第68話 できることを全力で
「よし……」
顔も洗った。
ちゃんと着替えた。
両耳のピアスに触れて気合を入れなおす。
先日の件はカムランのおかげで無事に学園に戻ることができた。
うまくいったからよかったものの、結構ピンチだったんだと改めて思う。
先日のアルドリック家襲撃事件には「犯人」がいて「学校関係者」だという事はカムランのおかげで知ることができた。
ターゲットがお父様なのか私たちなのかは分からなかったけど、全くの無関係ということもないだろう。もしかしたらイグニスかガレンがターゲットだったのかもしれない。
いずれにせよ私の大切な人だ。
何か「犯人」から接触があるかとも思って1日待機し、そして観察していたが、犯人らしき人物からの接触は無かった。
(……もうなりふり構っていられないわよね)
この未知の世界を未知のまま楽しんでいたかった。
知らないことに驚いて、レヴィアナ視点でのイベントを経験して、そして舞踏会を迎えて、そして卒業できればいいと思っていた。
でももう話は別だ。誰かがこの世界を壊そうとしている。お父様を攻撃して、フローラを傷つけ、私たちも星辰警団につかまりそうになった。
トントンと軽快に階段を降り、私はみんなの授業が始まった時間帯を狙って魔法訓練場に向かっていた。
昨日のうちにセオドア先生に申し出て、正式に欠席扱いにしてもらっている。
(それにしても最近まともに授業に出ている回数が少ないわよねー……)
魔法理論だって楽しいし、学んで実際に自分の魔法が成長していくのは本当に楽しい。
それに、何より学校に行って、みんなで同じ教室で同じ授業を受けるのがこんなに楽しいなんて思わなかった。
今日は今頃みんなでカスパー先生からなぜそれぞれ得意魔法があるのかと言う授業が行われるはずだった。
(はー私も聞きたかったなー)
とは言え、今から行く場所は誰にも知られたくない場所だった。
魔法訓練場に着き、演台に上がり、壁に向かい合う。
私はこれから反則をしようとしている。
このイベントは「攻略対象とアリシアがこの魔法訓練場でオリジナル魔法を習得する訓練を5回行うと、隠し扉が開かれる」といういわゆる隠し要素だ。それを私は現実世界の知識ですっ飛ばそうとしている。
本当はこんなことしたくなかったけど、この世界を楽しむための自衛も必要だ。
魔法があたった回数がフラグになっているのなら私の魔法でも開くはず。
もしだめなら本当にアリシアを連れてきて5回わざとこの壁に向かってヒートスパイクでもブレイズワークスでもぶつけてもらえばいい。
「天空の雷光よ、我が意志に従え!煌めく一撃、サンダーボルト!」
威力順に次々魔法を直撃させると、3回目の魔法で壁にひびが入り始める。
―――いける!
さらに出力をあげ、5回目を当てると壁の一面が低いうなりを上げながら横に開き始めた。
「よし、これで第一関門クリア!」
イベントの内容を知っていても、こうして目の前で見るとどきどきする。思わず笑みがこぼれた。
早速開いた壁の中に飛び込んだ。
明かりはないが、空気中に淡い光の粒子が漂っている。そのおかげで視界は悪くない。
通路を抜けると広い部屋に出る。
この先にアイテムが――――
「えっ……どうして……?」
ここまではゲームのスチル通りだった。
この隠し部屋の雰囲気も、アイテムが設置されているはずの台座もゲームのまま。でも台座の上にあるはずのアイテム、使用した対象を封印し停止させる【霊石の鎖】があるはずなのにきれいさっぱりなくなっていた。
「そんな……誰か先に来て持って行った……?」
そんなことあるのだろうか。でもそれならいったい誰が……?
