9:大きく振りかぶって

「……そっかそっか。ジルはもう十人も食べたのか」

 アンリが軽い感じで言った。

 ちょっとサイコパスっぽくて怖い。

(……ねえソラさん、もう殺したほうがいいよこいつ)

 アンリが近づいてきて、俺に耳打ちする感じで進言してくる。

 だから怖いって。

「いや、でも……」

「でも、じゃ無いんだって。僕、ちょっと家に行って道具取ってくるから」

「あ、ちょっと」

 アンリは有無を言わさず自宅のほうへと走って行った。

 ……道具って、やっぱりあれだろうか。

 井戸の周辺を掘るために用意してたシャベル辺りだろうか。

 あんまりグロいもの見るの得意じゃないんだけど。

「あの、アンリさんは何を取りに行ったんですか?」

「……さあ」

 具体的に何を持ってくるつもりなのかまでは知らないが、用途だけは一つしか思い浮かばないんだよな。

「その、私はこれからどうすればいいんでしょうか。こんな体にされてしまって……」

 ジルが自分の幼い体を見下ろしながら言う。

「えっと、ジルはどうしたい? 元に戻る選択肢は無いとして」

「……人として生きていくしか無いと思いますが。ただ、どうやって生きていったらいいのかが分かりません」

「一応、人として生きるつもりはあるんだ?」

「……生きることが生物の一番の目的でしょう? だったら、人になった以上は人として生きます」

「へえ、なるほどね」

 魔族の倫理観って野生動物とかに近そうだな。

 正直シンプルで嫌いじゃないんだけど……。

「あのさ、ジル。アンリはこれからお前を殺しに戻ってくるんだけど、どう思う?」

「え?」

「ちなみに理由は、人を十人も殺したら流石に人間相手でも死刑が妥当だから、かな? この世界の法律知らないけど」

「……殺すんですか? 私を?」

「うん。それなりの道具も持ってくるだろう。どうする?」

「……逃げます。この体じゃ抵抗は難しいでしょうから」

「理不尽だ、とか。自分は悪くない、とか。そういう言い訳はしないの?」

「生き物が生き物を殺そうとすることはよくあることですし、あとは生きるか死ぬかでしょう? ……ちなみに、あなたも彼と同じ意見ですか?」

「ん? いや、どうだろう。問答無用で殺すほどの正義は持ち合わせていない、かな」

「……勇者が追ってこないのであれば、今のうちに逃げます」

「逃げるって、どこに」

 声のしたほうを見ると、肩で息をしたアンリが立っていた。

 手には想像通りのシャベルが握られており、あんなもんでぶっ叩いたらタダじゃ済まないだろう。

 今のジルの見た目で撲殺は勘弁して欲しいなあ。

「あのさ、アンリ。気持ちは分かるけどもう少し話し合ってからにしない?」

「……ソラさん。君は勇者でしょ。人を十人も食い殺した魔族をかばっちゃダメだよ」

「それはそうなんだろうけど……。でもジルも今は人間なんだしさ。これからは人を食べたりしないでしょ」

「人ならなおさらじゃない? ソラさんは十人も殺した殺人鬼を放置出来るの?」

「……理由にもよるかな。この場合、ジルは人を食べないと生きられない生き物だった訳でしょ? 例えば無人島で、遭難者の一人が食糧難で十人を殺して食べたとしても罪には問えないよ」

「その理屈だと、この世の魔族すべての罪を許すことになるよ」

「……ああ、もう」

 面倒臭いな。

 本音で言えばジルを殺すのに反対だが、本気でかばう理由も特にない。

 どうせ元魔族だ。好きにさせよう。

「分かった。アンリの好きにしろよ」

「そうするよ」

 アンリは手の得物を構えると、俺の後ろにいたジルに……。

「……っ」

 思わず目をつむったが、一向に嫌な音は聞こえてこなかった。

 もしや、踏みとどまったのか?

「……逃げられた」

「え」

 振り返ると、ジルの姿が無かった。

 どうやらどさくさに紛れて逃げ出したらしい。

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