第66話 名前と存在
「全く……先生の事少しはかっこいいと思ったのに台無しですわよ」
「だからすまんって。無事にこの問題が解決したら豪華な食事でもご馳走してやるから」
「わたくし、今向かってる家に無事に着ければ豪華な食事なんていつでも食べれるので結構ですわ」
「ぐっ……このお嬢様め……」
始めは4人で向かっていたが、それでも少しずつ日は陰っていき、もうすぐ夜が来ることを感じさせた。
完全な暗闇になる前にセオドア先生が野営の準備を始めたので私もそれに倣う。
こういうときもガレンの土魔法は便利だった。魔法なのに現実に干渉して簡易的な建物を構築できるのは改めてすごい。
「おいイグニス、もう少し火灯せないか?」
「まってろって……」
対照的にいつもは難なくこなすイグニスは簡単な火魔法を使う事にも苦労しているようだった。
「どこかの男二人がマナを全部吐き出す無駄な事をしたからですわ」
「だーかーらーすまんって」
セオドア先生がどこからか捕まえてきた動物を丁寧に捌きながら苦笑している。
でも私たちにシルフィード広場の様な悲壮感は欠片もなく、何も解決していない今、警戒を解くわけにもいかなかったが、少なくとも表面上だけでも和気あいあいとした雰囲気だった。
こんな風な夜のキャンプも初めてだし、なんだか少しアリシアの実家に遊びに行ったときの夜を思い出す。
「これも先生のおかげなんですかね?」
「あー?なんか言ったか?」
「なんでもないですわ」
「じゃあせっかくなので俺から質問していいですか?先生って昔星辰警団に居たんですか?さっき、星辰警団の団長さんとそんな話をしていたようですが」
「あぁ、昔な。あいつらの事嫌いにならないでやってくれよ。あいつらもあれで仕事なんだわ」
「もちろんです。でも――――」
「――――しっ……!!!」
話を続けようとしたガレンがセオドア先生に制される。そのままセオドア先生は耳を澄ませるように促してきた。習って耳を澄ますと、遠くから馬の足音と車輪の音が聞こえてくる。
「……さっき逃げた馬車だといいのですが……」
「いや、俺が借りたのは大型の2頭引きの馬車だ……。でも足音は1頭分しか聞こえてこない。それに……俺が知らない気配だ」
先ほどまでの弛緩した雰囲気が一気に消し飛ぶ。
「お前ら。もし星辰警団の追手だったら俺が請け負う。その間に全力で逃げろ」
「でも……わたくしたちを匿ったりしたら先生も……。それに魔力だってまだ……」
「ま、先生ってそういうもんだろ?」
先生の誘導に従っていつでも駆けだせるようにガレンのストーンシールドに隠れる。
段々と月明りに照らされ馬車が視認できるようになる。見えてきたのは豪華な星辰警団のものでは無くシルフィード広場の一般的な馬車だった。
ほかのみんなも同じように感じ取ったのか、先ほどまでの緊張が少し緩んでいた。しかしそれでもいつでも対応できるように体制を整える。
見つめていると馬車のスピードが落ち、私たちの前で停車した。
馬車の扉が開き人の顔が映った。
***
(おいおい…こんな簡単に会えてよかったのかよ…)
カムランは目の前に広がる景色に戸惑っていた。
確かに神様には祈ったけど、それでもこんな早くに願いをかなえてくれる神様なんて聞いたことない。それに第一こちらも心の準備ができてない。
運転手に伝え馬車を止めてもらい、扉を開ける。
俺からは見知った顔。セオドア先生、レヴィアナ、ガレン、イグニス。願ってもない機会ではあるが、なんて声をかけて良いものか躊躇してしまう。
「あ……あの……」
「カムラン!!!」
そこから先は言葉を発することができなかった。レヴィアナにいきなり名前を呼ばれ、そのまま抱き着かれた。
当然そんな準備ができてないカムランはそのまま芝生に二人で転げる形になる。
「カムラン!!!あなた!!!生きて、生きてたのね!!!!」
「レヴィアナ……お前俺の事……?俺の事覚えてるのか……?」
