第116話 藤田 柚季_2
「ガレンさん!朝までずっと【本】読んでたんですか?」
「あぁ、おかげですごい眠い。でも、収穫はあったぜ」
ガレンが【解体新書】のアイテム欄のページを開き、【陽光の薔薇】と書かれたイラストを指し示した。
「この花、どこかで見おぼえないか?」
「……あ、舞踏会でマリウスさんが胸ポケットに入れていました」
「あぁ、それにセシルも確か入れてたはずだ」
「薔薇……そうか!そうよ!薔薇よ!」
「やっぱりこの花の事知ってるのか?」
「えぇ、なんで気づかなかったんだろ。この世界で薔薇と言ったら好感度アップのためのプレゼントアイテムじゃない」
「好感度アップ?」
ナタリーが首をかしげる。
「あ、いや……まぁ、そういう、なんていうのかしら……」
「隠し事は無しですよ?藤田 柚季さん?」
「う……。ナタリー、なんか本当に強くなったわね」
先日の泣き崩れていたことで少しからかってやろうかとも思ったけど、なんだか今のナタリーにそういったことで勝てそうにもなかった。
「はぁ……、わかったわ。そこに書いてある通りよ。アリシアが好きな男性に渡したら好感度が絶対に上がるの」
「好感度?好きになるってことですか?」
「まぁ、うん、そういうことね」
「へぇ……」
ナタリーが何かを考え込むように少し視線を落とした。なんかあまりよくないことを考えてる気もする。気のせい……?
私と同じように空気が少し変わった気がしたのを察してか、ガレンが軽く咳ばらいをしてから話始めた。
「それで?薔薇ってのはこの花の名前なのか?」
「へ?ガレンってば薔薇も知らないの?まったくこれだから……」
「ぐ……。言うようになったじゃねーか」
「私も知りませんよ?薔薇」
ナタリーもきょとんとした表情で答える。
「え?ナタリーも薔薇を知らないの?」
「はい。このクリスタニスやソラリエッタに似たお花の名前ですよね……?」
「いや、私はそのクリスタニスやソラリエッタって花の名前は知らないけど」
「そうなんですか?昨日お散歩した花壇にきれいに咲いていましたよ?」
「え?」
3人で顔を見合わせる。
「……そう言えば、フローラも薔薇なんて花知らないって言ってた気が……?」
「フローラさんが知らないなら、表現があってるか分かんねーけど、この世界には薔薇なんてモノ存在しないんじゃないか?」
「確かに。それに薔薇が大量にあったら攻略も簡単になっちゃうものね……」
「でもちょっと待ってください?それならなんでマリウスさんの胸に……」
「ちょっと待って?」
ナタリーの言葉を遮り、ちょっと待ってに対してちょっと待ってなんて不思議なことになってしまった。
でも、ここはたぶんちゃんと思い出さないといけない。私はこの世界に来てからどこかで薔薇という単語を耳にしている。
「……アリシアだわ」
「アリシアさん?」
ナタリーが聞き返してくる。
そうだ、以前学校ですれ違った時にスカートに薔薇の花びらがついていて、「バラのジャム」を作ると……。
「そんな事ってあるの……?」
いや、でも、あの爆発の時に私の横に居たし、もしかしたらそういうこともあるのかもしれない。確かにあの子もセレスティアル・ラブ・クロニクルが好きだった。
それに、私が最後に願った世界に入ってくることができるとしたら……。
「青山 実紗希……」
「……?どなたですか?」
「変に理屈臭くて、変なことばかり知ってて、ひねくれものの、私の大切な友達」
「……」
ナタリーとガレンが不思議そうな顔をしている。
「ちなみに、2人とも薔薇と同じように、ラング・ド・シャも当然知らないのよね?」
2人とも顔を見合わせて、それから同じように首を縦に振った。
***
「アリシアの中の人もレヴィアナと同じように入れ替わってるかもしれない……?」
「えぇ、そうよ。この世界に無いはずの薔薇でジャムを作るなんて言えないはずだもの」
「でも、それだけじゃたまたまってこともあるんじゃないのか?たまたまアリシアの住んでるところでは、その薔薇ってやつが生えてるとか」
「たぶんそれはないわ。夏休みに遊びに行ったとき、緑と水はきれいだったけど、きれいな花は見かけなかったわ。もし生えてたら絶対話題に出すもの」
ガレンとナタリーは2人で考え込んでしまった。
