第131話 柚季 vs 実紗希_3

「なんだこれ……外れない?」


実紗希がネックレスに触れようとするが、その手はむなしく空を切る。


「はぁ……やっぱり知らないのね。まぁ実紗希はやりこみとかしないもんね」


立ち上がり少し距離をとる。


「それは『ディヴァイン・ディザイア』。まぁ、難易度を上げるための縛りプレイ用のアイテムね」

「ディヴァイン……?」

「えぇ、モンスターの森で大量のモンスターを一度に倒すと手に入るの。ちなみにこのアイテムを付けている状態だと、バッドエンドの種類も増えるし、戦闘でもゲームオーバーになれるわ」

「なんだよそれ。こんなアイテム……」

「知らないでしょうね。この世界には実紗希も知らないことがたくさんあるのよ」


実紗希が不可解そうにこちらを見る。私は構わず続ける。


「そう、この世界には知らないことがたくさんある。確かにこの世界は創られた世界よ。あなたも私ももう現実世界で死んでいるし、この世界もゲームの中なのは間違いない。……でもね、そうは言ってもやっぱりみんなの事、登場人物だなんて思えないわ」

「……」

「みんな、一生懸命生きているわ。あの人たちも、私も、そしてあなたも」


私は実紗希をまっすぐに見て言った。


「……この世界に先がないとしてもか?」

「……うん、もちろん。だから、思いっきり遊ぼう?この世界をめいっぱい楽しもう」


私は笑顔で実紗希に手を差し出す。


「ほら、昔話したじゃない。一緒にセレスティアル・ラブ・クロニクルに行けたらいいねーって。魔法使って、それで目立って私はイグニスを、実紗希はマリウスを振り向かそうって」

「あぁ……」

「ま、お互い無理になっちゃったけど。でも、まだこの世界を楽しめるよ!だって私たち」


私は実紗希に笑いかける。


「まだ何も知らないこの世界で、生きてるんだよ?」

「……そうだな」


実紗希が私の手を取り立ち上がる。


「なぁ、柚季」

「なに?」

「このネックレスつけてると、お前の攻撃もちゃんと当たるんだよな?」

「……多分?」


実紗希は少し笑って、私を見た。


「なぁ柚季、俺と勝負してくれないか?」

「……そのネックレスをつけてるのに悪役令嬢の私に勝てると思ってるの?」

「あぁ、もちろんだ。俺はヒロインだからね。デコヒーレンスはきちんと解消しておかないと」


実紗希が投げ捨てたラディアント・エテルナを拾い上げ私に向かって構える。


「いいよ。受けて立つわ」


今までのような、どこか追い詰められたような実紗希ではなく、自信に満ちた、それでいて楽しそうな目をした実紗希だった。


「気を付けろよ。ディヴィニティ・エンブレイスはもう無いけど、この魔法は直撃したら簡単にお前なんて消し飛ばすからな」

「ありがとう。そっちこそもう勝手に魔法が避けてくれたりはしないわよ」


実紗希が楽しそうに笑う。私も全開で魔法陣を展開する。


「天命に選ばれし炎の使者よ、我が指示に従え、不滅の光で罪を焼き払え――――」

「雷の王座に君臨する嵐よ、我が命令を聞き入れよ!地の果てまで鳴り響け――――」


2人の詠唱が重なり、魔法陣が展開されていく。

魔法が完成する前、一瞬視線が交差した。


(あぁ、よかった。いつもの実紗希だ)


そう思ったら自然と笑みがこぼれた。


「ディヴァイン・フレイム・ジャッジメント!!」

「テラ・ボルティック・エクスプロージョン!!」


お互いの魔法がぶつかり合う。ラディアント・エテルナという杖により底上げされた実紗希の魔法と、お父様直伝の最強魔法がぶつかり合い、衝撃音が森全体に響き渡る。

最初は拮抗していたように見えたが、少しずつ私の方の魔法の威力が増していき、実紗希のラディアント・エテルナごと包み込んでいく。

そしてついにはまばゆい光を放って爆発した。


「きゃあっ!」


ラディアント・エテルナが砕け散り、実紗希は吹っ飛ばされた。

砂煙が舞い上がり視界が遮られる。

やがて砂煙が消えると、そこにはボロボロになった実紗希がいた。


「実紗希!大丈夫!?」


慌てて実紗希に駆け寄る。


「あぁ、大丈夫……だよ」


そう言って右手を上げ、私に向け手を挙げて見せた。その顔には満足そうな笑顔が浮かんでいる。

私はそれを見て少し呆れながら笑った。そして私も左手を上げると、2人で軽くハイタッチした。


「あーあ、負けちゃったか……」

「どう?この世界で初めて負けた感想は」

「そうだな……。ゲームやってた時も思ってたけど、レヴィアナって強すぎじゃない?」

「そう?これでも全力じゃないんだけど」


はっ、そう実紗希は青空を見上げながら笑った。


「イグニスと……アルドリックの件……本当にごめん」


空を見上げたまま、実紗希がぽつりと言った。

沈黙が流れる。少しだけ返事に迷った。


「……ん、いいわよ。どうせ――――」

「おーい!大丈夫か!?」


私が返事をしようとしたところで、そんな大声が聞こえた。


「セシル、ガレン!」

「アリシア!大丈夫!?」


セシルが急いでこちらに駆けてくる。ガレンも後に続いてきた。


「レヴィアナさん!」


今度は反対側から氷の道が現れ、ふわりとナタリーとマリウスが降り立った。

セシルとマリウスの胸元には、もう【陽光の薔薇】は刺さっていなかった。


「セシル……マリウスも、それに、みんな、本当にごめんなさい」


そう言って実紗希は頭を下げた。


「俺は……っ!みんなにひどいこと……。せっかく楽しい世界なのに、俺のせいで全部台無しに……」

「実紗希」


私はそっと実紗希の肩に手を添えた。


「大丈夫、あなただけのせいじゃないから。だからもう……泣かないで」


私がそういうと、実紗希は私にしがみついて泣き始めた。


「みんな、ごめん……ごめんなさい……」


セシルも、泣きじゃくる実紗希の頭をそっと撫でた。そして優しい声で言う。


「僕もごめんね。君にだけつらい思いをさせてしまって」

「……ううん……いいの。俺が全部悪いの……」


そんなやり取りを見ていたマリウスが近づいてくる。


「俺も別に怒ってはいないから安心してくれ」

「でも、俺は……」

「ね、誰も怒ってないって。お父様はきっとアレでよかったと思うし、それにイグニスのあんなルートだって、きっと――――っ、ナタリー!!ガレン!!」

「はいっ!」「おう!!」


打合せ通り2人が防御魔法を展開すると、その発動したばかりの防御魔法に高火力の魔法が次々と炸裂する。


「それに、本当に謝ってもらわないといけない相手は、実紗希じゃないもの」

「え?」


実紗希が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。その頭を優しく撫でて、私はゆっくりと立ち上がった。

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