第2話 リリカ、アンチに会いにいく

リリカは地下アイドルをやり始めた。


俺もライブを観に行ったが、グループの中でも可愛い方だった。

元から振り切った性格ということもあって、ファンが増えていった。


『サイコ系アイドル』という名前がついた。

間違ってはいないと思う。

人の目は侮れない。



「思った以上に順調で、ファンがバイトのレストランにも来てくれました!店長もお客さんが増えて大喜びですよ!」


あんまりファンで店が盛り上がったら、お店のコンセプト変わりそうだけど。



「SNSもやり始めたんですけど、今、反応どうですかね?」


リリカが顔認証や指でのタッチ操作をしようとすると、機械が反応しない。

機械は人間とそうでないものがわかるのかもしれない。


代わりにSNS画面を開いてあげる。



―― ―― ―― ―― ――


『リリカ、ブスのくせによくアイドルやろうと思ったな。』

『直接見たら結構デブだった。画像は加工。』

『整形するならもっとちゃんとやれ。』

『サイコ?ただの世間知らずでしょ。天然ぶっててキモい』



リリカかは膝から崩れた。



「まあ、気にすることないよ。こういうアンチはさ、適当に言ってるだけだから。しかも、毎回同じ人が書いてるし。」



「……どうして……整形がバレたのでしょう。」


そっち?


「整形してたの?」


「はい、リリカの成長期と親を殺した時期のどさくさに紛れて、遺伝子レベルから調整しました。だから、絶対バレない自信があったのですが。その人は、神ですか?」


「ただの当てずっぽうだよ。」


「そうですか……。」



―― ―― ―― ―― ――


その日からリリカはまともにご飯を食べなくなった。

そして1週間が経った。



「1週間食べてないのに、体重が0.5キロしか減らないのはどうしてですか?」


「ダイエットあるあるだよね。リリカはご飯は食べないけど、結局お菓子とジュースは口にしてたし。」


「え?あれっぽっちも食べちゃダメなんですか?」


「栄養が無くて、カロリーだけ高いからね。むしろ太っちゃう。」


「もしかして、人間はみんなそういう食生活だから、”人間”も栄養が無くてカロリーが高いのですか?」


「どういうこと?」


「前世では、人間が主食だったんです。人間を食べ始めてから確かに太り始めたな、と。」


その情報、知りたくなかった。



「とりあえず、気にすることないよ。ほら、いいコメントもいっぱいあるじゃん。」


「でもやっぱり、向上心って大事ですよね。アイドルたるもの、可愛くて、憧れで、癒しでなくては!」


リリカはキメ顔をした。



「体は改造できないの?」


「できますけど、あんまりやると体の寿命が早く来ちゃうんで。運命の殿方に会えるまでは、若々しく健康でありたいな、と。」


リリカは鼻息を荒くして言った。



「あ、でも、正直に言うと、顔をやるときに一回体も改造しました。クソ親父のエロ本が参考になりましたよ。この時ばかりは感謝しましたね。」


リリカはふふん、と鼻を鳴らして鏡の前でポーズをとった。



―― ―― ―― ―― ――


ある日、リリカは興奮した様子で帰ってきた。


「あのコメントの神を見つけました!」


「え?どうやって?」


「電車の中で、その人、コメントを打ってたんです。後ろのガラス窓に反射して、画面が見えました。」


なんて恐ろしい偶然。



「尾行して、家もわかりました。今から一緒に行きませんか?」


え?俺も?


「何しに?」


「私がどうしたらスターアイドルになれるか、教えを乞うためです!」


瞳がランランと輝いている。

サイコ系アイドルにスイッチが入った。



―― ―― ―― ―― ――


コメントの神は女性だった。

リリカが来て、最初は居留守を使っていたが、リリカが玄関前で騒ぐので仕方なく中に入れてくれた。



「貴女のコメントはすごく参考になりました!私、スターアイドルになりたいんです!これからどうしたらいいですか?」


「な、なによ。クレーム言いに来たんじゃないの?あんなの、でたらめに書いたに決まってるでしょ。あなたのことなんて、そんなに知らないわよ。」


「でたらめ?ウソってことですか?」


「別れた彼があなたを好きだったから、腹いせに書いたのよ。まあ一回、私も見に行ったけど、アイドルなんてくだらないな、って思ったわ。あんなのが好きな幼稚な男なら、別れて正解ね。」


リリカの様子を見るが、何を考えているかわからない表情だ。



「リリカ、そういうことだよ。もう帰ろう。」


「……アイドルがくだらないかどうかは人それぞれですけど、腹いせに悪口書かれたのは許せません!むしろガチでそう思われた方がマシです!」


「芸能人なんだから、それくらい当たり前でしょ!そういう覚悟がないなら、アイドルなんてやれないわよ!」


「リリカは!アイドルの前に人間です!」


リリカの髪が伸びて、コメントの神の首を絞める。

言ってることは立派だが、やってることは人外だ。



「リリカ、やめよう!人間には色んな人がいるんだよ!」


髪が、コメントの神の頭全体をぐるぐる巻きにしていく。

そしてそのままバキッ!と音がして、首の骨が折れ、頭が後ろにのけぞった。



「殺しちゃったの⁈」


見ると、リリカが泣いている。


「さっき、この人の記憶を読みました。この人すごく可哀想です。子どもの時から人の悪口ばっかり。他人の足を引っ張って、良くないことは皆周りのせい。彼氏も、この人が『してくれないこと』ばかり責めてくるから、嫌になったみたいです。」


記憶を読むとか、チートが過ぎる。



「なんで泣いてるの?」


「『君たちには無限の可能性がある』って小学校の先生から言われました。『夢を持て』って中学校の先生から言われました。『自分の人生に誇りを持て』って高校の先生から言われました。この人、どれも持ってません。人間に生まれてきて、なんの感動もなく生きてるなんて…本当に可哀想だなって…。」


それが、普通なんだけど…。



「だから!もう今世は難しいと思って、早めにリセットしてあげました!転生後に期待です!」


リリカはやり切った感でとびきりの笑顔を見せた。

巷では転生ものが流行っているけど、無理矢理流行りに乗せるのはどうかと思うよ、



「現実的な話なんだけど、殺しちゃったから、警察がくるよ。捕まったら人間社会的に詰んでしまう。」


「じゃあ、死体を消しますね。」


「でも、今俺たちがこの人に会ったことはバレると思うんだ。防犯カメラとかあるだろうし、リリカはアイドルだからすぐわかっちゃうよ。死体がなくても、警察にウロウロされたら今までみたいな生活はできない。」


「じゃあ、こうしましょう。」


リリカはコメントの神の口に、髪の毛をわんさか入れていった。

そうすると、彼女の首はまっすぐになり、こちらに顔を向けた。



「折れたところを髪で支えて、さらに神経の代わりにも髪を這わせました。3日間くらい生きてるふりをしてもらえば、私たちは関係なくなりますね。」


まあ、そうなるかな。

コメントの神はちゃんと瞬きもしてる。



「あんまり簡単に殺さない方がいいよ。せっかくのリリカの人間生活が台無しになっちゃう。」


「それもそうですね。大半の人間は人を殺さずにうまく生きてますもんね。すごいです!私も皆さんを見習います!」


リリカは尊敬の眼差しを俺に向けて来た。



リリカが人間らしくなれるかはわからないが、リリカは人間になりたがっている。

その間にどれだけの犠牲者が必要になるだろうか。

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