2:TSしてから村へ

『名前を入力して下さい』

「……何だ、これ」

 異世界に飛ばされて早々、目の前に謎の文字列が浮かんで消えない。

 右を向いても左を向いてもピッタリと張り付いてくる。

「それは名前の入力欄ですね。あなたの名前を入力すればすぐに消えます」

「いやそんなことを聞いてるんじゃ……。と言うかお前、付いてくるのかよ」

 後ろを見ると例の女がしれっと立っていやがる。

 これから一人旅が始まるんじゃないのかよ。

「一人旅という認識で合っていますよ。私はあなたが見ている幻覚のようなもの。この世界に対して干渉する力を有していませんので、いないものとして考えて頂いて構いません」

「いや、声も聞こえるし目にも見えるんだから……」

「それより早く名前を入力したほうがいいと思いますよ。でないと消えませんから」

「ああもう、何なんだよ」

 実際、視界を占領されるのは鬱陶しいのでとっとと名前を入れることにする。

「……これ、本名を入れるのか? フルネームで?」

「お好きにどうぞ。ファーストネームだけでも結構です。あなたが呼ばれたいと思う名前を念じればそれで入力が出来ます」

「……本名はちょっとな」

 この世界に来てからまだ鏡を見ていないが、手や体を見た限り地球での姿を維持してはいないようだ。

 おそらく顔も別人だろう。名前だけ引き継ぐというのも未練がましい気がする。

「まあ、適当に入れるか」

 とりあえず好きな色をいくつか思い浮かべ、名前として使えるものを一つ選んだ。

「ソラ、ですね。承りました。その名前で勇者として登録します」

「これに何か意味があるのか?」

 やっと文字列が消えて視界が開けた。

 と言っても周囲には適当な原っぱが見えるだけだったが。

「勇者ソラの名前が世界中に知れ渡ることになります。これにより、あなたが自分をソラと名乗った場合に限り、身分の証明が不要となります」

「身分って、免許証的な?」

「はい。あなたはこの世界につい先ほど発生した存在ですので、どこの誰とも知り合いではない不審者でしかありませんから。ですので勇者の能力の一環として、名前を名乗ればすぐに勇者であると認識される能力が付与されます」

「まあ、いきなり不審者扱いで逮捕とかされても嫌だしな」

 世界を救いに来た勇者だってのに、行く先々で一々揉めるのも御免だ。

「……ところで俺はソラでいいとして、お前のことは何て呼べばいいんだ?」

 幻覚としてでも旅に同行するなら呼び名が欲しい。

「私に名前はありませんので、お好きに決めて下さい」

「勝手に決めろって言われてもな」

 むしろ自分の名前を考えるより悩むんだが。

「……手紙、説明書……。あ、じゃあヨミでいいか。読むから取って」

「ではそのようにお呼び下さい」

「おう」

 どうせ俺の目にしか見えない存在らしいし、適当でいいだろう。



 原っぱを見渡すと、歩いていける距離に村のようなものが見えたのでそちらに行くことにした。

 足元を見る限り道らしきものがなく、あまり人通りが無いことが伺えた。

「なあ。ヨミはあの村について何か知ってることはあるか?」

「さあ。私は勇者に関する情報しか与えられていませんので、特定の村の情報は答えられません」

「そうか」

 正直期待してなかったが、何もなしとなるとちょっと凹むな。

 これから見ず知らずの人達ばかりの場所に行くというのに。

「あ、そうだ。俺の能力って今すぐ使うことって出来るのか?」

「可能なはずです」

「どうやってやるんだ?」

「おそらく強く念じれば発動するかと」

「……おっ」

 自分の体に意識を向けて集中すると、全身から妙な感覚が這い上がってくるとともに見る見る姿が変わっていくのが分かった。

 手が徐々に細くなり、体がゆっくりと縮んで行き、逆に胸はどんどんと大きくなって……。

 およそ十秒程度で変身は収まり、俺は女になった。

「へえ、こんな感じ……。お、声も全然違うな。これが女の体か……」

 手がすべすべしていて柔らかい。

 胸は結構重量感があり、触っていると少し変な気分になる。

「顔が見れないのが残念だな。ヨミから見て俺って今どんな感じ?」

「分かりません。私は厳密にはモノを見ている訳ではないので。あなたが見えないものは私にも見えません」

「鏡代わりにすらならないか……」

 意外と不便だな。

「そういうモノですので」

「へいへい」

 仕組みはよく分からないが、おそらく俺とヨミの会話は独り言に近いんだろう。

 俺からすれば十分会話として成り立っているので、移動途中の暇つぶしぐらいにはなるが。

「そろそろ入り口が見えてきたな。ヨミ、この体ってどうやって戻すんだ?」

「多分、元に戻ろうと意識すれば戻ると思いますが」

「……もうやってるんだけど、それでも戻らない場合は?」

「さあ。勇者の能力に関しては誰にも分からないものなので」

「……え?」

 もしかしてこの体、元に戻せないのか?

 嘘だろ?

「嘘ではありません。私にそういう機能はありませんから」

「いやいやいや……。ちょっと待て。お前は勇者の情報を持ってるんだろ? 知らないのは変だろ?」

「勇者がどういう存在であるか、どういう目的で行動するのかなどは知っていますが、能力に関してだけは知り得ないのです。私の本体ですら分からないことです」

「……マジか」

 一生女のまま? 元に戻れない?

 詰んだかこれ。

「男に戻れないことが確定した訳でもありませんよ。能力はそれほど不便なものでは無いはずです。可能性として、戻るための何らかの条件があるのだと思います」

「……そうだよな? 不死とか最強の武器とかが勇者の能力だもんな? 一度女になったらそのままなんて、無いよな?」

「前例から言えば」

「……とりあえず、様子見で行くか」

 前途多難だが、俺は女のままで初めての村へと訪れることになった。

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