第139話 戦いの後で

(――――あれ……?ここは……?)


さっきまでの景色は?アリシアは……?それに、あれ?……ここは?


(――――もしかして……しっぱ――――)


「柚季!!」

「うわっ!?」


急に両肩をつかまれ、目の前で大きな声がした。驚いて体が少し跳ねる。


「だ、大丈夫?柚季?」

「へ……実紗希……?……あれ?」


目の前には心配そうな顔をした実紗希がいた。その後ろにはナタリーとマリウスもみんないる。


「何とぼけた顔してるんだ!もう、心配したんだから!」

「あれ……?私……?」


周りを見渡す。さっきのモンスターの森だ。


「私は確か……戦って……ノーランとマルドゥク・リヴェラムは?」

「何言ってるんだよ!柚季が倒したんだろ!」

「へ?」


実紗希が頬を膨らませた。その後ろではガレンが呆れて肩をすぼめていた。


「ほら、立って」


実紗希が手を差し出す。その手を取り、立ち上がった。


「よかった……成功したんだ……」


視界の先には草一本生えてないむき出しの地面があった。

『レヴィアナ』が失敗してしまった魔法を、私が引き継いでこの世界を、そしてみんなを救うことができた。


(助けてくれてありがとう……『レヴィアナ』)


もう一度胸に付けた砕けたペンダントに触れる。この世界に来てからずっと誰かに助けてもらいっぱなしだ。すこしの知識があっても、そして私一人でどれだけ頑張ってもきっとこの世界を救うことはできなかっただろう。


「……そうだ!セシル!」


先ほど倒れていた方を振り返ると、上半身を起こしてナタリーとマリウスと話しているセシルが目に映った。

私と目が合うと、セシルはにこりと笑って手を振り返してくる。


(あぁ……よかったぁ……。全員無事だったんだ……)


そう思うと突然足に力が入らなくなり、その場に崩れるようにへたり込んだ。


「ちょ、ちょっと、きゃっ!」

「えへへ、ごめん、気が抜けちゃって……」


支えてくれようとした実紗希も巻き込んで、そのまま実紗希と一緒に地面に倒れこむ。

二人で仰向けになり、全身で感じるセレスティアル・ラブ・クロニクルの風はとても気持ち良かった。


「ねぇ、実紗希」

「なに?」

「私いろいろあったんだよ?」

「知ってる。……俺が、そうしてきたから。全部俺のせいだから」


実紗希は顔をこちらに向け、泣きそうな、何かをあきらめたような、そんな顔をしていた。


「違うよ。そんな事じゃないって」

「え?」

「シルフィード広場に吟遊詩人さんの劇。私のお勧めはお姫様を救いに行くやつね」


実紗希はきょとんとした顔でこちらを見た。


「そして、劇の後に飲むクラウドベリーサイダーも飲んだことないでしょ?泣いて全部水分出し切った後に飲むクラウドベリーサイダーってすっごいおいしいんだから」

「……」

「それに知ってる?雑貨屋さんのおじさん。向かいのお花屋さんのおねーさんの事好きなんだって。でも宿屋さんのおねーさん、知ってるでしょ?あの人雑貨屋さんのおじさんの事好きだったりして、いやーこれからどうなるのか楽しみよねー」

「……」

「どうせ実紗希の事だから効率よくーとか言って全然この世界の事知らないでしょ?話したことない人もいるんじゃない?」


実紗希の目に涙がたまってきた。


「もー、やっぱり変わらないのね。『レヴィアナ』の実紗希観察記にも書いてあったわよ?河原に一人で座って膝を抱えてたって」

「泣いてない!ただあくびが!」

「はいはい、そーですね」


もう我慢できずに泣き始めてしまった実紗希を抱きしめる。


「ここまであんまり話さないで来ちゃったけどさ。一緒にこの世界楽しも?」

「……うん」

「それでさ。楽しんで、それから一緒にごめんなさいしに行こ?私たち2人がこの世界めちゃくちゃにしちゃったんだから」

「うん……」

「一人じゃないよ。私たち2人のせいだから。私の分のごめんなさいも残しておいて」

「うん……。うん……」


実紗希が泣き止むまで、私は頭をなでながら強く抱きしめた。

どれだけそうしていたか分からない。


「おーい、そろそろ帰ろうぜ。ちゃんとセシルの治療もしないといけないしさ」


少し離れた場所からマリウスとガレンが呼んでいる。


「行こっか」


実紗希は袖で涙をぬぐうと立ち上がった。そして、私に手を差し出した。私はその手をつかんだまま実紗希についていく。あの頃は毎日そうしてたのに、なんだかとても懐かしかった。


「ねぇ、実紗希?」

「ん?」

「私、この世界好きよ」

「……うん、俺も」


私たちは手をつないでみんなの所まで駆けだした。


***


「でもさ」

「ん?」


不意に実紗希がポツリとつぶやいた。


「ほんとに平気なのかな?」

「何が?まだ心配してるの?大丈夫よ、この世界のヒロインなんだからみんな何しても笑って許してくれるって」

「柚季……おまえ……」

「じょーだんよ、冗談。ほら、そんな強く手握んないでってば。それで?何が気になるの?」

「いや、ノーランから聞いてたんだけど、この世界、卒業式までしかないんだって」

「……ふーん?」

「もし、もう一周楽しみたいんだったら外部から来た人間は1人じゃないとできないんだって」


それでさっきこれで一人だとか言ってたのか。歩くペースも、握った手も変わらず2人で前を見て歩き続ける。


「……それで?今から私の事を消してみる?」

「ちょ、そんな事しないって!冗談でもやめろ」


実紗希が手を放し、足を止めこちらを向く。


「じゃあ、自分が犠牲になるとでもいうの?」

「……」


実紗希が目をそらす。私はわざとらしく大きくため息をついた。


「なーにあの出来損ないのゲームマスターが言ったことなんて真に受けてるのよ」

「だって……」

「実紗希も知ってるでしょ?私実はわがままなの」

「そりゃ知ってるけどさ」

「もう決めたの。それにさっきも言ったでしょ?実紗希と一緒にこの世界を楽しむって」


実紗希は困ったように頭をかいた後、仕方ないなという顔をして笑った。


「それに『天才魔法少女』の私がそんなことを考えてないとでも思ったの?」


実紗希の胸元に今も光るディヴァイン・ディザイアを指さす。


「もう実紗希にはヒロインとしての特性は無いわ。だから大丈夫」


実紗希が口をひらき何かを言おうとしたが、うまく言葉にならなかったようでそのまま口を閉じた。


「だから今まで見たいにこの世界の人に命令もできないわ。攻撃も当たる。もう私と変わらない、ただこの世界で一生懸命生きる人間よ」


実紗希は触れないディヴァイン・ディザイアを大切に抱きしめるようにした。


「ほら、みんなに置いて行かれちゃうでしょ?」

「……そうだな。急ごうか」


実紗希は差し出した私の手をつかみ、そして私たちはまた歩き出した。

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