第123話 重量挙げ

 「許さねぇ」


 「意気がって喧嘩を売るからだ」


 両手で掴み掛かってきたので、素速く後ろに回り強烈な膝カックン。

 今度は膝から崩れ落ちた。


 「てめえぇぇ、ドーザの兄貴に何をしやがった!」


 「誰?」


 「誰だぁー、〔血塗れの戦斧〕を知らねえのか!」


 「知らないから聞いているんだよ。で、血塗れの戦斧って強いの」


 「面白い小僧だな」

 「パーティー名を揶揄われたんじゃ見逃せないな」

 「ドーザも何やってんだか」


 巨漢ばかり三人並ぶと壮観、ドーザを兄貴と呼んだ奴はちょっと大柄な人族だが、三人は尖ったケモ耳に大きな八重歯が魅力的。

 三人とも種族が違う様に見えるのだが、種族名が判らない。

 此奴等をテイム出来るのなら種族名なんて直ぐに判るのだが、ティナは人族以外って言っていたからな。


 「此処までやったんだから、模擬戦は断らないよな」


 「えっ、そっちが勝手に手を出してきたので、ちょいと躱しただけだろう。それに、俺はエールを飲みに来たんだ」


 「おお、そうか。エールくらいゆっくり飲めよ。おい、ギルマスを呼んで来い!」


 ドーザを兄貴と呼んだ男に命令しているので、此奴はパシリ要員のようだ。

 戦斧の連中が来たらカウンター前の列が消滅していたので、エールと串焼き肉を一本注文する。

 エールを注ぎながら、マスターが「詫びを入れて街から出ていきな」と言ってくれるが、詫びるよりエールが先だ。


 空いている席に座らせてもらい、串焼き肉でグビリ。

 冷えていないので、マジックバッグから寸胴を取り出し氷をジョッキに落とし、軽く振ってかき混ぜてもう一口。


 「とことん舐めた小僧だな」

 「まぁ、ゆっくり飲め。二度とエールなんぞ飲めない身体になるからな」


 「そうなの、じゃあ、お言葉に甘えてもう一杯」


 お代わりを貰いに行くとマスターが呆れている。


 〈おい、奴の神経ってどうなってんだ〉

 〈あれは自棄だろう〉

 〈それにしちゃー悠然たるものだぞ〉


 「おい、戦斧の、何をやってるんだ」


 「おお、鉄血のか。この小僧がドーザを虚仮にして、俺達の名も馬鹿にされては面子が立たねぇのでな」


 「よう、やるのかい?」


 「なんか人を猫扱いして、襟首を掴んでぶら下げた挙げ句ポイと放ってくれたからね。礼儀知らずにはお仕置きが必要だろう」


 「これだ、舐めきっていやがる」


 「そうか、舐めてるのはお前等じゃねぇのか。そいつは強いぞ」

 「だな、ドーザは相手を見て嫌がらせをやるからな」

 「今回は相手が悪かったな」


 「それ程の奴か?」


 「猫の仔一匹連れたテイマーで、しかもソロときた。弱いと思うほど脳天気でもないさ」


 「鉄血も目が曇ったか」


 「まっ、先に手を出したのはドーザなら、ドーザに方をつけさせろよ」


 「ギルマスが来たぞ!」


 〈マジで模擬戦をやるのか?〉

 〈勝負になんねえだろう〉

 〈鉄血が小僧は強いって言ってるぞ〉

 〈七対一だぞ。しかも小僧は呑気にエールを飲んでいるし〉

 〈賭けにならんな〉


 「血塗れの戦斧と鉄血の刃か」


 「ギルマス、勝手に決めるなよ」

 「俺達は弱いので、模擬戦なんてやらねえよ」


 「ギルマス、相手はそこの小僧だ!」


 ドーザが吠えながら俺を指差す。


 「お前、でかい図体をして、こんな小僧と模擬戦をするのか?」


 「此奴は受けたぜ」

 「おお、戦斧って強いの、なんて言ってくれたからな」

 「まっ、俺達が出る必要はないので、ドーザにやらせるさ」


 「お前、呑気にエールを飲んでいるが、やるのか?」


 「人の襟首を掴んでぶら下げた挙げ句に、ポイって捨てやがったからな。俺に絡んで二度転ばされても何方が強いか判らないオークは、解体場送りにするよ」


 「ギルドカードを見せろ」


 マジックポーチからカードを取り出して渡すと、周囲が騒めく。


 〈おい、ゴールドカードだぞ〉

 〈テイマーがゴールドなんてのは、初めて見るな〉

 〈強気な筈だな〉

 〈でもBランクだぜ〉

 〈ドーザもBランクの筈だ、面白い勝負になるかもな〉

 〈よし、小僧に賭けるぞ!〉


 「良いだろう、訓練場へ出ろ」


 〈高ランク同士の模擬戦だ〉

 〈これは見逃せないな〉

 〈同じランクならドーザの方がでかい分有利だからな〉


 ゆっくりとエールを飲み干し、ジョッキを返してから訓練場へ向かう。

 娯楽の少ない此の世界、冒険者ともなれば模擬戦はお祭り状態で大騒ぎ。

 ミーちゃんを特等席に座らせ、マジックポーチから木刀を取り出す。

 ドーザの野郎はパーティー名どおり、戦斧を模した・・・てより、ハルバートに近い物を手にしている。


