10:鬼の居ぬ間に

「…………」

 アンリは手に持っていたシャベルを無言で地面に突き刺した。

 倒れないようしっかり刺しただけなのかも知れないが、手に力がこもっているようで怖かった。

「……僕は、しばらくジルを探してみるよ。ソラさんは家に戻ってて」

「えっと……」

「それとも、一緒に探す?」

「……いや、戻ってるよ」

「そう」

 アンリはシャベルを放置したまま、特に当ても無く歩き出した。

「……ジル、見つかると思う?」

「さあ。かなり難しいと思いますが」

「だよね……」

 ヨミに聞くまでもなく、この村でジルを見つけ出すのはかなり困難に思われた。

 見渡しの良い平野ならともかく、隠れる場所が多そうなこの村ではジルは見つかりにくいだろう。体も小さいから色んな所に入れると思うし。

「ジルを探すっていうのは口実で、ただ頭を冷やしたいだけとか?」

「さあ。私には分かりません」

「だろうね……」

 ヨミを相手に話していても虚しいし、そろそろ帰るか。

 特に頼まれてもいないけど、シャベルも一応持って行こう。

 置いたままじゃ他の人に迷惑だろうし。

「……地味に重いな」

 つくづくこの体は非力だなと実感しつつ、アンリの家へと戻った。



「こんなもんかな……。ん?」

 しばらく待っていて喉が乾いたので勝手にお茶を淹れていると、玄関からドアが開く音がした。

「え、もう帰って来たの?」

 三十分ぐらいは戻らないと思っていたが、案外早かったな。

「勝手にお茶淹れちゃったけど別にいいよな……って」

「すみません……。出来れば、あまり騒がないで下さい」

 玄関まで迎えに出ると、アンリではなくなぜかジルが立っていた。

 息を乱しているのを見るに、アンリと追いかけっこの最中だろうか。

「えっと、ここに来るのって結構危ないんじゃないの? アンリもそのうち帰ってくるだろうし……」

「……? ここは、あなたの家では無いんですか?」

「いや、アンリの家だよ?」

 今は俺しかいないけど。

「……そうですか。勇者の家で少し休めないかと思ったのですが」

「まあ、しばらくはアンリも帰って来ないだろうし、灯台下暗しで少しの間ぐらいなら安全かも知れないけど」

「……では、しばらく休ませて下さい」

 ジルは扉を閉めるとすぐ床に座り込んだ。

 敵地で堂々と休める辺り、魔族って肝が据わってるな。

「……ところで、何でここが俺の家だと思ったんだ? 外から姿でも見えた?」

「いえ、この家にあった水からあなたのことを感知したんです」

「……は? 水?」

 もしかして、さっき沸かしたお湯のことを言っているのか?

「あなたが井戸から汲んだ水を動かしたので、この家に勇者がいると分かりました。あなたなら私を一時的にかくまってくれると思ったのでやって来ましたが……」

「ちょっと待って。ジルって水の動きを探知出来るの?」

「え? ええ、まあ。この村の井戸水ならある程度は」

「人間に姿を変えられてるのに?」

「人間でも魔法は使えるでしょう。魔石があれば。今は私も魔力が無いので新たには魔法が使えませんが、以前に使用したものであればまだ繋がっていますので」

 まだ魔族だった時に発動中だった魔法は今も引き続き使えるってことか?

「……ってことは、井戸の水を丸ごと発信機か探知機みたいなものに変えてたってこと? わざわざ何のために」

「特にこれといった用途がある訳ではありません。ただ、私は水を自分の肉体のように扱えるので、大量の水があればなるべく魔力を流し込んで掌握することにしています」

 こんな風に、とばかりにジルが手を伸ばすと、その指先に一本の糸が伸びた。

 糸の先を見ると、部屋の隅に置いてある水がめから透明の糸、もとい極細の水が立ち昇っていた。

「本体である私に魔力が残っていないので、もう大したことは出来ませんけど」

 そう言って、軽く指を振って糸を断ち切った。すると制御が解かれた水が床に落ち、細い線を描いた。

 ……あんま深く考えたくないんだけど、もしかしてジルってかなり強い魔族だったんじゃ無いだろうか。

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