「当たり前でしょ!!!カムラン…!生きててよかった!!!!」
突然のレヴィアナの行動に困惑する。
いや、困惑したのはそれだけが理由ではない。レヴィアナの目にはうっすらと涙が浮かんでいる様にも見えた。そして俺自身も。
(そっか、名前を呼ばれるってこんなにうれしいことだったんだな)
今まで当たり前の様に自分の名前を呼ばれていたけど、ただそれだけのことで心が温かくなる。
こうして存在を認められるとちゃんと俺がここに居ていいのかと思う事が出来る、そんな気がした。
しばらくレヴィアナにされるがままになっていたが、徐々に冷静になったレヴィアナは顔を真っ赤にして離れていった。
少し冷静になるとまぁ、正直俺も恥ずかしい。元々そんなに仲がいいわけでもなかったしな。
「レヴィアナ?そいつ誰なんだ?知り合いか…?」
「……えぇ、わたくしの友達ですわ。取り乱してすみませんわね、カムラン」
「いや、まぁ、なんと言うか、うん。正直俺の事を覚えててくれてうれしかったわ」
本当はもう少し気の利いたセリフも言えればいいんだが、今はこれが精一杯だった。
「カムランちょっとこっちに来てくださいまし!お三方は少しご歓談してて下さい。わたくし、ちょっとこの友達と内緒のお話がありますので」
レヴィアナが俺の手を摑むと、そのまま少し離れた場所に移動した。
「すまん、俺がふがいないせいで」
「あなた……どこまで知って……というか、一体何があったんですの?」
全部話したかった。アルドリック邸を襲撃する前夜も、アルドリック邸から帰ってきてからの事も、アイツの事も全部説明したかった。
こんな状況でも俺の事を唯一覚えていてくれたレヴィアナならこの状況も打開して、全部解決して、きっと何かをいい方向に導いてくれるかもしれない。
「あ……う……」
でも俺は何も話すことも伝えることもできなかった。
頭の中にはこんなにはっきりと映像も声も浮かんでいるのに喋ろうとすると頭の中でアイツのことが何もわからなくなってしまう。
「ははっ……やっぱり俺って駄目だなぁ……」
「あなた……話せないんですの……?」
「あぁ、駄目みたいだ」
全身を無力感と虚脱感が襲う。アイツに良い様に使われて、こうして情報すら共有することも出来ない。
レヴィアナはそんな俺を怪訝そうな顔でじっと見つめていた。
「駄目なんて言わないでくださいまし。ありがとうございますですわ。あなたは何も悪くありません」
その言葉は全てを包み込んでくれるようだった。
不意に温かいものが頬を伝う。それが涙だと気が付いたのは少し遅れてからだった。
(そうか……俺泣いてんのか……)
「少々お待ちになってくださいまし」
レヴィアナは服の中から使い込まれてボロボロになったノートを取り出した。ペンを走らせ、1枚切って手渡された。
「これでいいですわ。この手紙を持って、日付が変わってからお父様のところに行ってくださいまし。絶対に悪いようにはならないと思いますわ」
「いや……でも……いいのか……?」
このまま地元にでも帰ろうと思っていた。こうして会えた以上これ以上レヴィアナやアルドリック公に迷惑をかけるべきではないと思っていた。
「もちろんですわ。というか、あなたの方こそ……いいんですの?」
何を言っているのだろう。これ以上のことなんて無いだろう。
「レヴィアナ?結局どうなったんだ?」
イグニスがこちらに近づいてくる。
さっきのマリウスの様にイグニスも俺のことを忘れているのだろう。
ようやく貴族や平民の垣根も無くイグニスと仲良くなれるかもと思っていたので、それは少し寂しかった。
「そのことですが、わたくしたち、もうお父様のところに行かなくてよさそうですわよ?」
「……?どういうことだ……?」
「こちらのカムランが何とかしてくれるとのことですわ」
イグニスがこちらを向く。
「おう、任せておけ。俺は絶対にお前たちが卒業するまでは死なねぇから!」
