第21話 3対3の集団戦闘1
レヴィアナは一人森の中を駆けていた。
「はっ……はっ……」
必死に全身に酸素を取り入れる。すでに肺が悲鳴をあげ、わき腹はキリキリと痛む。でもここで足を止めるわけにはいかない。
「―――っ!!!エレクトロフィールド!!!」
右側から気配を感じ、とっさに防御魔法を展開する。次の瞬間イグニスが放ったヒートスパイクがエレクトロフィールドと衝突する。
「ははっ!なかなかやるじゃねーか!」
「おい!あまり前に出過ぎるなよイグニス!あと1人の姿が見えない」
「わかってるってマリウス!!ほらカムランお前も協力しろ!!とっととレヴィアナを堕とすぞ!!」
「……しつっこいですわね!」
完全にこちらの位置は把握されてしまっている。マリウスは遠距離からこちらの動きを探って、イグニスとカムランはこちらを囲むように次々と攻撃魔法を展開してくる。
「空を切り裂く鋭利な刃、我が手中に集結せよ!疾風の剣、エアースラッシュ!」
今度はカムランの風魔法が襲ってくる。でもここで同じように足を止めてエレクトロフィールドを展開するわけにはいかない。その攻撃を必死に躱し体制を整える。
「っし!ほらマリウスお前の範囲攻撃で逃げ場所をなくしていけ!!」
「だから―――指図するなと言っているだろう!!潮騒の音を轟かせ、蹂躙せよ!波濤の破壊、ウェイブクラッシュ!」
やっぱりそうだ。さっき足を止めていたら完全に逃げ場所を失っていた。連携が上手く取れたイグニスとマリウスの攻撃はこちらの逃げ場を的確に潰してきているし、それにカムランの魔法も波状攻撃となっていて、不用意に近づくことが出来ない。
「サンダーボルトっ!!!」
正面から迫りくる水の障壁に無詠唱の雷撃を放ち打ち消し、なんとかマリウスのウェイブクラッシュを回避する。十分に魔力が練られていないもので良かった。もし足を止めてもう少しマナを練り込まれていたらサンダーボルトで打ち消せなかったかもしれない。
さっきのエアースラッシュも完全にはよけきれず肩口を少し切り裂かれてしまった。何度も何度も雨の様に降り注ぐイグニスの無詠唱ヒートスパイクで制服の一部は焦げている。
「はっ……はあっ……!」
呼吸を整える暇もない。完全にジリ貧だ。でも……。
「――――っふ」
思わず口元が緩む。こんなに全力で魔法をぶつけ合う事なんて初めてだし、直撃なんてしたらきっととても痛い。気絶してしまうかもしれない。でも……すっごい楽しい。
体も心も昂ぶって、考えるよりも先に手足が動くみたいだ。
「サンダーボルトっ!!!」
今度は魔法で正面の木を薙ぎ払い退路を確保し、それから……!
「プラズマウェーブ!!」
比較的攻撃範囲の広い攻撃魔法をイグニスがいるであろう方向に放つ。バチィという炸裂音が聞こえた。きっと防がれはしただろうけどそれでもまたこれで陣形に隙ができる。
「甘いですわよ!これくらいでわたくしを倒せるとでもおもっていますの!?」
私はそう高らかに宣言して、一気に駆け抜ける。
今は森の中での3対3での模擬戦闘中だ、そして私は3人に追い詰められている。
***
「では今日は3対3の模擬戦闘を行う!今日は初めての対人戦だ、気を引き締めてかかれよ」
森の中にセオドア先生の野太い声が響き渡る。前から薄々聞いてはいたが、いざ当日を迎えると不安そうに顔を見合わせるもの、目を輝かせるもの、様々だった。
「私たちが……本当に直接戦うんですか?」
恐る恐るといった感じで女子生徒が声を上げる。
「そうだ。今までは風船やモンスターがターゲットだったが、今日は生徒同士でチームに分かれて戦闘を行ってもらう」
「あぶなくありませんか?」
「いざとなったらナディア先生にお願いするさ。ただ当然死んでしまったら回復魔法は使えないからな。そのあたりは注意してやってくれ」
そんな風にセオドア先生は苦笑いをしながら言った。
「先生。1対1の戦闘訓練はやらないんすか?」
そんなことを言うのはイグニス。さっきの不安そうだった生徒とは対照的に早く戦いたくてウズウズしている様子だ。
「今回の模擬戦闘はモンスターシーズンに向けてのものだからな。基本的には1対1でモンスターに相対することは無い。だから集団戦闘の訓練だと思ってくれ」
「ちぇ、了解っす」
イグニスは頭の後ろに手を回して唇を尖らせている。
「今回は魔力が比較的近い人たちで戦闘を行ってもらう。まずはイグニス、マリウス、カムランでチームを組んでくれ」
「げ……マリウスとかよ……」
「それは俺のセリフだ」
「俺様1人でもなんとかすっからお前ら2人はじっと身でも守ってろって」
