第8話 入学式と実技試験

「輝く未来へようこそ、新入生の皆さん。私はナディア・サンブリンク。このセレスティアル・アカデミーの校長です」


ナディア先生が話し始めた瞬間、室内の空気が文字通り変わった。

長く伸びた金髪に碧眼の瞳。すらりと伸びた肢体は美しく、純白のドレスが彼女の美しさを一層引き立てている。


「ここにいる皆は互いに競い合い、協力し合い、慰め合っていく仲間です。今日はその第一歩。セレスティアル・アカデミーの生徒として、ここにいる誇りと自覚を胸に刻み込んでください」


透き通るような美声が室内に響き渡る。私たちはみな壇上に見入っていた。


「皆さんが歩む道は多様で、そして時に困難なものかもしれません。でも、どんな道であってもそれは誇れるものです。みなさん一人一人が輝かしい未来に進むことを、私は信じています」


紡がれる言葉の一つ一つが心に深くしみ込んでいく。壇上に立つナディア先生は、まるで本物の女神様のようだった。


「夢に描く魔法の世界が、今日から皆さんの未来を照らす一つの力となることを願います。どうか、互いに競い合い、協力し合い、そして時には慰め合う仲間とともに、皆さんが大いなる魔法の力を手に入れることを願っています。そして何よりこの世界を、未来をどうか楽しめることを心から願っています」


そう3回願いを言ってから、ナディア先生は優しく微笑んだ。


まるで優しく私たちの背中を押してくれるような微笑みで、その顔を見ているだけでこれから始まる学園生活がきっと素晴らしいものになるのだろうと、確信できるものだった。


ナディアはメインストーリーではこの入学式の挨拶と、卒業式くらいにしか登場しない、あまり設定が公開されていない謎の多いキャラクターだった。

結果としてファンの二次創作によって、例えば、実は昔に聖女であったとか、実は伝説の魔女の子孫だとか、はたまた王家の血を引いているなんていう設定が勝手に作られていた。でもこの存在感を目の当たりにすると、あの設定もあながち間違いではなかったのでは?と思えてくる。


「それでは皆さん、改めて入学おめでとうございます!」


ナディア先生の挨拶が終わり、室内に拍手が鳴り響いた。


***


「よし!じゃあ入学テストを始めるぞ!」


元気よく話しかけてきたのは魔法実践の先生であるセオドア・フレイムブレイズ先生。赤い髪と黒縁のメガネが特徴的な、いかにも熱血系の先生だ。


「君たちにはこれから簡単な魔法テストを行ってもらう。と言っても魔法が使えるかどうか確認するためのものだから安心してくれ」


以前この学園に魔法が使えない人物が紛れ込んでいたからその識別のための試験とのことだったが、まぁ、いわゆるチュートリアルの様なものだ。


「今日はアーク・スナイパーをやってもらう。この魔法学校ではチーム戦を行う事が多い。なので、今回もチームを組んでの試験とさせてもらう」


色の違う魔力が込められた風船が宙に浮き始める。大きさはさまざまだったが、色は4色で統一されていた。


「先生!風船の色が違うのは何か理由があるんですか?」


短髪の茶髪の男の子が手を挙げながら先生に質問する。ゲーム内で見たことが無く、名前も知らない男の子だ。


「良い質問だ。4色の風船にはそれぞれ属性が異なる魔力が込められている。得意属性であればより効果的に破壊できるぞ!」


その後もちらほら質問が飛び交い、その都度セオドア先生が丁寧に答えていく。


「質問は以上か?それではチームを発表するからよく聞くように」


そして順番にチームが読み上げられていった。


(アリシアは……んっと、大丈夫そうね)


この試験で成績が悪いとクラスが分かれてしまう。まぁよっぽどのことをしない限り平気なんだけど、万が一ということもあるので少し気になる。

アリシアはちゃんとゲーム通り、2人の攻略対象、今回はマリウスとセシルとチームを組んでいた。まず問題はないだろう。


イグニスとガレンはそれぞれ別の人とチームを組んでいるようだったが、まぁあの2人も大丈夫。


それより一番の懸念事項は私自身だ。

一応転生後、技術書やフローラと魔法の練習はしてきたモノの、この生徒の中で『魔法歴』の様なものが一番短いのは間違いなく転生してきたばかりの私だ。もしここで0ポイントなんて取ろうものならみんなとクラスが分かれてしまうかもしれない。


