2章:楽しかったはずの世界
モンスターシーズン
第34話 【14歳の頃の私】
夢。夢を見ている。14歳の時の私の夢。
12歳の時にソフィアと出会って私の人生は変わった。
図書館で本を読んでいた時はあれほど輝いていたはずの『学校』も実際に行ってみるとそこには驚きも何も無かった。
勉強はすべてソフィアが教えてくれたし、正直友達と話すよりもソフィアと話しているほうが楽しかった。
私だけじゃなくてきっと周りの多くのみんなもそうだったと思う。
そして、別に学校の先生も特に何かを教えてくれるという意思も無いようだった。
だって先生よりもソフィアの方がたくさんの事を知っているし、わざわざ先生に聞くのは「先生これ知ってますか?」という意地悪なクイズをしているような気がしてなんだか嫌だった。
先生もそのことはわかっているようだった。だって私よりも長い間このソニックオプティカを使ってるんだから。
唯一『学校』に来て楽しかったのはみんなでやる体育だった。別に運動が得意という訳では無かったけど、みんなで体を動かして、汗をかいて、時に怪我をして痛い思いをして、それでも最後にはみんなで笑いあう。何だかそんな時間がたまらなく楽しかった。
そして一部の『学校』を除いて、私が通っていた『学校』は時間を持て余した人が、なんとなく決まった時間に集まって、なんとなく授業を受けて、そしてなんとなく帰る。そういう場所だという事も知った。
始めのうちは自分の思い通りにならない『他人』という存在を煩わしくも思ったけど、そんな煩わしさも少しずつ慣れて、段々とこの場所から未知が無くなっていくのが分かった。
12歳の頃は耳にしかつけることができなかったソフィアも14歳になると視覚制限も外れ、ソフィアの世界に入ることができるようになった。
そこではなんでもできた。
以前ソフィアが教えてくれたゼファリアに行くことも出来た。
実際にはこのソニックオプティカが見せてくれる映像と音声ではあるはずなんだけど、使っている私自身が区別できないのだからしょうがない。
大人がずっと家にいる理由もこれで理解できた。
ソニックオプティカがあれば何でも知れたし、何にでもなれた。
今日私は『学校』を帰ってから、ソフィアが作り出す世界で今日は魔王を倒していた。
大好きな恋愛ゲームも100回もすると飽きが来てしまい、最近は様々なシチュエーションで世界を救っている。
今日は10歳から17歳まで成長して、その間に4人の仲間と笑い、喧嘩をして、数々の苦難の先に世界を平和にすることに成功した。
「おっと……。ふぅっ……」
起き上がろうとしてバランスを崩してしまった。
ソフィアの中での私は長身の美人で、体の能力も魔法で強化していたから、世界を救って元の世界に戻った時の体の違和感は凄かった。視点は低いし、体が重たくて仕方がない。
「ソフィア、ちょっと散歩に行こうか」
『そうですね。この後雨が降るので傘をお忘れなく』
自分の体に戻ってから10分は経った頃、ようやく慣れてきた私はソフィアに声を掛けて部屋から出る。
ソフィアもすぐに反応してくれた。
靴を履いて外に出ると、もうあたりはすっかり暗くなっていた。雨はまだ降っていないが、辺りは薄暗く、見上げた空には綺麗な月が浮かんでいるのが見える。
家の灯りはついているけど、街の中はいつものように静かで、こうしていると世界に私しかいなくなったんじゃないかと錯覚してしまう。
こうして耳が痛くなるくらいの静寂に包まれ、散歩をしながら自分の体に感覚を馴染ませていくこの時間は結構好きだった。
「将来の夢……何にしようかなぁ……」
誰にもなしにひとり呟く。今日学校の授業で話題に挙がった話だった。来週までに何かしら発表しないといけないらしい。
「ねぇソフィア?昔の人たちはどんな将来の夢を持っていたの?」
『そうですね。パティシエとか看護師、あ、あとはお嫁さんみたいなのもあったみたいですね』
「パティシエって……なに?」
『パティシエは、菓子製造やデザート作りに専門的に取り組む職人です。パティシエは、ケーキ、クッキー、チョコレート、アイスクリームなど、様々な種類のスイーツを作ります』
「ふぅん……」
いまいちピンとこない。というか全部作ってもらえるのにわざわざ作ってどうするというのだろうか。美味しくないものが好きな人がいる……とか?
(違うわね……昔はきっと、人間がつくらないと作れなかったんだ)
昔は魚を食べるためには捕まえてくる漁師がという人たちがいたし、野菜を育てる農家という人達もいたらしい。
そのころこのソニックオプティカの原型になる装置もできたと知った。
私が生まれるずっとずっとずっと前、どこかの頭のいい人が仮想空間でファンタジーの世界を楽しもうと一生懸命研究して作り上げたゲームがあった。
みんな大きな装置を頭に付けてその仮想世界を楽しんでいたと図書館の本には書いてあった。
そこからどんどんこぞって研究が進んで、出来ることがどんどん増えて、現在の最新機種がこのソニックオプティカだ。
ソニックオプティカが作る世界ではなんでもできる。仮想の世界をつくって悪の魔王を生み出して世界を救うことも、そして仮想の現実世界そのものを作ることも。
仮想世界では時間の流れも自由自在だ。
遺伝子組み換えの実験を何千何万と繰り返し、今では魚は勝手に水の中にいれば増えていくし、野菜を育てるのも機械の役目だ。
私たちが生きていくためには食べ物が必要。でもその食べ物を育てるのに必要な人間はもう限りなく0に近い。
『あと1分後に雨が降るので傘をさしておいたほうがいいと思います』
「うん、ありがと」
私はソフィアのアドバイス通りに傘をさす。さっきまであれだけ綺麗に見えていた月もいつしか雲間に消えている。
昔「なんでソフィアはいつ雨が降るか分かるの?」と聞いたら、現実世界をシミュレーションして、そのシミュレーションした世界で1分後に雨が降ったからと教えてくれた。
ばちばちと雨の粒が傘をはじく音が心地よい。
手がふさがって足も濡れてしまう傘なんて使わずにスマートシェルターを使えばいいんだけど、それでも私はこの音が好きだった。
「でもさぁ?ソフィア、お嫁さんってなって何すればいいの?」
『それは私が決める事ではありません』
「でもさぁ?うーん……」
人と一緒に暮らすことがそんなにいいのだろうか?
学校で他人と過ごす時間も慣れはしたけど正直面倒なだけだ。お母さんとはしばらく話していない。
別に子供が欲しければ申請すればいい。
昔は子供を産むために結婚と言うモノをして、母親が死んでしまう事もあったみたいだけど、生き物が生き物を増やすために死ぬなんてなんだそれって思う。
『これから雨が強くなっていきます』
「あ、うん。ありがと」
家に帰るか少しだけ迷ったが、今週だけで世界を10回は救っている私は、もう少し散歩しながらその将来の夢というやつについて考えてみようと思った。
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