7:ほらジャンプしろよ

「あー、どうすんだよこれ……」

 俺の足元でずっとえずいている元コワモテ、現少女。

 オエオエ言っている声も今は可愛らしさすらある。

 と言うか、何で吐いてるんだこの子?

「ちょっとソラさん、見てないで背中をさするとかしてあげなよ」

「……アンリがやってあげなよ」

「やだよ。見ず知らずの女の子にいきなり触るとか。同性のソラさんがやるのが筋でしょ?」

「あーもう……」

 仕方なくしゃがんで背中をゴシゴシする。

 すると一際大きな声でえずき始めた。

 ヤバい。何か、もらいゲロしそう。

「で? その子誰なのさ」

「……さっきの二人組の片方だよ。俺が能力で女にしちゃったようだけど」

「……はい?」

 アンリが豆鉄砲を食らったような顔をした。

 そしてマジマジと俺が背をさする子を観察する。

「え? 本当に? この子、ジルなの?」

「多分ね」

 仕組みはよく分からないが、おそらく巻き添えを食らったんだろう。

 水に変えたほうは魔族だったからいいとして、こっちは人間だからな。

 なぜ少し離れた位置に居たこのジルとやらが変身したのかまでは分からないけど、流石に罪悪感を覚えなくもない。

「う、ぷえっ」

「……ん?」

 ジルが何かを吐いた。

 何だこれ、小石?

「え。……ちょっとそれ、見せて」

「あ、おい」

 アンリが胃液にまみれたそれを拾い上げる。汚ね。

「……魔石じゃないか。こんなもの飲み込んだら吐いて当たり前だ。待ってて、すぐ水を汲んでくる」

 言うやいなや、アンリは井戸から手慣れた動きで汲み上げ、近くに置いてあった桶に水を入れて戻ってきた。

「ほら、飲んで。少しでも薄めたほうがいいよ」

「あ……」

 ヨロヨロとした手付きで桶を受け取ると、ジルがグビグビと水を飲みだした。

 しばらく飲むと、思い出したように少し吐いてまた飲んだ。

「まったく、危ないところだったよ。水場が近くになかったら死んでたかも」

「そんな危ないもんなの? 魔石って」

「そりゃそうだよ。本来は魔族や魔物の体内にあるものだからね。人間のひ弱な体じゃ耐えられないよ、魔石のエネルギーに」

「ふーん」

 いまいちピンとこないけど、莫大なカロリーがある食べ物みたいなものだろうか。

 一応俺も気をつけよう。アメと間違えそうだし。

「……ソラ、言いにくいのですが。そちらのジルという者、今は人間ですが元は魔族だったのではないかと思われます」

 は? 何だ急に。

「先ほど彼女が吐き出した魔石ですが、おそらく元々ジルの体内にあったものです。ソラがジルを人間へと変身させたために体内に保持することが出来なくなった結果、耐え切れず吐き出したのではないかと」

「……え?」

 思わずジルを見てしまう。

 今はひたすら桶の水をガブ飲みしているだけの少女だったが、こいつが魔族?

「可能性は高いかと」

 だって、魔族なのは水になった男のほうでは?

「あちらはジルが作り出した人形のようなものだと考えられます。ソラの能力では人であれ魔族であれ、水に変化させるようなことは出来ないはずですから」

 それは確かに疑問ではあったけど……。

 あ、じゃあもしかして、元は水で作られた人形だったってことか?

「はい。本体のジルが魔石中毒によって人形を維持出来なくなり、魔法が解除されたと考えると筋が通ります」

 なるほどねえ……。

 てことはこいつ、一人二役で俺に近づいたのか。

 しかもわざわざ人形のほうを魔族に見えるように装って、逆に本体は人間だと偽装したんだ。

 割と策士だな。

「ソラはまんまと策にハマっていましたね」

 うるせえ、最初にあっちが魔族だって言い出したのはお前だろうが。

「……アンリさん、すみませんが水をもう一杯いただけますか?」

「あ、うん。いいよ」

 ジルが空になった桶を渡すと、アンリはそそくさとまた水汲みに入った。

 よほど魔石が堪えたらしいな。もう二リットルぐらいは飲んだと思うが。

 しかし、こいつが元魔族ねえ……。

 いっちょからかって見るか?

「なあ、ジル。魔族から人間に変えられちゃったけど、お前これからどうするつもり?」

「……え?」

「もう水の人形も作れないんじゃない? 魔石も使えないし」

「……あ、あの」

「とりあえず命乞いでもする?」

「……う、うっ」

 ジルが涙目になった。

 元魔族少女をいびるの、ちょっと楽しい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る