ深呼吸をしてベッドから起き上がり机に向かう。

どうせ考えてもわからないことなんだし、いくら悩んでも無駄だ、と言い聞かせ机の上のノートを開く。


そしてそこに『明日の予定!みんなでシルフィード広場に行く!』とだけ書いて、これまでの疲れからそのまま泥のように眠った。


***


「生きてる……」


翌朝。窓から差し込む朝日を浴びて目を覚ます。

右手を握り締め、少しずつ体に力を込めていく。

多少筋肉痛のようなものは残っているものの、ちゃんと動かすことができた。


机の上に開きっぱなしにおいていたノートにも『明日の予定!みんなでシルフィード広場に行く!』と書かれたままだ。

昨日と同じ一年間過ごした寮の部屋だった。


(何よ……やっぱり大丈夫だったんじゃない)


簡単に身だしなみを整え、部屋を出る。駆け出したい気持ちを抑え、それでも途中からやっぱり我慢できなくなって階段を駆け下り、目的の場所へと向かう。


もしかしたらまだ疲れて眠っているかもしれないと、ノックはすこしだけ躊躇した。でも、早く、今すぐにでもこの喜びを分かち合いたくて、その気持ちを抑えきれなくなって、勢いよく扉を叩いた。


部屋の中から返事はなかった。

寝てるのかと思った。だったらどんな寝顔で寝ているのか見てやろうと、そんないたずら心も湧いて扉を開いた。

鍵はかかっていなかった。


「実紗希!!起きてる!?ほら!大丈夫……だった……、みさ……き?」


結晶で包まれた実紗希がベッドで寝ていた。


「ねぇ……冗談でしょ……?ねぇ、何してるのよ!!」


結晶に触れても反応は無かった。

どれだけ揺すっても体を揺らしても、何も反応を返してくれなかった。実紗希の首にはディヴァイン・ディザイアと一緒に、魔法訓練場の隠し扉の先であれだけ探しても見つからなかった【霊石の鎖】が下げられていた。


***


『柚季へ


たぶん俺がこうしたこと怒ってるよな?

相談もせずにごめん。でももし相談したら絶対に止められたと思うから。


やっぱり、この世界は『アリシア』のためにできてて、たぶんノーランの言っていた通り卒業式の日で終わるんだと思う。俺はどこまでいってもヒロインだから。

でも、もし『アリシア』が死んでしまったらBad Endになってしまうからそれもできない。


だから、俺は自分を封印することにするよ。

散々かき回してしまった俺ができる罪滅ぼしだ。

もしうまくいったら、みんなでセレスティアル・ラブ・クロニクルを楽しんでくれ。


じゃあな。ずっと大好きだよ』


***


「実紗希のバカーーーーーーー!!!!!!」


薄暗い部屋に私の叫び声が響き渡る。いくら叫んでも、いくら結晶を叩いても、実紗希は満足そうに微笑んだまま固まっている。


「バカーーーーーーーーーー!!!!」


カーテンから差し込む光が眩しい。世界はちゃんと実紗希が望んだとおりいつものように動いていた。

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