「確かにレヴィアナがそうだったんだからそういう可能性もあるのか」
「薔薇を【解体新書】を見る前から知ってて、そのうえでジャムにできるなんてことも知ってて、お菓子作りも上手。あぁ、実紗希なら絶対にマリウスとセシルに薔薇を渡すわね。あの子、すぐ効率求めるから」
話せば話す程そうとしか思えなくなってくる。
「それに、それなら試練を乗り越えて使えるようになるブレイズワークスをモンスターシーズンの時点で使えることの説明もつくわ。それに舞踏会の件も」
「なるほどな。じゃあある程度解決したんじゃないか?」
「解決?」
「いやさ。レヴィアナの友達なら、ちゃんと名乗り出ればいいんじゃないか?そうすればアリシアとも協力できるだろ?」
「確かに!」
ガレンの言葉に私は思わず手を打った。
確かにそうだ。久しぶりに実紗希と話すのも絶対に楽しい。なんせ2人で散々語り合った世界に一緒に来ているんだ。話す話題には事欠かないだろう。
「……実紗希さんって、どんな人なんですか?お友達、なんですよね?怖い人なんですか?」
ナタリーが不安そうに聞いてくる。
「うーん、怖くはないけど、さっき言った通り変わり者よ。自分の事俺とか言ったりして」
「俺、男性の方なんですか?」
「ううん、女性。私のほかの友達にも自分のことを俺っていう女性はいなかったかも」
「暴力的な方だったんですか?」
「そんな事なかったわよ?私と一緒にセレスティアル・ラブ・クロニクルをやってたくらいだもの」
ナタリーが首をかしげる。
「……あえて強い言葉を使うんですけど、さっきまでの話が本当であれば、アリシアさんはマリウスさんたちを利用してイグニスさんを排除したんですよね?」
「え……えぇ」
「そんな人が、レヴィアナさんのお友達なんですか?」
「それは……」
言葉に詰まった。
「会ったこともないレヴィアナさんのお友達のことを悪く言うのはあれなんですけど……、そのイグニスさんを排除できるほどアリシアさんは力のある人で、そんな人にいきなりレヴィアナさんの素性を明かして声をかけるのって危なくないですか?」
「そう、かも……」
ナタリーの言うことは間違ってない。
実紗希は私なんかよりもずっと頭がいい。そんな実紗希が、正体がわかるようなヒントを残すだろうか。
それに、実紗希らしくないと言えば実紗希らしくない気もする。
「もしそうだとしたら俺も危ないかもな」
「なんでよ?」
「きっとマリウスとセシルはその実紗希ってやつのお気に入りなんだろ?でも俺とイグニスはきっとそうじゃない」
その先は誰も口にできなかった。
――――でも、もし実紗希でも実紗希でなかったとしても。
マリウス達は【陽光の薔薇】から解放しないと。少なくともナタリーのためにも。
ガレンの事は守らないと。イグニスのようにこれ以上私の大好きな人がいなくなってしまうのは嫌だ。
でもそれはこの世界のヒロインに害する存在になってしまうかも……。レヴィアナのノートが頭をよぎる。
「協力してください」「協力してくれ」
「へ?」
私が口を開く前にナタリーとガレンが私に声をかけてきた。
「私はマリウスさんと卒業してからも一緒に遊ぶんです。マリウスさんが自分からアリシアさんを好きになったなら仕方がないですけど、【陽光の薔薇】のせいでマリウスさんと離れ離れになるのは絶対に嫌です」
「俺も、小さな頃に【解体新書】を見てからあきらめてた。俺の人生は決められてるんだって。何をしても無駄なんだって。でも、レヴィアナのおかげでそうじゃないかもしれないって思えた。だから、俺も、その本の俺じゃない俺になりたい。」
「だから、協力してほしい」
「だから、協力してください」
2人の言葉を聞いて、私は思わず笑ってしまった。
「じゃ、私も協力してほしい。私、この世界が大好きなの。本当に、本当に大好きなの。だから、私はこの世界の先、今まで見たことがない卒業式の先を見てみたい。この世界でずっとみんなと楽しく過ごしてみたい」
私は2人に自分の思いを告げた。
「だから、もしアリシアが実紗希だったら止めたいし、アリシアが暴走してるなら絶対に阻止したい」
ガレンとナタリーが頷く。そして、今度は3人で大きく笑った。
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