第132話 ゲームマスター

「来ると思っていたわ」


茂みの陰に声をかける。


「ほら、出てきなさいよ。どうせそこにいるんでしょ?」


少しの間無言だった。沈黙が流れる。

しばらくにらみつけていると、観念したのかひょっこりとノーランが現れた。


「おまえ……なんで……?」


後ろで実紗希が声を上げる。


「よっ!生徒会のメンバー勢ぞろいで何かしてるなら俺にも声をかけてくれよ」


いつものような軽口をたたきながら、ノーランがこちらに歩いてくる。


「模擬戦か?俺も参加したかったぜ。あーあ、舞踏会でアリシアには嫌われちゃうし散々だぜ――――」


言い終わるか否かのタイミングで、またノーランがヒートスパイクを放ってきた。今度はアイコンタクトもなく、ガレンも、ナタリーも、私も、3人で反射的に防御魔法を展開する。


「アリシアの、実紗希の事は絶対に殺させないから」

「はっはっはっ、相変わらずチームワークは完璧なんだな。なんだなんだ、ナタリーはマリウスとうまくいったのか?」

「……」

「はぁ……そう睨むなって」


私たちが警戒を解かないのをみると、ノーランは低く、深く息を吐いた。


「実紗希の事をそそのかしたのはあなたね」

「そそのかしたなんて、人聞きが悪いなぁ。俺はただ大好きなアリシアの相談にのってあげただけだぜ。な、アリシア」


そう言ってノーランが笑うと、気味の悪いものを見ているかのように座ったまま実紗希は後ずさった。


「それに、右手首の傷を見せて私の信用も得た。まんまとやられたわ。さすがに取り入るのがうまいわね、ゲームマスターさん?」

「ゲームマスター?なんの事だかさっぱりだ」


ノーランは両手を広げて首をかしげている。


「ほら、右手の袖をまくって見せてみなさいよ」


ノーランはしぶしぶといった様子で袖をまくった。


「それ、転生者の証……だっけ?よく言うわよ。私のこの傷は『レヴィアナ』の魔法の暴走でついたものだし、実紗希の腕に何もついていないじゃない」

「なるほどなるほど?」

「それに、私と実紗希が意識も朦朧とした状態で願ったから中途半端だったみたいね?」

「ほうほう」

「私と実紗希が住んでた時代には『ラング・ド・シャ』なんてお菓子、存在しないわ」

「そうか……『ラング・ド・シャ』、うまいのにな。ま、次回に生かすことにするわ」


ノーランは残念そうにつぶやいている。


「それより!なんでお前が生きてるんだよ!マリウスとセシルに殺されただろ!?」


実紗希が混乱したように叫ぶとノーランはなぜか楽しそうに笑った。


「俺の想像通りに動いてくれてありがとう。おかげで動きやすかったよ」

「何が!?」


ノーランはゆっくりこちらに向かって歩いてくる。


「レヴィアナの言う通り、俺はゲームマスターとして不完全な状態でこの世界に生まれた。俺の目的はただ一つ、シナリオどおりにゲームを進め、アリシアに幸せな状態で卒業式を迎えてもらうこと。そのために俺は存在してるらしいぜ」

