8:そこまでしろとは言ってない

「……何してるの? ソラさん」

「あ、えっと」

 ジルの頭を掴んでワシワシやっているとアンリが戻ってきた。

「気分が悪くなってる子にそういうことしちゃダメだよ」

 そう言いながらジルに水を渡す。

 受け取ったジルはそれを一気にガブ飲みし、半分ぐらい飲み干したところでようやく桶を置いた。

「ふぅ。……その、どうも、ありがとうございます」

「いいよ別に。ところでソラさん、さっきの話だけど」

「え? いや、別に乱暴してた訳じゃないぞ?」

 脅しはしたけど、それも冗談の部類で……。

「そうじゃなくて、この子がジルだって話。本当にこの女の子があのゴツかったジルなの? 全然面影が無いけど」

 アンリが改めてジルを見る。

 肩まで伸びた髪や、俺よりも低い身長、幼さを残す目鼻立ち。

 確かに以前のコワモテ男とは似ても似つかない。

 自分でやっておいてなんだがこの能力、結構ヤバい気がしてきた。

「それで、戻せるの? これ」

「……戻す必要は無いと思うよ? 元に戻しても魔族になっちゃうし」

 まあ多分戻せないけど。

 俺ですらまだ男に戻れていないし……。

「……え。それだとジルが、元は魔族だったってことになっちゃうけど?」

「実はそうなんだよ。こいつ人間に化けてた魔族でさ」

「へ、へえ?」

 アンリがいまいちピンと来てなさそうな顔をしている。

「ほら、ジルも何か言えよ。私は魔族でしたーとか」

 多分まだ信じてないぞアンリは。

「……あの、どうやったら元に戻してもらえますか? 何でもしますから」

「え? いや、戻さないよ?」

 仮に元に戻すことが出来たとしても。

「え……?」

「だって魔族でしょ? 人を襲うんでしょ? じゃあ戻さないよ」

「そ、そんな……」

 ジルがこの世の終わりという顔をしている。

 まあ、今日から動物になってもらいます、一生そのままですって言われたら誰だってこういう顔をするだろう。

 魔族にとっての人間がどういうものかはよく分からないけど。

「でさ、アンリ。こういう場合ってどうするの? 元魔族の人間って」

 変えたはいいものの、微妙に後始末に困るんだよな。

「いや、知らないよそんなの。ソラさんの自由にしていいんじゃない?」

「……自由に、ねえ」

 まあ俺より体格で劣る小娘になっちゃったし、煮るなり焼くなり好きに出来るだろうけど。

 ジルを見ると、息を荒くしていた。

 そして今にも泣きだしそうな顔で体を震わしている。

「ね、ねえソラさん。いくら元魔族とはいえ、流石にかわいそうなんだけど」

「それは俺も思うけど……。でもこのジルって魔族、人間に化けて村に潜んでた訳だろ? 多分だけど、何人か殺してるんじゃないの?」

「……え、そうなの? ジル」

「あ……その……」

 ジルはバツが悪そうに視線をそらした。

 これは、やってますわ。

「あ、ところでちょっと聞いておきたいんだけど。魔族が人を殺すのって何のため? 単に縄張り争いみたいな感じ?」

 魔族は魔力を持たない人類を襲う、ぐらいしか聞いてないんだよな。

 これほど知能があるとは思ってなかったから、事情次第では情状酌量の余地がありそうではある。

「何のためって。そりゃ、食べるためでしょ。魔族は人を食べるから」

「……あー」

 人食いなのか……。

 根本的に相容れない生き物っぽいな……。

 ちょっと本人に聞いてみるか。

「あのさジル。魔族って人以外のみを食べて生きていくことって出来ないの? 仮にも会話が可能な生物同士で弱肉強食ってさ、ちょっと嫌じゃない?」

 例えば俺なら、家畜が会話可能だったら流石に食えない。

 他の動物か何かを優先して食べる。

「……人肉を長期間食べなかった同族なんて聞いたことありませんが、多分体を維持出来ないでしょう。人をひと月食べないだけでも死にそうになります」

 非食人生活みたいなのは無理なのかな?

 まあ前例が無いだろうし、この辺りは調べる価値があるか。

「ちなみに人を食べる時ってどんな心境? ちょっとでも抵抗感とかある?」

「……ありません。ただのごちそう、としか」

「ごちそうかあ……」

 完全に倫理が違うなあ。

 こいつを人間の理屈で裁くのは無理そうだけど、人と同じ物差しを当てはめる義理も無いなこれ。

「……正直に答えて欲しいんだけど、ジルってこの村で何人ぐらい食べたの?」

 アンリが恐る恐る聞く。

「月に二人ぐらいで、この半年で十人は食べました」

 ジルが割とシャレになってない自白をした。

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