イグニスとマリウスは不機嫌そうにそんな悪態をついている。初めはそんな2人の態度を心配している生徒もいたが、いつもの事だし、今となっては別にそこまでお互いを毛嫌いしているわけでもないという事は理解されているので放っておかれている。
「そんなこと言ってると勝てないぞ?君たちの対戦相手はレヴィアナ、ナタリー、ミーナの3人だ」
それを聞いて2人とも同じように楽しそうに笑ったのが見えた。
***
(こいつらと一緒なのか……)
カムランはチームメイトの2人を見てため息を吐く。
同じチームになったイグニスとマリウスは生徒会の筆頭、学校の中でも知らない人はいないだろう。人気も実力も兼ね備えた超エリートだ。
(学校の中で知らない?馬鹿馬鹿しい。こいつらアルバスター家やウェーブクレスト家を知らないやつはこの世界で見ても居ないだろ)
自分自身で心の中で自嘲気味に笑う。
こいつら2人は貴族だ。それもただの貴族ではない。超が頭に3つついても足りないほどの名家の出身だ。
平民の俺がどれだけ必死に努力をしてもたどり着けない存在、それがこいつらだった。
「さすがにあいつら3人相手に俺様一人じゃ無理だわ。なんか先生の作為を感じるけど協力しようぜ」
イグニスはそんな軽口をたたいているが、これからの戦闘が楽しみで仕方がないといった様子だ。
対照的に入学式の集団戦闘に引き続きイグニスとチームを組むことになった俺は正直げんなりしている。
俺が育った町では、村の希望の星として育てられていた。
実際平民の中ではそれなりにできる自覚もある。
それでも、こいつらの前では誰であっても脇役に成り下がってしまう。
「で、どうするんだ?」
必死の抵抗として問いかけてみた。
対戦相手の3人も俺から見たら全員傑物だ。
レヴィアナはいわずと知れた3賢者の一人、アルドリック・ヴォルトハイムの長女。イグニスやマリウスよりも家の格で言ったら上だろう。俺の知っている限り最上位の貴族だ。
ナタリーもあんな気弱そうな見た目をしていながら3賢者の一人、アイザリウム・グレイシャルセージの弟子。この学園でも氷魔法を使えるのは彼女しかいない。
ミーナはチームの2人に比べたら地味ではあるが、あくまで2人が強大すぎるというだけだ。彼女も俺と同じ平民だというが、平民らしさは微塵も感じられないし魔法のセンスは俺よりも抜群に良い。
あんな化け物女たちに対抗できる策なんて俺が思いつくわけがない。
「お前カムランって言ったっけ?お前の属性教えてくれよ。作戦たてっから」
イグニスのその言葉に少しだけ表情を引きつらせて笑う。
そうか、こいつには俺の印象なんて何も残っていないというわけだ。
「俺、お前と初日に組んだじゃねーか。風魔法だよ」
「あー…すまねぇな。俺様、人間に対しての記憶力あんまよくねーんだ」
少しだけとげのある口調で返したつもりだったが、イグニスは全く悪びれもせずにそう言った。
その様子に思わずため息が出る。イグニスに対してではなく、自分自身に、だ。
イグニスは生徒会メンバーだ。これまでも様々な生徒の対応をしてきただろうし、初日に同じチームに成ったとはいえ、ただ風船を一部に集めただけだ。覚えてなくても当然だろう。
それなのに俺は何を期待していたんだろうか。
「お、風属性か。うまい感じに属性割れたな。そしたらよ、三方向から三属性で攻撃して各個撃破していかねーか?」
「それは確かにありだな。あの3人は普段から仲が良い。チームワーク勝負になったら一気に押されてしまうかもしれない」
「だろ?実際ナタリーの氷魔法も戦ったら厄介そうだしな。あれってお前の水魔法とはまた違うんだろ?」
「あぁ、性質が完全に違う」
「じゃあ、俺様が……」
作戦会議にすら入れない。そもそも意見する作戦を俺は持っていない。また、少し表情が強張る。そんな俺の様子を気にした様子もなくイグニスは続ける。
その作戦の結論だけは俺にも理解できた。
「だったら―――初めに狙うのはミーナだな」
***
(どうしよう……言ったほうがいいのかな……)
ナタリーは口を開いては閉じを繰り返し、落ち着かない様子でチームメイトの2人を見る。
3対3の模擬戦闘はもうすぐ始まってしまう。それまでにチームの戦略を練らないといけない。
「あいつら3人はきっとミーナの事を狙ってきますわね」
レヴィアナがさも当たり前のようにそう言った。
(よかった……私と同じ意見だ)
ホッと胸をなでおろし、ようやく私も口を開く。
「あの……わ、私もそう思います!……たぶん……ですけど」
「え?ミーナですか?」
私とレヴィアナ、2人に見つめられてミーナは戸惑っているようだ。