「シナリオ……どおりに」

「あぁ。でもこの世界は不完全な状態で生み出されたからか不完全なことが多すぎた」


ノーランは実紗希、ナタリー、ガレン、そして私を順に見た。


「三賢者と呼ばれるあいつらも元の世界にない不確定要素だ。【解体新書】の中身を見たあいつらがいたら何をしでかすか読めなかったからな」


ノーランは空を見上げた。


「最後までアイザリウム・グレイシャルセージは出てこなかったが、一番弟子があんな状態になっていても現れなかったんだ。もう現れる心配もしなくていいだろう」

「で?そのゲームマスターさんがいきなり表れてぺらぺらとしゃべってくれるのはどうして?」

「そんなこと言わせんなって。お前たちの世界では一応最後はちゃんと説明するのが習わしなんだろ?あ、これももしかして違うのか?」


そう言ってノーランは笑った。


「俺は『アリシア』に楽しく卒業式を迎えてもらうための存在なんだよ。そのために最後まで協力してきたが、こうなってはそれも難しいだろ?だから――――」

「だから?」

「お前たちを、そしてこの『アリシア』をここで消すわ。そしてまた一から始めさせてもらう」

「どうやって?」


ノーランと実紗希の間に立って、ノーランに問う。


「あなたがゲームマスターと言っても、たいして強くないわ。それに私が絶対にそんなことさせない」

「それはやってみないとわからないだろ?それに、俺が何もしてこなかったと思うか?」


そう言ってノーランは天に手を掲げ、一冊の本が現れる。


「正直俺もあの封印には手を焼いていたんだ。それでも『アリシア』のおかげで、俺もようやくこうして力を手に入れた」


ノーランの手に握られた本から、今までとは比べ物にならないくらいの魔力があふれ出す。

テンペストゥス・ノクテムに似た、でもそれ以上の禍々しい魔力だ。


「確かに今の俺にはこの世界のヒロインは殺せない。でもこの理外の存在なら、この世界の理に干渉できる」


ノーランの掲げる本から黒い渦があふれ出し、その中心から2体の魔物が現れた。


「ゼニス・アーケイン……」


私と実紗希の声が重なる。

1体はこの世界のラスボス。本来であれば舞踏会の後学園が襲撃され、アリシアが選んだパートナーとともに戦うはずだった相手。

ただ、もう一体はゲームには登場しない、見たことが無いモンスターだった。


「あれは、一体……」


ナタリーがつぶやく。ガレンも身構え一歩後ろに退いた。


「それがマルドゥク・リヴェラムってわけ?」

「あぁ。アリシアが封印を乱してくれたおかげで不完全な俺の力でも開放することができたよ」


そう言ってノーランは笑った。


「せっかくテンペストゥス・ノクテムと同じ理外の存在を復活させたんだ。今度は模擬戦じゃない本気の殺し合いを見せてもらおうか」


ノーランがパチン、と指を鳴らとマルドゥク・リヴェラムが右手をこちらに向けた。


『何かやりたいことがあるの?』


声が聞こえる。テンペストゥス・ノクテムと同じように脳に響いてくる声。


『人の役に立つのは嫌いかい?』


声をかけてる先はナタリーとガレンだった。


(――――これは!洗脳魔法!何て悪趣味な!)


前回は無事解くことができたが、今回もうまくいくかわからない。タネは【解体新書】で割れている。この問いかけに肯定的な返事をしてしまったら最後、意思を持っていかれ洗脳魔法にかかってしまう。


「ナタリー!ガレン!」


2人に向かって叫んだが遅かったようだ。2人は虚ろな目でマルドゥク・リヴェラムの方を見ている。


『君にやりたいことが無いなら、僕の事を助けてよ』


マルドゥク・リヴェラムの言葉に2人が―――――。


「嫌です」「嫌だね」


そう言って2人はマルドゥク・リヴェラムをにらみつけた。


「私にはやりたいことがありますから」

「俺もそうだ」


そうはっきりと言い切った。


「2人とも!」

「はい、大丈夫ですよ。もう私は洗脳魔法にかかりません」

「俺もあんなもんにのっからねぇ」


2人は私の方を見て笑った。


「お前ら……お前らもキャラクターにすぎないのに、なんで抵抗できるんだ!」


ノーランが怒りに震える。


「なんで、って……決まってるじゃないですか」


ナタリーとガレンが目を合わせて笑う。


「流石は三賢者のなりそこないと言うわけか。……まぁ良い。お前たちには死よりも恐ろしい絶望と無を味わわせてやる」


ノーランに言われて2体のモンスターがゆっくりと動き出した。


「レヴィアナさん。私にゼニス・アーケインのほうは任せて下さい」

「大丈夫?アレも相当強いわよ」

「はい。でも【解体新書】で使ってくる魔法は分かってますから。それにレヴィアナさんたちには……」


ナタリーが視線だけでマルドゥク・リヴェラムを指す。


「わかった。そっちは任せたわ」

「はい!それで……マリウスさん」


振り返りナタリーがマリウスに手を差し伸べる。


「――――私ひとりじゃ倒せる自信がありません。なので、助けてくれませんか?」

「――――あぁ、もちろんだ」


そう言ってマリウスはナタリーの手を取った。


「お願いします!凍てつく氷の輝き、我が手に集結せよ!結晶の煌めき、アイスプリズム!」

「水の輝きを纏いし結晶、我が手に集結せよ!滴る煌めき、アクアプリズム!」


2人の魔法がゼニス・アーケインを遠方へと吹き飛ばす。


「じゃ!行ってきます!」


ナタリーとマリウスは地面を強く蹴り、ゼニス・アーケインに向かっていった。

ノーランはしばらく視線だけで2人を追い、改めて私たちに向き合った。


「お前たちも追いかけなくていいのか?」

「なんでよ」

「ゼニス・アーケインはあんな2人でどうにかなる相手じゃねーっての。すぐに殺されて終わりだぜ」

「へー。あなたにはそう見えるのね?やっぱり未完成のゲームマスターというのは本当のようね」


そう言ってノーランを挑発する。


「それにそんなよそ見なんてしていていいの?」


私も魔力を練り魔法陣の錬成を開始した。


「……そうだな。どのみちお前たちを全滅させることには変わらん。そこにいるアリシアを消せばそれで終わりだ」


そう言ってノーランは本を掲げ、マルドゥク・リヴェラムがこちらに向かってきた。

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