第65話 目覚め
「―――っっく……っはあぁっ……」
(ここは……どこだ……俺は……?)
カムランは一人きりの部屋で目覚めた。
「っつうっ……!?」
ヒートスパイクで貫かれた腹が痛む。慌てて手で抑えるが、傷は何一つついていない。
しかし確かにあの時、自分は腹を貫かれて……。
意識を失う寸前のことを思い出そうとするが、靄がかかったように思い出せない。
だが、確実に腹に痛みが走った感覚があったことを記憶していた。
(どういうことだ……?俺は一体どうして生きている?)
本当に生きているのか?ついさっきまで夜だったはずなのに、どうしてか今は窓の外が明るい。
「―――いってっ!」
状況を確認しようと体をひねるためについた手にチクリとした痛みが走る。
見ると砕けた宝石が自分の手に突き刺さっていた。
「これ……アルドリック公にもらった……」
別れ際、アルドリック公に渡された宝石。まだうっすらと光っていたが、段々とその輝きは薄れていき、つい先ほどまで輝いていたとは思えないほど小さく弱くなり、終には消えた。
指先に生じた痛みと、その光が薄れていくにつれ、カムランは頭の中が晴れ渡っていくような感覚に襲われる。
(そうだ……俺はアイツに……!突然現れたアイツに俺は突然襲われた、それにあの言葉……)
アルドリック邸襲撃に良い様に使われ、終わったらこうして使い捨てだ。
(クソ……ッ!)
カムランは怒りのままに拳を振り上げて先ほどまで倒れていた床を叩きつける。と、そこで違和感に気が付いた。
(どうして俺はこんなに動けるんだ?)
腹を魔法で貫かれたはずだ。しかし先ほどまで感じていた痛みも少しずつ引き、こうして立ち上がることが出来る。
「って、どう考えてもこれだよな」
輝きを失った宝石のかけらを掌から取り出し、眺める。
「……そうだ……アイツ……」
もしかしたら俺がこうして生きていることを察してまた襲われるかもしれない。その前にアイツの本性を誰かに伝えないといけない。
「やっぱり……これも……ダメか……っ」
魔法文字も、直接床に傷をつけて文字を残そうとしても、その行為をしようとした瞬間体が動かなくなる。アルドリック邸でのことと同じように声に出すことすらできなかった。
(何とか……何とかしないと……)
いつまでもダメな事を繰り返しても意味がない。
今はそれよりも優先することがある。
アイツは俺たち反乱を企てた奴ら全員を殺して、その罪をレヴィアナたちに着せると言っていた。どうやってそんなことを行うのか見当すらつかない。それでもあれだけ自信満々に言っていたのだから何か算段があるんのだろう。
何よりも優先してレヴィアナたちに報告する必要がある。
制服はあいつの魔法で燃え焦げていたので私服に着替えて校舎に向かった。私服で学校をうろつくのも目立つが、あんな状態の制服よりましだ。
この時間ならまだ生徒は残っているはずだ。大げさに動くわけにはいかない。アイツにバレてしまったら、またなすすべなく無様に殺されるだけだ。
「――――――!」
ツイてる!あれはマリウスだ。生徒会の中でも話が通じるし何よりも賢い。良い対策を考えてくれるかもしれない。急いで駆け寄った。
「なぁ、お前、レヴィアナ……レヴィアナだけじゃない、イグニスやガレンはどこだ!?」
「……?キミは誰だい?ここはセレスティアル・アカデミーの生徒以外立ち入り禁止だぞ」
「何言ってんだよ!冗談を言ってる場合じゃないんだ!!」
それでもまるで俺のことなど知らないようにマリウスは首を傾げている。
様子がおかしい。マリウスはこんな類の冗談を言うような男じゃない。
「俺は―――っ!」
昨日あいつが言っていたことを思い出す。
俺が死んだら俺の記憶がなくなるとか言っていた。昨日はそんな事あるかと思ったが、実際にこのマリウスのリアクションを見ているとほんとの事の様に思えてしまう
俺が私服を着ているからとか冗談ではない。マリウスは本当に俺が誰かわからないんだ。
「すみませんでした。迷い込んでしまって!失礼します!!!」
頭を下げ急いで駆けだす。
もしこれで騒ぎにでもなってしまいアイツにバレてしまったりしたら目もあてられない。
(……でもどうする?)
あのマリウスですらこの状況の今、先生たちを頼っても何か進展するようには思えない。
(――――そうだ……アルドリック公)
別れ際アルドリック公は俺に宝石を渡しながら「数日は絶対に何があっても肌身離さず持っていなさい」と言ってくれていた。
(俺が蘇ることもアイツにとっては予想外だったはず。だからあんな風にべらべらと喋っていたんだろう)
流石に恣意的かもしれないが、少しでもこの状況を予想してあのアイテムを俺に渡してくれていたのだとしたら?
もう俺に頼る相手はアルドリック公しか残っていないように思えた。
(急がねぇと……!)
そうとなったら早く行動しないといけない。学園の外まではシルフィードダンスで加速したが、学園外で魔法なんて使ったら目立ってしまう。
それになぜか今日は式典でしか見かけることがない星辰警団がやけに目に付く。
(なぜってそんなの決まってる。レヴィアナたちを探しているんだ)
もしアイツが言っていた通りレヴィアナたちが襲撃の犯人に仕立て上げられているのだとしたらこの警戒には納得がいく。
ここで変に目立って足止めを喰らうのはごめんだ。皆の記憶から消えているのも今となっては幸いだった。ただ堂々と歩いていればいい。
「君……?」
背筋が凍った。心臓が痛いほど鼓動する。
恐る恐る振り返るとそこには見覚えのある顔があった。今一番会いたくない顔。
そしてその顔の主は言った。
―――やっと見つけたぞ、と。
「――――君ってば」
「ひっ…っ!?」
「あぁ、ごめんごめん、そんなに驚かせるつもりはなかったんだ。君の服装、ジャケットが裏返しだから……」
「へっ!?あっ……あ、ありがとうございます……」
優しそうなおじさんはそのままにこやかに手を振って去っていった。
さっきのは幻覚だったようだ。
落ち着いていると思っていたが自分でも想像以上に気が動転しているらしい。
声もアイツとは似ても似つかないじゃないか。指摘されるまでジャケットが裏返しな事なんて全く気が付かなかった。それにベルトも忘れている。
「ふーーーっ…………」
一つ大きく深呼吸する。大丈夫、大丈夫なんだ。セレスティアル・アカデミーを飛び出した今誰にも見つかるわけがない。
それから背筋を伸ばし、無事馬車を借りることに成功した。
途中普段経験したことがない検問も受けたが、警戒人物として記録されていないからか「地元に帰るんです」の一言で無事抜けることができた。
(でも……もしレヴィアナ達やアルドリック公に会えたとして……マリウスみたいに気付かれなかったら……?俺だってわかってもらえなかったら……?)
背筋が少し震える。
少なくとも顔見知り以上の知人にあんな顔をされて「誰?」と聞かれるのは堪えた。
(いや、俺の感情なんて捨てろ。分かってもらえなかったらわかってもらえるまで何度でも伝えればいいだけだろ!)
「待ってろよ……、無事で……無事で……っ」
カムランは馬車の中で今まで祈ったこともない神に初めて祈りをささげた。
そしてこの世界の神は意外と早く願いをかなえてくれるようだった。
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