第43話 モンスターシーズンの終わり

「さすがに遠いですわね……」


マナを使い果たした今、魔法での身体強化も出来ない。それに全身に溜まった疲労感と脱力感で歩くことすらままならない。

それでも力が抜けそうになる体に鞭を撃ち先ほど氷魔法が打ちあがった方向へと3人で向かっていた。


「ナタリーの目印があってよかったですわ。あの目印が無ければどうしていいかわかりませんでしたもの」

「本当だよなー。俺、あんなところで野宿なんて嫌だぜ?」

「わたくしも嫌ですわよ!それより早く寮に戻って汗を流したいですわ!」

「俺様は服を早く着替えてぇ……」

「早くみんなにもみてもらいてぇなそれ!マリウスとかも笑い転げるんじゃねーか?」


さっきまで私とノーランで散々いじり倒した後なのに、まだ見ると笑いが漏れてしまう。


両手で高威力の魔法を放ったイグニスの袖は魔法によって焦げており、ノンスリーブの服みたいになっていた。それがイグニスの高貴な雰囲気とアンマッチで笑ってしまう。


「大体お前らだって右袖なくなってるじゃねーか」

「あれだけ魔法を使い続けたら誰でもこうなりますわよ」

「じゃあなんで俺様だけ笑われなきゃならねーんだよ。納得いかねぇ」


イグニスがジトっとした目で文句を言ってくる。


「まぁまぁ楽しいことはいい事じゃありませんの。あ、見えましたわ!皆さん!ご無事でしたか!?」


ガレンの作った要塞に生徒会メンバーが集まっている。少しの間会わなかっただけなのに、随分久しぶりに会った気がする。


気分は凱旋帰国と言った感じだ。あの巨大なディスペアリアム・オベリスクを破壊し、モンスターシーズンのイベントもこれでようやく終了だ。


「ほらな?俺様だけじゃなくってみんな袖なんてなくなってるじゃねーか」

「くっそ……。イグニスのそれ目立たなくなっちまった……」

「俺様はレヴィアナとノーランの右腕の傷の方が気になるけどな」


夏休み、ノーランが転生者の証として教えてくれた傷のことだ。当然と言えば当然ではあるが、集合しているほかの生徒会のメンバーに同じ傷がついているものはいなかった。


あまり大きく話題になっても面倒なので、生徒会メンバーに合流して話題を逸らそうと思った時だった。

視界の隅に横たわる人影があった。動かない体を無理やり動かして慌てて近寄る。


「……ナタリー?どうしたんですの!?」

「ナタリー!?」

「おい、大丈夫か!?」


ガレンの要塞に近づくと、そこにはぼろぼろになった制服を真っ赤に染めてぐったりと横たわるナタリーの姿があった。


「ナタリーさんは多分魔法の使い過ぎ……です。止血も出来たので学校に戻ってナディア先生に回復魔法をかけてもらえば大丈夫でしょう」


アリシアがナタリーの処置をしてくれていたらしい。汗をぬぐった頬がうっすらと赤く染まっていた。


「そのナタリーの魔法のおかげで俺たちも合流出来たんだから感謝だな」

「早く連れて帰って休ませてやろう」


イグニスとノーランが気の抜けた笑顔を浮かべる。でも、ほかのみんなからはディスペアリアム・オベリスクを破壊した私たちに対してねぎらいの言葉も、モンスターシーズンを乗り切ったであろう喜びも感じられなかった。