ゲーム内のアリシアには上位クラスに転入するという救済イベントがあったが、きっと私にはそんなもの用意されていないだろう。


「初めまして。わたくしはレヴィアナ・ヴォルトハイム。よろしくお願いいたしますわ」

「ナタリー・グレイシャルソングです……よ、よろしくお願いします!」

「ミーナはミールエンナ・スカイメロディーって言います!ミーナって呼んでくださいです!2人とも有名人ですね!よろしくお願いしますです!」


私のチームはどちらも知らない2人だった。てっきり先ほど握手した元取り巻きのジェイミーとミネットになるかと思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。


「全員チームは組めたな。それでは今からチームで作戦などを相談してくれ。5分後に1番の組から始めるぞ」


セオドア先生の掛け声で、一気に新入生たちがざわつきだす。私たちも作戦会議が始まった。


「それでは、ミーナさんとナタリーさんの得意魔法について教えてもらってもよろしくて?」

「はい!ミーナは風が得意魔法です!ナタリーさんは氷属性ですよね?」

「は、はい!そうです!」

「あら?ミーナさんとナタリーさんは知り合いなのかしら?」

「はじめましてですよ!でもナタリーさんは有名人ですから知ってますです!それにレヴィアナさんは雷属性ですよね?」

「あらあら、わたくしの魔法まで。よく知っていますわね」

「いえいえ、みんな知ってると思いますですよ?」


ミーナは人懐っこい笑顔でそう言った。何にせよ話が速くて助かる。


「でも、わたくし氷属性なんて初めて聞きましたわ」


私が知っているのは火、水、風、土の4属性。だからこのアーク・スナイパーのターゲットも4種類の色しかない。――――単にゲームのコントローラーに合わせただけかもしれないけど。


「え……っと、師匠に沢山教えてもらったので……。そうですね……」


ナタリーは体の前に手を合わせると、魔法力を集中させ小さな氷の花を作り出した。


「わー!すっごいです!え!?こんなことできるですか?」

「師匠にこれはいつでもできるように練習しとけって言われていましたので。で、ですが水魔法も一応使えます!大丈夫です!」


ナタリーは緊張した面持ちで顔を上げた。


「きれいですねー!この氷のお花もらってもいいですか!?」

「いいですけど……、すぐ溶けちゃいますよ?」


ミーナは濃い緑の髪を上の方で結んだポニーテールに、太陽のような笑顔を見せる小柄な少女だ。今だってナタリーから受け取った氷の花を掲げて、くるくると表情を換えて楽しそうにしている。

一方でナタリーは水色の髪をミディアムボブに切りそろえ、非常におしとやかな印象の、こちらも小柄な女の子だった。小動物が震えているような感じだけど、ミーナに魔法を褒められたときに嬉しそうな顔をしているところを見ると本当に魔法が好きなんだと思う。


「じゃあ、懸念事項はわたくしですわね」


私は雷魔法が得意、というかほかの魔法、例えばアリシアの火の魔法を使ってみようとしたのだがどうにもうまくいかなかった。

それに今ナタリーが見せてくれたような精密な魔力コントロールも出来ない。


「多分大丈夫です!さっき先生は効果的に破壊できるって言ってただけです!威力があればきっと破壊できるですよ!」

「ええ、お二人の足を引っ張らないように頑張りますわ」

「はいです!『雷光の綺羅星』のレヴィアナさんの実力、頼りにしてますです!」

「私も……!私もがんばります……!」


ミーナは両手をブンブンと振りながら、ナタリーは胸の前で拳を作って気合を入れている。

なんだかとてもいいチームになりそうだった。


***


「さて時間だ!ではAチームから!はじめ!!!」


セオドア先生の大声で1組の三人が一斉に動き出しアーク・スナイパーが始まった。


「よし!俺から…!灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」


茶髪の男の子が詠唱を終えると空間に火球が生まれ風船めがけて飛んでいく。正確に大きい風船めがけて放たれた火球は見事に直撃はしたものの、火球のほうがかき消されてしまった。