その後も台座の後ろなど探せる限り確認したがこれ以上探しても見つかるとは思えず、このまま誰かに見つかってもまずいのでそそくさと隠し部屋を後にする。
隠し部屋から出てから扉の締め方をどうしたものかと考えていると、勝手に同じように低い音を立てながら閉まっていった。
閉まり切ると何もなかったかのように元の状態に戻る。
(さて……どうしよう……)
いきなり手詰まりだ。
このアイテムは、これから控えている裏ボス戦を安定して突破するためのキーアイテムである。
裏ボスのフラグはアリシアがブレイズワークスを覚えている事。
既にアリシアはそのフラグを成立させている。
正攻法としてはアリシアがブレイズワークスでとどめを刺すという展開だが、学校内に異物が紛れ込んでいる可能性がある以上、可能な限り安全策を用意しておきたい。
(まずは可能な限りのアイテムをシルフィード広場で購入して……)
他に何かなかったか……と校舎内を徘徊しているとふと目が留まった。
「これだわ……!」
そこにはこの学園の長、そして三賢者の一人、ナディア・サンブリンクの銅像があった。
***
「ナディア先生、お願いがあります」
学長室でセオドア先生とナディア先生と対峙する。
ナディア先生とこんなに近くで会話するのは初めてだった。ステージの上で見る何倍もの威圧感、そして神々しさすら感じられる。
「来週、モンスターの森の奥地に伝説のモンスター、テンペストゥス・ノクテムが現れます。今日はこのモンスターを討伐する協力をお願いしにまいりました」
単刀直入にそう切り出した。
「いきなりナディア先生に会わせてくれって言うから何かと思ったらいきなりどうしたんだ?それにテンペストゥス・ノクテムってなんだ……?」
現時点ではテンペストゥス・ノクテムに関しての情報は無いし、まだイベントも発生していない今、セオドア先生の疑問はもっともだ。でも理由については言う訳にはいかない。
私はナディア先生を見つめたまま反応と回答を待った。
「テンペストゥス・ノクテム……マルドゥク・リヴェラムやデウス・エクス・マキナと並ぶ古代の神話の中のモンスター……」
ポツリとナディア先生がつぶやく。
「本当にテンペストゥス・ノクテムが現れるというのですか?」
「やはりナディア先生はテンペストゥス・ノクテムについてご存じなんですね」
するとナディア先生はうなずいてくれた。それなら話が速い。
「先日のモンスターシーズンで現れたディスペアリアム・オベリスク。先日わたくしの実家に戻った際にお父様の書斎で見つけました」
ここに来るまでに考えた適当な精一杯の辻褄合わせをする。
同じ三賢者のお父様なら同じようにテンペストゥス・ノクテムの情報を持っていてもおかしくないはずだ。
「ディスペアリアム・オベリスクで出てきたモンスターも今までにないほど強力なものでしたが、あれは序章に過ぎないとありました。あれを契機に2か月後、より強大なディスペアリアム・オベリスクからテンペストゥス・ノクテムが現れると……」
そこまで話して視線を上げるとナディア先生が目を瞑って何かを考えている様子だった。
「恐怖の塔の姿。煌めく紫の光が塔から溢れ、天を突くとき、災いの訪れを知る。それは遠くの地まで届く光、人々の心を揺さぶる前触れの光。」
ナディア先生がぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
―――あれ…?この歌どこかで…?
「紫の光が消え去るとき、人々は一息つく。だが、終わりではない。今度は深淵から湧き上がる漆黒の光が天の星々も喰らいつくす。静寂が地を覆い、万物が震える。夜の嵐――――テンペストゥス・ノクテム」
部屋の中の空気が一段と寒くなったような気がした。
「ナディア先生…?その歌は?」
「私の故郷に伝わる歌です。でもそうですか……レヴィアナ……あなたもあの本を見てしまったのですか……」
そう言うとナディア先生はそのまま黙ってしまった。
(あの本……?)
