第51話、ジョン・ゴッド、イリスの相談に乗る


 元女神とはいえ、今は悪魔。

 シスターを演じながら、カナヴィはイリスの相談中、一言も『神』がどうとかを口にしなかった。


 教会関係者なら、何かと言えば『神は――』とか口にするものだと想っていたが、さすがファッション・シスターである。

 カナヴィのお部屋から、私の家に戻ってきたイリスは、何を思ったか私のもとへやってきた。


「今、何をしているの、ジョン・ゴッド?」

「……読書だ」


 ソファーに座り、本を読んでいる。……実は瞑想して、君とカナヴィの話を覗いていた――とは言わない。


「聞いていい?」

「もちろん」


 私は本を閉じて、イリスをソファーに座らせた。


「質問とは?」

「……こんなことを聞くのは変だと思うのだけれど、あなたって、この森で何をしているの?」

「暮らしている」


 何を当たり前のことを聞いているんだ?


「ええ、そう。そうなんだけど……。どうして魔境なんて場所で過ごしているのか。普通、住まないでしょ。こんな場所で」

「そうなのか? いやそうだな」


 そういう人がいない場所を選んだのが、ここだしな。


「誰にも邪魔されず、のんびり平穏に過ごすため、ここを選んだ」

「何故?」

「何故かって……? そうだなぁ、まあ、やりたいことをやるためかな」

「やりたいことって?」


 今日は質問攻めだね。君が、カナヴィとどういう話をしているか知っているから、突っ込まないがね。


「この魔境で、何をしようとしていたの、ジョン・ゴッド?」

「ふむ……特に何を、と決めていたわけではない」


 目的はなく、ただその場で思ったこと、感じた通りに行動しているだけだ。


「……あなたは、魔境に住む前はどこにいたの?」


 本当によく聞くね、今日は。神々の住む天界、と言って果たして信じるだろうか。

根掘り葉掘りされるのも面倒だから、適当に言おう。


「私は、かつていた場所から追放された身でね」

「追放!?」


 イリスは驚いた。まあ、そうだろう。


「熱心な仕事ぶりに反感を買ってしまってね。その場所の秩序を守るために追放された」

「犯罪を犯したとかじゃないのね……」

「そんな悪い者に見えるかね、私は?」

「……わからないわ」


 イリスは首を横に振った。


「あなたは謎過ぎるもの。でも、そうね。あなたほどの実力を持つ人間を手放すなんて、普通じゃ考えられない。……本当に悪さしてない? それで追放されたんじゃないの?」

「ご想像に任せよう」


 言って信じられないなら、好きに解釈すればいい。私はそれでも困らないよ。ここでの評価で追放されるとかもないし。そもそも、ここは私の家だし。


「追放されて、仕事を失った私は、特にすることもなくなってね。とりあえず住む場所だけ探して、後はその都度必要なことをやったり、やりたいことをやっただけだな」


 住む場所が必要だから、土地を探し、気に入った場所に家を建てた。自分の家なのだから、誰の口出しも指図も受けず、作りたいように作った。

 そして快適な生活ができるように、家具を揃えたり、必要と思ったら知識の泉からアイデアや情報を引っ張ってきた。


「面白そうと思ったら、とりあえずやってみた。……今の私はそれだな。何せ私には目的がないからね」


 だが命尽きるまで生きていかねばならない。


「することがないから、何もしないでは退屈だから」

「それは……そう。そうね」


 イリスは小さく頷いた。


「あなたって、思いつきで生きているのね」

「まあ、そうだな。それは否定しない」


 どこか貶されたような気がしたが、言葉のあやというもので、他意はないのだろう。……そう思いたい。


「思いつきで生きても悪いことはない。他の人間は知らないが、私には目的ノルマがない。やりたいようにやって誰が咎めようか」

「そのやりたいように、って広義で考えると、ちょっと問題発言よね」


 イリスはわずかに眉をひそめた。しかし責めるではなく、どこか皮肉げに。


「ただ、あなたがそういう人ではないのはわかっているから、追求はしないけれど」

「それはどうも」


 日頃の行いだね、それは。


「ジョン・ゴッド。そのやりたいって気持ちはどういう時に感じるものなの?」

「難しいことを聞くね、君は」


 そういう気持ちになった時だ。


「自然に湧くものじゃないかね? 深く考えることなく、いいな、と思ったらやる、それだけだ」

「簡単に言うのね」


 イリスは唇を尖らせた。


「私には、よくわからないわ」

「いや、案外気づいていないだけだと思うよ」

「どういうこと?」

「君は、失敗を嫌う性格だろう」


 聖騎士だから、第七王女だから、人様から良く見られなければ。失敗など以ての外。やることなすこと完璧でなければならない。……シスター・カナヴィも指摘していた。


「だから反射的に考えてしまうんだ。やりたいと思ったことについて、頭の中で想像して失敗のイメージが湧いてしまって、無意識のうちにやめてしまう」


 わからないのは、無理だと瞬時に計算して、その結果、諦めてしまっているからだ。


「だから、やりたいことがわからない。君のやりたいという感情を、理性が止めてしまっているんだな」

「……」

「素直になればいいと思うよ」

「そう、かしら……?」

「そうだよ」


 私はソファーから立ち上がった。キッチンからフォリアとフレーズ姫がこちらを見ていた。期せずして立ち聞きかな。ふむ……そうだ。


「イリス、今夜はドレスパーティーをしよう」

「は?」


 何を言っているのかわからないという顔をするイリスである。突拍子がないのはわかる。正装してやってきたフレーズ姫のドレス姿を思い出したんだ。


「君もパーティードレスを着てくれ」

「嫌よ。私には似合わないわ」

「それだよ、イリス。今、自分が似合わないなんて諦めただろう?」


 私は指摘した。何故似合わないなんて決めつけた? フレーズ姫は美人だが、イリス、君もまた美人だ。彼女が似合って、君が似合わない理由なんてないが?

 それに大丈夫。たとえ似合わなくても、ここでそれを馬鹿にする奴なんていないよ。

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