第35話 破滅と最後の希望
「ブラケルだと……!?」
チャラオウさんも反応しました。
聞き逃さなかった。
魔術師なんですね。
「300年前の、あのブラケルか!?」
チャラオウさんはその顔に緊張と、焦り。
その2つを浮かべながら、油断なく情報収集していました。
「いかにも」
魔王の死体から生まれた新生魔王……ブラケルは、その顔に嘲りと憎悪の表情を浮かべて。
こう言いました。
「このアシハラ王国を今度こそ滅ぼすために、300年を耐え忍んだ。かつてはこの国の宮廷魔術師だった男よ」
……強い。
私は直感的に、それを理解します。
この男、私たちがさっき必死になって討伐した魔王よりも遥かに強い……!
「そんなことを許すわけにはいかねぇな。……この国には、俺のカノジョが100人ほど居るんだ。……その子たちのためにも、そんな野望を実現はさせないぜ」
チャラオウさんはそんな言葉を口にして、真剣な表情で詠唱を開始します。
「カーテル デンジ ショサル……」
これは……!
魔力魔法最終位階の魔法「死の空気」
指定の空間の空気から、生物の生命維持に必要な要素を完全に消し去る魔法だそうです。
生物は、生命維持に必要な要素を完全に消し去られた空気を吸い込むと即死します。
何故かそういう仕組みになっているんです。
そして。
恐ろしいことに……この魔法は抵抗の概念がありません。
理由は「空間そのものに掛ける魔法」だからです。
空間は抵抗しませんから、抵抗しようがないんです。
ならば私のやることは……
チャラオウさんの前に回り込み、盾を構えます。
……詠唱の邪魔はさせない!
「ジエルノ!」
死を意味する最後の単語の発声!
それに合わせて
「どりゃあああ!」
アバズレンとヤリマーンさんが、武器を構えて単眼巨象に向かっていきました。
チャラオウさんの狙い……
それは魔王の命を奪うことでは無く。
魔法の行使を封じること。
魔法語詠唱を行うと、必ず呼吸をしてしまいます。
死の空気が発動してしばらくは、魔法が使えないんです。
うっかり吸い込むと、それで死んでしまう可能性があるから。
その隙に、新生魔王ブラケルが召喚した邪神を1柱でも減らす……
そういう作戦。
このひとたち、長い間一緒に行動して、そういうことが言葉を交わさなくても分かるんです。
……素晴らしいこと。
私もはやくこの域に行きたい。
そう、思っていました。
……単眼巨象に打ちかかり、斬り掛かった仲間2人が
2人とも頭を吹っ飛ばされて死ぬまでは。
……え?
アバズレンさんが大戦斧を。
ヤリマーンさんが大金槌を。
単眼巨象に全力で振り下ろしました。
何でも破壊できて、切断できる必殺の一撃。
それが。
単眼巨象の身体にめり込んだと思った瞬間。
2人の頭が吹っ飛んだんです。
そしてそのまま石畳に落下して。
その血液で床を赤く汚していました。
……どういうこと?
あの2人、何も攻撃されていないのに。
「ハッハッハッハ!」
……ブラケルの笑い声。
振り向くと。
ブラケルは立ち位置を変え、4本の腕のうち2本を腹部に当てて哄笑していました。
そして
こう言いました。
「私を死の空気で黙らせて、何をするかと思ったら……よりにもよって地のギリメカラに斬り掛かるなんてね。これは傑作だ」
「ハタン アンチェン ギイル」
魔力魔法第1位階の魔法「開錠」の魔法……!
チャラオウさん、この隙にこの部屋の扉の鍵の解除を試みたようですが……
「無駄だ。生きてここから出られると思うなよ」
そこにブラケルの無情な言葉。
チャラオウさんは、焦りと、悔しそうな表情を浮かべて
何事かをマオートコさんに囁きました。
マオートコさんはその言葉に、一瞬悲壮な表情になったんですが、すぐに
「分かった」
そう言って、頷いたんです。
それを確認して
「お前たちを道連れにしてやる!」
ダッと。
チャラオウさんがブラケルの前に飛び出します。
そして杖を捨て。
両手で印を組んだんです。
「マナ エアイーラズ ハースニ ディバ ビラム……」
チャラオウさんが詠唱開始した魔法……!
これは魔力魔法最終位階の「閃光業火」
それを、この地下迷宮の最下層の、こんな部屋の中でやるんですか……!?
そこで、察します。
チャラオウさん、私たちの命を諦めて、なんとかこいつらを倒してしまおうと決断なさったんですね……?
迷宮の外の、チャラオウさんの恋人さんたちを守るために……!
閃光業火で生み出される爆風に、この部屋が耐えられない可能性があります。
それに……
とても長い魔法語詠唱を、死なずに終えられる保証も無いです。
だから、チャラオウさんは命を諦めたんです。
……だったら、私のとるべき道は決まってます。
私は、チャラオウさんに駆け寄り、その詠唱の完成を手助けしました。
私だって、外の世界に守りたい人がいますから!
「ショサル テラス アレーズ ユス……」
閃光業火の結界の中。
私が盾を構え、敵たちを全力で睨み据えました。
そのときでした。
「サウルム エアイー オント……」
……え
この詠唱は……
私は振り返りました。
……マオートコさんを。
マオートコさんも、魔法語を詠唱していました。
法力魔法最終位階の魔法を……
ま、待って!
その魔法は……!
マオートコさんは……
何の表情も浮かべて居ませんでした。
……唱えている魔法詠唱の重さ故でしょうか……?
「ナイル ユス エアイー ジエルノ」
そして。
マオートコさんの魔法詠唱がチャラオウさんより先に終わりました。
……思えば。
チャラオウさんの閃光業火は、このための囮だったんです。
……次の瞬間。
私は、魔王の間の外に居ました。
転移させられた……。
マオートコさんの唱えていた魔法……それは。
神の奇跡……。
術者の死と引き換えに、何か1つ願いを叶える魔法……。
マオートコさんは、その魔法で、私をあの死地から逃がしたんです。
……前衛の、盾役だった私を逃がすために……!
私は崩れ落ちました。
悔しくて。悲しくて。
本来、率先して守らないといけない人たちを全員死なせて。
私1人が生きている。
情けない……悔しい……
申し訳ない……!
気が付いたら、ボロボロ泣いていました。
目の前の魔王の間の扉。
この先に、マオートコさんの死体と、チャラオウさんがいる。
チャラオウさんは、まだ生き残ってるかもしれない。
けど……
例えここに入り込んでも、絶対にチャラオウさんは助けられないし。それに……
そんなことをすれば、マオートコさんの死が無駄になる。
それは絶対に許されない。
……行きましょう。ミナ。
私はそう、自分に言い聞かせ、涙を拭って立ち上がり。
最下層の地下4階直通エレベーターに向かって歩き出したんです。
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