第137話、第一の感想


 冒険者たちにお時間です、と告げて、全員が戻るまでお時間がかかった。

 ここまでのマップや状況の記録をしているのは、さすが探索系冒険者か。こっちは夕食終わってコーヒーを一杯飲むだけの時間があった。


「どうでしたか?」


 私は、コング氏らに声をかけた。とてもお疲れなら、軽く聞いて詳細は後日か、報告書にでもしようかと思っていたが――


「楽しかった」


 コング氏の第一声はそれだった。

 彼は神経毒で、ここしばらく探索や冒険の類ができなかった。自由に体が動くとなり、それ込みで『楽しい』という言葉が出てきたのだろう。

 ……と、思っていたのだが。


「物足りない。ダンジョン楽しすぎて」


 コング氏は拳を固めて悔しそうな顔になる。


「なんでこんなにあっという間だったんだ。オレは探索し足りない!」

「……」


 あー、そっちね。日帰りなんて、言うから。

 低階層で物足りないとか言われて、いや難度のことを考えようよと突っ込むところだったけど、そういう不足ではなかったようだ。


「ちくしょう。ジョン・ゴッドさん、オレは明日も探索するぞ! 今度は数日こもる準備だ」


 ……相当気に入ったようだ。あるいは冒険者というのは、どんなつまらないダンジョンだったとしても、未知とあれば挑むものかもしれないけど。

 今はただ迸る感情のあまり、感想も浮ついているかもしれないから、詳しくは後日の方がいいかもしれないな。冷静になれば、指摘点も出てくるだろう。


 私は他の冒険者たちを見回す。別行動していた者同士で、感想交換をしているようだった。入る前に比べて、みな声のトーンが高い。興奮さめやまないのは、コング氏だけではなかったようだ。

 グレイブル・パーティーのハリーは、プチファイアドラゴンを倒して、討伐部位を見せて自慢していた。


「帰還のタイミングが重なったから、これだけ持ってこれたけど、そうじゃなかったらこうはいかなかったぜ。大容量の収納鞄がありゃ、戦利品もかなりの儲けになりそうだ」


 楽しそうに話しているところからして、熟練冒険者たちには好評だったようだ。まだ低階層ということもあるが、余裕はありそうでなによりだ。

 ただ、これでも一応ダンジョンだから、楽しいなんて言葉は、深い階層にいくほど聞けなくなるだろう。


 死なない保険があるとはえ、お気楽気分で挑めるほど優しくない。ルーキーは仕方ないとしても、ベテランだって、100階層も挑んだら心が折れてしまうかもしれない。それだけ過酷だよ、ダンジョンって。


 何だか帰って酒を飲みながら武勇伝を披露したさそうにしている冒険者たちを見やり、軽い確認だけして、今日のところは解放した。何かダンジョンのことで気づいたことや感想などは、後日にレポートをよろしくとだけ頼んでおく。


 今はだいぶ浮ついてるから、テスターとしての第一感想はともかく、ダンジョンについての改修点や気になるところは、あまり出てこないだろうし。

 あー、そうそう。まだ初日だから、ギルドへの報告以外に、このテスター依頼とダンジョンの詳細は言ってはいけないよ。


 指名依頼で、一般冒険者たちはまだ知らないんだろうけど、話を聞いたらノってきそうなんだよねぇこれ……。



  ・  ・  ・



 翌日、朝からコング氏と冒険者たちがやってきた。昨日いたメンバーは全員して、ダンジョンキャンプをするつもりか、装備品も多かった。


「昨日から、ずっとダンジョンのことばかり考えていた!」


 コング氏は、目を輝かせていた。体は大きいが、子供のようだった。


「言うまでもないことだけど、敢えて言います。ダンジョンなんで、気をつけて。低階層でも、一撃で殺してくるモンスターがいることもありますから」


 たぶん右から左へ流されただろうが、言うだけ言っておかないとね。


「それじゃあ、行ってらっしゃい」

「おう!」

「いってきまーす!」


 私の見送りに、冒険者たちは上機嫌でダンジョンに入っていった。本当に楽しみにしていたんだな。


 さて、と――

 私は家に戻ろうとしたら、イリス、ウイエ、フォリア、リラのパーティーがやってきた。


「じゃあ、私たちもダンジョンに乗り込むわ!」


 イリスもテンションが高い。普段の彼女なら、まだ眠っている頃だ。


「初めてだから、日帰りのつもり。お昼はいないから」


 食事は用意しなくてもいいということだな。昼食は、ダンジョン内ということなのだろう。


「それでも行けるところまで行くつもり」

「わかった。転移石は持ったか?」


 それがないと帰るにも、行きと同じくらい時間がかかるだろうからね。


「もちろん、持ったわ」

「それでなんだけど、ジョン・ゴッド、いい?」


 ウイエが口を挟んだ。


「ダンジョン内に、帰還用の転移魔法陣はあったりする?」

「というと?」

「私たちは転移石を持っているけれど、これからダンジョンを広く開放していくつもりなら、たぶんこれ足りなくなるわよ」


 ウイエ曰く、転移石を製作していたエルフの魔道具職人のエルバが悲鳴を上げていたそうだ。一つ作るだけでも、相当の魔力を消費するということで、魔力が豊富なエルバでさえ、一日に作れる数は僅かなのだそうだ。


 今はテスターたちには必ず帰ってきてもらわないといけないから転移石を渡しているが、演習場として使用したり、ダンジョンを開放するなんてことになったら、確かに対応しきれない。

 一般開放するつもりは、特にないが……そうなるのかなぁ。


「ダンジョンの各階層に、転移魔法陣はある。……もちろん罠用とは別に」


 転移系の罠も定番らしいから仕掛けてある。それはともかく、演習場ダンジョンとして、地形や状況を選択できるように、と最初から作られていたから、それぞれの階層に転移魔法陣は設置してある。

 ただ、今は未起動状態だけど。


「行った階層には、戻れるようにしてあるといいんじゃないかしら? 次回以降の探索で、前回の続きからスタートできるように」


 なるほど。演習ならともかく、100階層を挑んでいる挑戦者たちには、いちいち戻ったり、毎度入り口からスタートでは、いつまで経っても最深部までの攻略が困難、というのだろう。

 深ければ深いほど、準備すべき食料や装備も増えるが、大荷物で高難易度階層を突破できる余裕はない。


「わかった。ちょっとその辺りの仕組みについて、検討しよう」


 テスターさんたちの時短のためにもあったほうがよいだろう。

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