「なっ…!?いま当たっただろ!?」


ほかのチームメイトも次々と魔法を放っているが、風船はびくともしなかった。


「こっちもだめだ」

「……そうよ!先生は属性があるって……!」

「だったら……まずみんなであの緑のやつを狙おう!全員で集中して破壊しよう!」

「あんな小さいの当たるかな?」

「俺も自信が無い!でも当たるまでやろう!」

「わかった!」


茶髪の男の子の掛け声で、他の2人も少し自信が無さそうではあったが覚悟を決めたようだった。


「灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」

「潮騒をまといし流れる矢、撃ち貫き、灼熱の刻印を刻め!激流の射撃、アクアショット!」

「大地の力で舞い上がれ、石の駆け足よ!岩石の滑走、ロックスライダー!」


次々に放たれた魔法の大半は外れていったがいくつか直撃し、何度目かの魔法の直撃によりようやく1つ風船を破壊することに成功した。


「よし!時間だ!!!」


5分間魔力を放出しっぱなしだった3人はセオドア先生の終わりの掛け声と同時に地面に座り込む。


「はぁ……はぁ……」

「くそぉ、2個目もあとちょっと…だったのに……!」

「でも、1個は割れてよかったわ!」


しかし、3人とも悔しそうにしながらも、一応の結果を出すことができ満足げな表情を浮かべている。そんな中、背後からもざわめきの声が聞こえてきた


「……おいおい、まじか……。あんな直撃してたのに……」「あいつらの魔法もそんなに弱くなかっただろ……?俺割れるかな……?」「私……あんなに命中させられる自信ないよ」


新入生の面々が口々にそう言うのが聞こえた。


「傷の舐めあいはかっこわりぃぞ。どけ。次は俺様の番だ」


そんな漂いかけた不安の気配を一掃するかのように、イグニスが一歩前に出る。


「お、君がイグニス君か。俺と同じ火属性なんだってな。『炎の支配者』と呼ばれてる君の強さ、楽しみにしているよ」

「おう。先生。期待してていいぜ。なんたって俺様はこの学園で最強になる男だからな」


イグニスのその尊大な態度を見て、チームの2人は若干委縮しているように見える。


「ねぇ、イグニスさん。私たちの作戦どうしよう?」

「お?作戦?そんなもの俺様には必要ないぜ。勝手に2人でやっててくれ」

「なんだよ。いくら貴族のお偉いさんだからってそんな言い方はないだろう!」

「あぁ、わかったわかった。言い方を変えるわ。俺様は1人でこの風船を割れるから2人は協力してやってくれ。そうすりゃたくさんの風船を割ることができんだろ」


(わぁ……この感じ……。本当にイグニスなんだなぁ……)


