TS勇者

青城雀

1:能力はTS

「あなたの能力はTSです」

「てぃー、えす?」

「TSとはトランスセクシュアル、つまり性転換のことです。分かりやすく言えば、あなたは女になることが出来ます」

「ええ……」

 それは勇者の能力としてどうなんだ?

 女になったところで、むしろ筋力や体力が落ちる分、戦闘には不向きだと思うが。

「能力は使い方次第です。正直弱い能力だとは思いますが、これもまた運命。頑張って下さい」

「頑張ってどうにかなる……?」



 死後、いきなり勇者として異世界で生きろと言われた。

 ついさっきまで死にそうなほどの激痛に苛まれていたばかりだと言うのに。

 痛みがなぜか消えたと思った瞬間、俺はどこか分からない場所、というか空間にいた。

 そして目の前には謎の女が立っていて、意味不明なことを言う。

「まずここはどこなんだ。そこから教えてくれ。異世界がどうのはその後で聞く」

「……ここはあなたが作り出した空間です。そのため、私にも説明が出来ません」

「はあ?」

 俺が空間なんてモノをを作り出せる訳がないだろう。

 もうちょっとマシな嘘を言え。

「正確には、あなたの意識や常識が作り出した空間です。あなたが最も現在の状況を理解、認識しやすい形に世界そのものが翻訳されている、と表現しましょうか。そのため、私から見てあなたがどのようなモノを見ているのか、私には分からないのです」

「世界を翻訳って……」

 言っている意味が分からん。

 この目に見えるものすべてが俺の想像上の存在だとでも?

「ですので、私からはあなたがこれからどうなるか、どのような世界へ行き、どのようなことをすればいいのか、そういったことしか説明が出来ません。そういった情報をあなたに伝えたい、それだけが私の本体の意思だからです」

「本体って何だよ。お前は下っ端か何かってことか?」

「私は便宜上、あなたが作り出した存在に過ぎません。あなたに対して本体が送信した情報が、最も受け取りやすい形に変換されているだけなのです。自分から話すことが出来る手紙のようなものとお考え下さい」

 ますます訳が分からない。

 つまり幻影みたいなものってことかよ。

「そのように考えて頂いて構いません」

「……心を読むなよ」

「そういうモノですので。ところで、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか。あなたの戸惑いが落ち着くまで不毛な問答を繰り返すことも一応可能ですが」

「……念のため聞くけど、その本題以外の話は出来ない、分からないってことだよな?」

「ええ。私はあなたに渡された説明書のようなもの。どのように読むかは自由ですが、書いていないことを読むことは出来ません」

「そうかよ」

 じゃあとっとと本題に入ってくれ。

「承知しました」



 三十分程度の会話を経て、次のようなことが分かった。

 これから俺は地球とは異なる世界へ行き、各地を旅する必要があること。

 その世界には魔法があり、魔法を元にした文化や文明があること。

 俺はその世界で勇者と呼ばれる存在であり、その世界においても特殊な能力を与えられ、その力で世界を救う必要があること。

「世界を救うって、一体何から」

「基本的には、魔族と呼ばれる存在から。魔族は魔力を持った生き物で、魔力を持たない人間を襲います。世界中から魔族を滅ぼしたのなら、世界を救ったと言えるでしょう」

「滅ぼすって、大体どれくらいの数がいるんだよ」

「……地球で言う、野生動物と同程度の感覚でしょうか」

「多いだろ、それ」

 人一人が野生動物を滅ぼせるかよ。

「必ずしも全滅させる必要はありません。人が魔族の脅威に晒されなくなればいいのです。例えば文明を発展させて、人類が魔族から一度も襲われない環境を作るという方法もあります」

「それも時間掛かるだろ」

「それを可能にするのが勇者です」

 勇者って何なんだよ。

「勇者とは、世界が滅びようとしている時に現れる救いの存在です。よって、例えば不死の肉体や最強の剣と言った強い力を持っています。これからあなたにも勇者としての能力が与えられます」

「……その力って、大量の能力の中から自分で自由に選んだり、思うがままに考えたり出来るもの? だったら多少はやれそうだけど」

「いいえ、それは出来ません。勇者としての能力は運命によって決まります。勇者は言わば世界そのものから後押しされて生まれる存在であり、だからこそ世界を救うほどの強い能力が得られるのです。そこに人の意志は干渉できません」

「じゃあ早くその能力をくれよ」

「では――」



こうして、俺のTS勇者としての冒険が始まった。

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