私が言った本は完全にでっち上げの作り話だったけど、本当に存在してくれていたのであれば好都合だ。
「生徒の自主性を重んじる……私たち大人が余計な事をしてあなたたち生徒の未来の邪魔をしてはいけないと思っていましたが、テンペストゥス・ノクテムが出てくるなら私が出るしかないでしょう」
少しの沈黙の後、ナディア先生は口を開いた。
「そんな!?ナディア先生がモンスターの森に行くという事は……どういうことかわかっているんですか!?」
これまで沈黙を保ってきたセオドア先生が、声を荒らげた。
それでもナディア先生は毅然とした態度で続ける。
「えぇ……。でも目の前の脅威を何とかしない限り、未来を考えることは出来ません。未来は現在の先にあるのですから」
ナディア先生が強い意志を宿した目でセオドア先生を見る。
「テンペストゥス・ノクテム……って言うのはそんなにすごいモンスターなんですか…?」
「私も直接見たわけではないですがそう聞いています。本当にあの記述の通りのテンペストゥス・ノクテムが現れるのであれば三賢者クラスでないとまともに対抗できないでしょう。この学園の生徒を危ない目に合わせるわけにはいきません」
「そんな………、ナディア先生……」
セオドア先生の狼狽振りは半端ではなかった。
「――――じゃあ、俺が……俺がその訳の分からないモンスターを倒せば、ナディア先生の出番は無いってことですね」
セオドア先生が、ナディア先生を真っすぐに見つめてそう告げる。
「俺がそんなモンスターを倒します。そのために俺はここに居るんですから」
その瞳は決意に燃えていた。
「こんな話を持ち込んで申し訳ありませんわ。わたくしたち生徒会のメンバーも、生徒会としてテンペストゥス・ノクテムに対処してみせますわ」
***
これでナディア先生の協力は取り付けることに成功した。
セオドア先生があんなに動揺するとは予想外だったけど、さっき宣言した通り、元々のゲーム内でもそうしていたように、生徒会のメンバーでなんとかすれば問題はない。
「先ほどナディア先生から聞いたんですが、来週ちょっとまずいことが起きそうですわ」
生徒会メンバーにはテンペストゥス・ノクテムの情報源はナディア先生ということにする。
「で、わたくしは戦おうと思うのですが、みなさんはどうしますか?」
「なんだよそのテンペストゥス・ノクテムって……。名前からすごそーじゃねーか。こないだのモンスターたちよりも強いって本当かよ」
ノーランが首をひねりながら聞く。
「えぇ、あのディスペアリアム・オベリスクから出てきたモンスターよりも間違いなく強いですわ。先生の話を聞く限り文字通り化け物ですわね」
「そんな奴相手に俺が役に立てるのかな?」
ノーランは自信なさげにつぶやく。
「心配するな。お前の火魔法は俺様ほどではないが、もう大抵の貴族でも相手にならないくらい強くなった。俺様は当然参加する」
「イグニスがそう言うなら……、よし分かった俺も参加する」
「僕も当然参加するよ。僕の自由な学校生活を邪魔するなら排除しないとね」
「私も…。私もなにができるかわからないけど、うん、頑張ってみる!」
セシルもアリシアもそう声をあげ、振り向くとガレンもうなずいてくれていた。
「俺も参加……だが……」
マリウスの視線はナタリーに向いていた。
先日の一件があってから、まだ日が経っていないとはいえナタリーとまともにまだ話は出来ていない。
別に仲違いしているわけでもないが、なんとなくこちらからは触れづらく、またカムランが生き返った今、ナタリーの中でどう整合性が取れているのかの判断もできず、宙に浮いたままになっている。
「はい、私ももちろん参加します!」
ナタリーは笑顔でそう言った。良かったいつもの笑顔のナタリーだ。断られるかもしれないと思ったが、強大な敵と対峙するのにナタリーの氷魔法は心強かった。
私たち生徒会メンバーに加えてセオドア先生も協力してくれる。原作のゲームにもない超強力パーティだ。これで負けるはずはない。
(あとはみんな無事で終わりますように)
私は一人生徒会室で頼もしいみんなに囲まれながらそう願った。
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