気づいてくれただろうか。俺にできる精いっぱいの情報だった。これ以上はもう何も伝えられることは無い。
あまり時間をかけてもしアイツに感づかれたりでもしたら目もあてられない。レヴィアナからもらったノートの切れ端を大切に握りしめ、俺は二人から背を向け停車中の馬車へと向かって歩き出す。
「―――――っ……あのさ……イグニス」
イグニスに口に出しておきたいことがあった。それが後悔することになっても、もしかしたらイグニスと会うのはこれが最後になるかもしれないから。
「俺、平民なんだけど、それにお前に比べたら弱いんだけど、でも、今度、こんな状況じゃないときに、魔法の訓練をつけてくれないか?」
イグニスは虚を突かれたような顔をしていた。いきなり今のイグニスにとって見ず知らずの男にこんな事を言われたら驚くのも無理はない。
こんなこと聞かなければよかったと一瞬後悔した。
「おう、俺様は強くなりたいやつは大歓迎だ。それにお前変な奴だな。平民とか弱いとか関係ねーじゃねーか」
そう言ってイグニスは笑っていた。いつものイグニスの笑顔だった。
「それに、いまいちよくわかってねーんだけど、なんだかお前……カムランだっけか。カムランには助けてもらうみたいだし、今度落ち着いたらお礼もさせてくれ」
イグニスが手を差し伸べてくる。
―――そっか、こんなに簡単なことだったんだな。
これまで貴族に対して抱いていた思いも一方的なものだったんだな。ちゃんと伝えればよかったんだ。
「そうですわね。落ち着いたらわたくしの家で楽しい食事会をしましょう」
イグニスの後ろからレヴィアナも手を差し出す。
改めてこんなことをするのは照れ臭かったが、俺は二人の作法に乗っ取って差し出された手を強く握り返した。
***
「さて、わたくしたちは日付が変わる頃にシルフィード広場に戻りましょう」
カムランの馬車が見えなくなってから私はそう切り出した。
「なぁ、俺ぜんぜんわかってないんだけど?先生にくらいちゃんと説明してくれてもいいんじゃないか?」
「時間が解決してくれますわ。そうですわね。多分きっと日付が変わる頃には」
先生も何か察したのか特にそれ以上深くは聞いてこない。私自身もわかっていないことが多すぎて何から話せばいいのか考えがまとまっていなかった。
(――――それにしても……本当にありがとう、カムラン)
これではっきりした。カムランやあの反乱軍を創り上げたのはこの世界の何かではなく誰かだ。何かのアイテムで口封じされているのだろうが、カムランは「卒業まで」と言った。
(今回の騒動の原因は学校関係者……)
おそらくその誰かにとってもカムランが復活するのは想定外だったのだろう。
カムランを殺す前に何かいろいろ重要なことを話していたのかもしれない。だとしたらあれだけカムランが飲み込みよく色々なことを把握していることにも納得がいく。
空を見上げる。
満点の星空だった。
良かった。最悪この世界自体が敵だったらどうしようかと思った。
私はこの世界を大好きなままでいられる。
(それにしても敵は誰なんだろう…?)
どこまで話していいものなのだろうか?
下手に話して先生やイグニスたちを巻き込んでしまうかもしれない。
あんな風にカムラン達生徒のことを簡単に洗脳紛いな事を行い、そして終わったら殺してしまうような敵だ、何をしてくるかわからない。慎重に振る舞う必要がある。
でも、敵も今回はいろいろ動いたはずだ。少しはおとなしくしてくれるだろう。
というか、してくれないと困る。
「おーい!レヴィアナ、こっち来いよ!肉焼けたぞ」
イグニスが手を振っている。
私は空をもう一度仰ぎ、そしてみんなと合流した。
星空の下、こうして長かった一日にようやく一息を着き、ようやく、本当にようやく気持ちを緩めて笑うことが出来た。
――――私が大好きな世界の素敵な夜だった。
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