その高圧的な態度と余裕たっぷりの態度は、間違いなくゲーム内で何度も見たイグニスそのものだった。


親友はイグニスのそんな唯我独尊な振る舞いに文句を言っていたが、私はこういう自信満々なところが結構好きだった。

イグニスが好きな私はそんな振る舞いににやにやしてしまうが、いきなりこんな態度を取られた本人はたまったものでは無いだろう。


「てめぇ……」

「カムランさん。イグニスさんの言う通り、私たちは、協力してやろ?ね?」

「よし、まだまだ試験は続くからな。どんどん行くぞ。2組目、スタートだ」


先程のチームと異なり3人そろってのチームワークは絶望的の様だった。そんななかイグニスのチームが始まる。


カムラン先生の掛け声とともにイグニスが魔力を一気に展開する。


「ヒートスパイクっ!!!」


空気中に5個の炎の槍が現れ風船めがけて一気に直進する。そして、先ほどの1組目の彼らとは異なり、同時に炎の槍が5つ直撃した風船は見事に四散した。


「すごい!すごいよイグニスさん!それに無詠唱で!!」

「ちっ……!貴族が……見せつけやがって…!……俺たちもやるぞ!空を切り裂く鋭利な刃、我が手中に集結せよ!疾風の剣、エアースラッシュ!」

「私も……!空を切り裂く鋭利な刃、我が手中に集結せよ!疾風の剣、エアースラッシュ!」


2人の風の刃は何度直撃しても1組目と同じように風船を割ることはできなかった。

そんな様子を見て2つ目の風船をヒートスパイクで割ったイグニスが2人に話しかける。


「なぁ、お前たち。風魔法が得意なら風船を集めることはできっか?風船が思ったより硬ぇ。このままだとマリウスとセシルがいるチームに負けちまう。それに……」


ん?なんだろう、イグニスがこちらをちらっと見た気がする。


「ガストストームを使えば多分出来ると思うが……集めても割れなかったら意味無いだろ?どうするんだ?」

「いいから、俺様はもう一個割っとくから頼むわ」

「だからてめぇ……」

「ね、ねぇ!私も協力するよ!私もガストストーム使えるし!」


イグニスがもう1つの風船に集中して魔法を展開している間に、チームの2人はイグニスの指示通り風船を風魔法で集めていく。


「「猛威を振るう風の暴力、破壊の渦を巻き起こせ!無慈悲なる暴風、ガストストーム!」」


2人分の魔力が集約し、10個ほどの風船がかき集められる。風船はその魔力の風も物ともせずそのまま形を保ったままだった。

全身の魔力を使い果たしたのであろう2人はそのまま膝に手をついて肩で息をしている。


「おい…!集めた…けどよ……!!割れない風船を集めても…仕方ないだろ…!!」

「そんなことねーぜ。お前らよくやった。んでもってちょっと離れてろ」


そういうとイグニスは風船に向かい合い、今までよりも高密度の魔力を収束し始める。


「爆炎の力、我が手に集結せよ!爆炎の閃光、フレアバーストっ!!!!!」


これまでの無詠唱の魔法と異なり、詠唱により増幅された魔力が一気に空間に収束し、次の瞬間には轟音と共に視界が真っ赤に染まる。

爆発の衝撃は地面をえぐり、土煙があたりを包み込む。


「くっ……!!」

「きゃぁっ!?」


しばらくしてようやく爆風が収まったころ、爆発の中心には直径10mほどの円形の穴が開いており、その周りには削り取られた土煙が舞っていた。


そして集められた風船は1つ残らず破裂していた。


「すげぇ……」


先ほどイグニスといがみ合っていたカムランもその威力にゴクリと唾をのみ込む。他の生徒たちも目の前で起きた出来事に言葉を失っていた。


「ふぅ……。全部は割り切れなかったが……まぁこんなもんか」


イグニスは涼しい顔をしてそう言い放つが、 周りの生徒たちは皆声を失っている。


「よし、時間だ。さすがはイグニス君のチームだ。結果は14個かな?」


セオドア先生が結果を告げると、その結果にイグニスは満足げに笑った。


「はぁ、はぁ……。イグニスさんって、とっても、とってもすごい人だったんだね!!!私たち優勝しちゃうんじゃない!?」


チームメイトの女の子がイグニスに対して興奮気味に話しかけている。その目には完全にハートマークが浮かんでいた。


……ちょっと面白くない。

いや、仕方ないよ?イグニスはかっこいいし、魔法もすごいし?でもヒロインのアリシアならまだしも、知らない女の子があんな顔をしてすり寄っているのを見るのはやっぱりちょっと面白くない。


「お前らもよく集めてくれたわ。まぁ……つっても優勝は……どうだろうな……?」


またイグニスがこっちを見てる。うん、とってもかっこいい。

イグニスの好感度を上げてイグニスルートに入るには、こういった勝負のイベントでイグニスを上回る必要がある。

『セレスティアル・ラブ・クロニクル』のヒロインはあくまでアリシアなんだけど、せっかく私もこの世界に転生したんだから、みんなと仲良くなりたい。


「さすがはイグニスさん……すごいですねー」


チームメイトのミーナが話しかけてくる。うん、でも気おされた様子はない。ナタリーも同じみたいだった。


「わたくしたちも頑張りましょう!」


私たちの番まではまだ時間がある。しっかり作戦会議だ。


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