第36話 ディスペアリアム・オベリスク

「なんですの……あれ……?」


思わず言葉を失った。塔から這い出てきたモンスターは、先程戦っていたモンスターよりも一回り大きく、全身からこれまでこの森で見たことがない禍々しいオーラを迸らせている。


「あれ……絶対強いよな……?」


ノーランがぽそっとつぶやく。ほかの皆も突然の事にあっけにとられているようだった。


「みなさん!モンスターが来る前に体制を整えましょう!」


一足早く冷静になったアリシアが声を上げる。振り返るとイグニスはとうに巨大魔法のマナを練り込んでいた。


「火の精霊たちよ、共に舞い踊り――――」


アリシアもオリジナル魔法のブレイズワークスの詠唱を始めている。みんな考えていることは同じようだ。まず相手にフルの詠唱魔法をぶつけて様子を見る。


「いきますわよ!」

「おう!」

「ええ!」

「光と熱の融合、我が手に集約せよ!荒れ狂う極光、プラズマウェーブ!」


私の合図をきっかけに全員が魔法を放つ。視界一杯に広がった生徒会メンバーの魔法は、塔からこちらに向かってきたモンスターに直撃する。唸るような爆発音と共にモンスターが消滅していく。


(これは……硬い……?)


確かに消滅させることは出来た。しかし先ほどまでのモンスターとは比べ物にならないほどの耐久性を感じた。

立て続けに次の魔法の詠唱を始めるが、それを待ってくれるほどモンスターは甘くなかった。

モンスターから放たれた矢のような魔法が、こちらへと飛んでくる。


「エレクトロフィールドっ!!!」


慌てて防御魔法を展開して防ぐことには成功したが、先程までは余裕をもって防ぐことができていたモンスターの攻撃力も明らかに上がっていた。


「こりゃ、まずいな……。はやくここを片付けねぇと……!」


イグニスが初めて焦った声を上げた。

私も同意見だ。私たちは対応することができているけど、先ほどのモンスターたちで苦戦していた他の生徒が危ない。このままだと私たちも次々に迫ってくるモンスターの波に飲み込まれて行ってしまう。


「皆さん!!!またあのディスペアリアム・オベリスクが光ってるです!!」


悲鳴のようなミーナの声が空から降ってくる。慌てて目を向けると確かに先ほどと同じように紫色の光が強くなっていた。


「まさかまた出てくるというのか……?この量のモンスターが……?」


マリウスがモンスターを処理しながら声を震わせる。私の背筋にも嫌な汗が流れる。

これは、まずいかもしれない。こういったときは――――。


「イグニス!!……それにノーラン!!わたくしについてきてくださいまし!わたくしたちであの塔を壊してしまいましょう!!」


このままずっとここで耐久戦をやっていてもジリ貧になり、いつかは数で押さえつけられてしまうのは火を見るより明らかだ。だったらこちらから攻めてやる。


「あの中に突っ込んでいくんです!?危ないです!!」


ミーナが駆け寄ってくる。ミーナは優しいから、こんな無謀なことを言いだした私に心配をしてくれているのだろう。泣きそうになったその表情からミーナの気持ちが痛いほど伝わってくる。


優しくミーナの頭をなで、そして微笑む。


「この中で魔法の威力が高いのはわたくしとイグニスですわ。わたくしたちが魔法を詠唱している間はノーランの無詠唱魔法で牽制してもらいます。これが最善ですわ」

「それじゃあ!ミーナも!ミーナも行くです!ミーナやセシルさんやナタリーさんの機動力があればもっと安全にレヴィアナさんやイグニスさんを守れるです!」

「いえ、ミーナたちは他の生徒を守ってくださいまし。きっと、これは結構まずいですわよ」


現れたモンスターの大部分はこちらに向かってきているが、一部、私たちの反対側にも流れ始めていた。恐らく今この瞬間にもモンスターの群れに飲み込まれている生徒が居るはずだ。


「ここはわたくしとイグニスとノーランで何とかしますわ」

「でも……」


まだミーナは食い下がってくる。優しい子だからこの作戦に反対なのだろう。だけどこの方法が一番成功率が高いと思うのも事実だ。だから私はミーナの目をしっかりと見据える。


「……分かりましたです」


ミーナは神経質に思えるくらい耳を触りながら何度も私と視線を合わせた後、渋々といった様子でではあったが納得はしてくれたようだ。そして少しの間目を瞑って大きな声を上げた。


「絶対に、絶対に皆さん無事に戻って来るです!!約束です!!」

「ええ、もちろんですわ」


普段のミーナはいつもニコニコ笑って私たちの最高のムードメーカーだが、時折鋭い意見や行動をする時がある。そして今日という日はいつになく真剣な眼差しをしていた。

ミーナの頭をもう一度優しく撫でて、私たちはモンスターの流れと逆方向に走り出した。


(急がないと……!)


再び溢れ出したモンスターたちがこちらへと押し寄せてきている。あの塔へと近づけば近づくほど、その圧は増しているように感じた。こんなものと正面から戦う訳にはいかない。私たちは無詠唱魔法で牽制しながらモンスターの群れをかき分けて、塔へと少しずつ距離を縮めていく。


「もう少し近づかねーとな」

「そうですわね。そこで全力で魔法を展開して……。わたくしは詠唱に1分程度欲しいですわ」

「俺様もそのくらいは欲しい。その間の防御は頼んだぜ?」

「お前から頼み事されるなんて、俺も成長したってことかな?」


ノーランが茶化してくる。

いつもならそれに反発するイグニスだが今回は何も言い返さなかった。むしろ少し笑っているようにも見えた。


「それにしてもレヴィアナからこの策を言ってくれて助かった。俺様もこの案が浮かんだんだけどよ、でも……」

「マリウスとでは火と水で相殺しあってしまう、セシルは威力不足、ガレンは移動しながらの防御は苦手、となるとわたくししかいないじゃありませんの」


左から迫りくるモンスターを無詠唱魔法で倒しながら、イグニスに返事をする。


「そうだけどよ」


いつものイグニスからは珍しく少し歯切れが悪い返事だった。


「ふぅん?わたくしが女だからですの?大丈夫ですわよわたくしあなたよりも強いですから」

「……はっ!忘れてたぜ、お前はそういう女だった!!」


売り言葉に買い言葉、いつものようなやり取りをしながら私たちは塔へと突き進む。

2人が守ってくれる間に、私は魔法の詠唱を続け巨大魔法を放ち道を切り開く。

魔力放出後の隙はノーランの無詠唱魔法で牽制し、その間にイグニスがまた魔力の詠唱を行う。

モンスターの猛攻をかいくぐりながら、それでも3人は抜群のチームワークで突き進んでいく。私たちを止めることができる敵は誰もいなかった。


「この辺りでいいですわね!」


少し開けた場所に出た。しっかりと破壊対象であるディスペアリアム・オベリスクも見える。


「電気の海に溺れよ、我が周りに舞い踊れ!荒れ狂う渦、エレクトロフィールドっ!!!」


少しでもノーランの負担を減らせるように何重もの防御結界を展開し、巨大魔法の詠唱を始める。イグニスも私の周りに展開されている防御魔法の中で詠唱を始める。


「ここから1分間、防御はたのみましたわよっ!!」

「任せろっ!」


ノーランの周りにヒートスパイクが展開され、迫りくるモンスターの群れを焼き払っていく。

異物である私たちを排除しようと次々と周囲に集まってきていた。

しかしそれでも多数のモンスターは背中の生徒たちの方へ向かっていった。


―――急いで壊さないと……!



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