「―――――……?」


みんなの様子がおかしい。

空気感が違う。

それに何人かの姿も見えない。


「そういえば……セシルはどこに行ったんですの?それにミーナも……?」


きょろきょろと探す2人の姿はどこにも見えない。

ガレンと目が合った。視線を逸らされた。

マリウスも同じようにうつむいている。


「アリシア…?何かあったんですの…?」


私は目の前のアリシアに声をかける。


「セシルさんは……無事です……。でもミーナさんは……」


アリシアが右側を見る。つられて確認するとそこには森を一直線に横断するような道が出来ていた。

状況が飲み込めず固まっていると、その道の先からセシルが息を切らしながら戻ってきた。


「ダメ……どこにもいなかった……。それで……これ……」


セシルが握っていたのはリボンに縛られた、一房のミーナの緑色の髪だった。


「おい……それって……?」


ノーランが渇いた声を出す。


「ナタリーさんとミーナさんはクラスメイトを捜索しに行って敵に囲まれたみたいです。それでミーナさんが囮になってナタリーさんを逃がして……」


アリシアがぽつぽつと状況を説明する。いつも笑顔を絶やさないアリシアがうっすら目に涙を浮かべている。


「そんな……」


その言葉に頭が真っ白になる。

――――そして、なぜこんなことになったのか唐突に理解した。理解できてしまった。自然とアリシアから一歩後ろに退いてしまう。


「おい!どういうことだよ!ちゃんと探したのかよ!!!」


ノーランが声を荒げてセシルに詰め寄る。


「ちゃんと探したよ。でも、見つからなかったし、魔力反応すらどこにもなかった」

「俺も……もう一回探しに……!」

「無駄だ。セシルが探して見つからなかったなら何人で行っても変わらねぇだろ」


ふらつく体で無理やり駆けだそうとしたノーランに、イグニスが言い放つ。


「なんっ……で!お前、なんでそんなに冷静なんだよ!?」

「俺様にとってはなんでお前がそんなに取り乱してるのかわからないんだけどな」

「どういうことだよ……!」

「アリシアの話を聞く限りミーナはナタリーを守って死んだんだろ?だったら良い死に方じゃねーか?きっと良い転生もできるだろ」


そう……。この世界ではこういったように教わってる。


「んだと!!お前…っ!!」


ノーランがイグニスの胸倉をつかみかかり今にも殴りだしそうな剣幕で問い詰めている。

それでもイグニスは自分がなぜそんな風に言われているかわかっていない様子だ。


「もう……やめましょう」


憤るノーランの肩を優しく掴む。


「レヴィアナ……!お前は……!お前はいいのかよ!!一緒に探しに……!!」

「仕方ないですわ。今の魔力もないわたくしたちが捜査しに行ってもどうしようもないですわ」

「でもよ……!」

「私たちがここで言い争ってもミーナは戻ってくるわけでは無いですし、それに早くナタリーも治療しないといけませんわ」


冷静に状況を判断できる自分が怖い。

でも冷静に判断で来ているのだろうか。

分からない。

私の中で何かが崩れていく音がした。


「明日はモンスター討伐後のアイテム回収日ですわ。ちゃんと回復して、明るくなってからちゃんと探しましょう」


そういった私の声は思ったより冷たかった。


これは私のせいだ。

知っていたのに思い出すことをせずに放置した私のせいだ。

違和感はずっと感じていた。もっときちんと思い出すべきだったのにそうしなかった私のせいだ。

「知らないまま憧れのゲームを楽しみたい」と放置した私のせいだ。


もう一度正面で涙を流しているアリシアをみる。


――――このゲーム、セレスティアル・ラブ・クロニクルではアリシアからの好感度が下がった人間は死ぬ。


***


あの後私たちはふらつく体を引きずりながら学園に戻り、ナタリーもナディア先生からの治療を受け無事意識を取り戻した。


ナタリーは悲痛な叫びをあげ何度も森に向かおうとしたが、こんな取り乱した状態で森に行かせるわけにも行かず、半ば無理やり部屋に詰め込みベッドに寝かせつけた。

始めは抵抗していたが、本人も限界だったようで、いつしか静かに寝息を立て始めた。


(……無理もないわよね)


ナタリーの部屋には2脚の椅子がある。ミーナの部屋も同様だ。この2人は夏休みが終わってからいつも一緒にいた。

その親友が居なくなってしまったのだ。今の私の何倍もきっと苦しいんだろう。


(私も……ちゃんとしないとね)


一人部屋に戻って、ナタリーから受け取ったイヤリングを左耳に付ける。こんな形で両耳のイヤリングがそろうとは思っていなかった。つけ慣れていない痛みを感じるとどうしようもなく涙がこぼれてきてしまう。


それでもやることがある。


疲れ果てた頭を全力で回転させ、ノートにわかっていることを必死に書きだしていた。


私の知っている生徒会とはメンバー構成は異なるけど、モンスターシーズンや舞踏会といったこのセレスティアル・アカデミーで起きるイベントは共通の様だった。

もう楽しみたいからなんて言っていられない。全部思い出せるものは書きだしてしまって、回避できるものは回避したかった。


セレスティアル・ラブ・クロニクルにはそれぞれの攻略対象のルートが存在する。

そしてルートから外れたキャラクターはフェードアウトするだけではなく死んでいく。

私は初めてイグニスルートに入り、イベントを楽しんでいたらほかのキャラクターがいきなりイベントで死んだ。はじめは驚き、そのバッドエンドとも言えない展開に衝撃を受けた。


全員の好感度を一定まで保ったままエンディングを進めると全員生存ルートとなるけど、そのルート攻略はとても難しかったのを覚えている。

何週も何週も行ってそれでやっと全員生存ルートに入ることができた。

でもそうするとメインの攻略対象とのイベントが進められずやきもきした。


この恋愛ゲームなのに衝撃的な展開と、やり込み難易度のバランスで、セレスティアル・ラブ・クロニクルは知る人ぞ知る人気ゲームになり、何作か販売されている。

きっと今日のミーナはその影響を受けたんだろう。


(でも……どうして……?)


なんで攻略対象でもないミーナがそのイベントの影響を受けているのだろうか。


アリシアからの好感度が原因だとしてもあのミーナの好感度がそこまで下がっていたとは考えづらい。


そして、はじめのうちは勢いよく走っていたペンも今は止まっている。今日まで起きたイベントについては思い出すことが出来るのに、この先おこることや、肝心な事に関しては全くといっていいほど思い出すことが出来ない。


(この先の事がわかれば……回避できるかもしれないのに……!!)


必死に思い出そうとしているのに何もわからない。

はっきり思い出せたのはアリシアの好感度が下がると死ぬという絶望的なルールだけ。

その後も何時間粘っても結果は変わらなかった。


もしかしたら今日はいろいろ疲れたからかもしれない。私はこのゲームを何回もクリアしている。一度眠ったら、何か思いだすかもしれない。


そう思い、眠れそうにない体を無理やりベッドに沈めて目を閉じるのだった。

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