「は、はい!きっとあの3人は私たちのチームワークを警戒してくると思います。なので、早急に3対1の状況を作って各個撃破を狙ってくると思います。その中でレヴィアナさんの雷魔法と私の氷魔法よりも対策が立てやすいミーナさんがを集中攻撃して……ってすみません!」
レヴィアナとナタリーがこちらを見ているのに気づき、しゃべりすぎたことを後悔する。
「あの……わ、私……すみません……でしゃばってしまっ……」
「いえ、続けてくださいまし。きっとわたくしよりもナタリーのほうが戦略を良くわかっていますわ」
「は、はい!あ、あの……それで……その……」
しどろもどろになりながら、一度深呼吸をして言葉を続ける。
「向こうのチームにはミーナと同じ風属性のカムランさんがいます。なので風属性同士で相殺している間に、イグニスさんの無詠唱魔法とマリウスさんの広範囲の水魔法が飛んでくる……と思います」
説明しながらも不安で仕方がない。私のこの説明もただの仮定の話でしかない。それでも2人が真剣に耳を傾けてくれているので必死に言葉を紡ぐ。
「それはとっても怖いですね。でも3人で固まって行動すれば3対1になんてならないんじゃないですか?」
「固まっていたら不用意に近づいては来ないと思いますけど……。それでもマリウスさんのウェイブクラッシュで広範囲に制圧されたらどうしても分断されてしまうと思います」
私の言葉にレヴィアナはなるほどといった様子で頷いている。
「マリウスの範囲攻撃とイグニスの無詠唱ヒートスパイクって結構反則気味ですわよね」
「いまミーナが空に逃げたところをイグニスさんのヒートスパイクで襲われる未来が鮮明に浮かんだです」
ミーナが顔をしかめてため息を吐く。一度向こうが攻撃態勢に入ってしまってはなかなか主導権を取り返すのは大変だろう。
「なので……。一カ所に固まるのは危険だと思います。3人で散っていれば長時間の詠唱が必要になるウェイブクラッシュみたいな大技は使えないと思いますから」
「でもあれですわよね?バラバラになったらなったで戦場をカムランが風魔法を生かして駆け巡ってミーナを探し出して見つけ次第各個撃破……あー、本当に厄介ですわね」
そう言ってレヴィアナさんは苦笑しながら頭を搔きむしる。こんな状況なのになんだか楽しそうだった。
レヴィアナさんはいつもすごい。難しい試験に対しても笑って自信に溢れた表情でいつも結果を出す。
「んー、困ったですねー」
ミーナさんもそうだ。いつも楽しい気分にさせてくれる。
それに引き換え私は、こういった不安や恐怖に押しつぶされそうになるとすぐ下を向いてしまう。今だってただ悲観的なことを述べただけで、現状を打破するような策を話したわけでは無い。
「で、わたくしたちはどうすればよろしくて?」
レヴィアナさんは小首を傾げながら私にそう問いかける。
「へ……?」
「きっとナタリーの事ですから何か考えがあるのでしょう?ぜひ乗らせてください」
レヴィアナさんは優しくそう言って微笑んでくれた。
「でも……レヴィアナさんのほうが私よりすごくて、強くて、私なんかの策よりも……」
「強さと戦略は全く違いますわ。わたくし残念ながら全く集団戦闘の方法とかわからないんですの。きっとナタリーが立てたほうが勝率は高いですわ」
「ミーナも、ミーナもそう思うです。ナタリーさんなら安心です」
「あら?ミーナ?その言い方だとわたくしの策は信じられないといった感じじゃありませんの?」
「だって……こないだミーナとレヴィアナさんの2人で組んでモンスターと闘った時、「なんとかなりますわ!」と突っ込んでいったけど何ともならなくて、最後は無理やり魔法を撃ちまくって倒したです……。ミーナも必死で怖かったです。あんなの作戦じゃないです。さっきミーナを狙ってくるって言ったのもきっとかっこつけです」
じっとりとレヴィアナさんを見ながらぶつぶつと不満を述べるミーナさんだった。相当怖かったのだろう、思い出してなのか、眼にはうっすら涙が浮かんでいる。
「なのでミーナはナタリーさんに作戦をお願いしたいのです」
「うぎ……っ……!と、とにかく、今回はナタリーの作戦を信じましょう!」
そんな2人をみて私も笑ってしまう。
ミーナさんをじろりと見ながら、それでもレヴィアナさんは私の背中を押してくれる。
失敗するかもしれないけど、それをカバーしてくれると2人が信じてくれているのなら、私も少しは前向きになれるかもしれない。
ぎゅっと拳を握りしめて、私は深呼吸をする。
(きっと大丈夫……私だけじゃない……!)
そんな気持ちで顔を上げる。なんだか2人の顔を見ていたら不思議と不安や恐怖は薄まっていくようだった。
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