 ギルマスから注意事項を聞いて向かい合うと、鼻息荒く睨んで来るドーザ。

 二回転がされても実力差が理解出来ない馬鹿、俺を猫の仔扱いしたことを後悔させてやる。


 ギルマスの合図と共に、ハルバートをブンブン振り回して前進するドーザ

 1・2・3、1・2・3と回転に合わせて、ハルバートを握った拳を軽く突き、回転が乱れた所で飛び込み脇腹に食い込む蹴りを放つ、

 ハルバートの回転が止まり膝をつくドーザの肩に手を乗せると、跳び越えて奴の前に立つ。


 膝をつき丁度良い高さの顔に、往復ビンタの三連発をお見舞い。

 腹に食い込む蹴りを入れ、それを足場に再度ドーザを跳び越えて背後に立つと、襟首を掴んでぐいっと引っ張る。

 仰け反った所で肩を入れて担ぎ上げ、重量挙げのジャークの様に持ち上げるとそのまま加速をつけて上に放り上げる。


 〈うおーぉぉぉ〉

 〈何だありゃー〉

 〈無茶苦茶だ!〉

 〈ドーザが子供扱いだぞ〉

 〈大穴当てたぞー〉


 落下地点からさっさと移動すると、後ろで〈ドスン〉と音がしたが呻き声も聞こえないので、ギルマスに勝負がついたと報告。


 「あっあぁ、無茶苦茶するなぁ」


 「木刀でぶん殴って、上級ポーションでなきゃ治らないようにしなかっただけ優しいだろう。寝るには不向きな場所だから、風邪を引かないように言ってやって」


 訓練場の出入り口に陣取っていた血塗れの戦斧の連中が道を開けてくれたが、その横で鉄血のと呼ばれたおっさんが腹を抱えて笑っていた。


 「やっぱりな、と、言いたいが力が強すぎないか」


 「見た目と違いすぎるとか、並みじゃないとはよく言われるな」


 「この街で稼ぐのか?」


 「いや、エールを飲みに立ち寄っただけだよ」


 背負子を担いでミーちゃんと一緒に依頼掲示板に向かい、片隅にはられた地図をじっくり見る。

 此処イリアンからは、ホルカ、アマルバ、ヒルザ、オルカン、ナロンド、モスラン、王都デュランディス迄七つの街があり、馬車で24日の距離。

 走れば8日程度で着く計算になる。


 * * * * * * *


 「宰相閣下、ウィランドール王国との国境の町ペイデンからの報告です」


 「何か有ったのか」


 「ウィランドールからの連絡が途絶えました。同時に商人達の通行が困難になっています。冒険者の通行は問題ありませんので、噂を集めさせていますが気になる事が一つ」


 「何だ、早く言え!」


 「ヴェルナス街道沿いの領主達が、密かに兵をペイデンと向かい合うヴェルナスへ送っているらしい。との噂が御座います」


 「確認は取れてないのか」


 「数日前の噂でして、確認を急がせています」


 「国境を封鎖した訳ではないのなら様子見だが、ペイデンに兵を集めておけ。敵兵が国境を越えない限り戦闘は禁止と命じておけ」


 前回の戦は金鉱山を狙って侵攻したが、魔法部隊に阻まれて苦戦したと聞いている。

 その為に魔法部隊を増強したが、今闘いになれば魔法使いの数ではどう見ても不利だ。

 その上、相手は新たな魔法巧者が育っていると聞こえてくる。

 ひ弱な人族の国だが、優良な金鉱山を持ち優秀な魔法巧者を多く抱えていて目障りだ


 あの国が我等を攻めても得るものは少なく、戦費が嵩むだけだ。

 それに攻めるには2倍3倍の兵力が必要なので、小競り合いは有っても国境の荒野を越えて来る事はあるまい。


 * * * * * * *


 予定通り八日でウルファング王国の王都デュランディスに到着したが、入り口で引っ掛かった。

 俺の登録地がウィランドール王国ってのが気に入らなかったらしい。

 Bランクのゴールドカードで、最近はイリアンで稼いでいたが金が出来たので王都見物に来たと言ったら通してくれた。


 肩に乗っているミーちゃんが可愛く鳴いて、尻尾を振れば気も緩むってものだ。

 王都見物の資金はたっぷり有ると革袋の中を覗かせ、黄金色の物をそっと握らせた効果かもしれないが、それは考えないことにした。

 市場に近い綺麗なホテルを知らないかと尋ねると、デュランディス随一の市場に近い、クリスチナ通りのカルカンホテルを紹介してくれたので早速ホテルに向かう。


 綺麗なホテルを紹介してもらったが、冒険者の格好だった事を忘れていた。

 ホテルのフロントでは支配人からジロジロ見られたが、10日程度連泊することと明日は辻馬車を用意してくれと頼むと、ギルドカードの確認をしてから前金を要求された。

 一泊銀貨三枚で食事代は別料金、馬車一日貸し切りも銀貨三枚なので金貨を五枚程預けておく。

 ホテルも辻馬車もラングスより割高だ。


 部屋で服を着替え市場に向かう為にフロントに鍵を預けると、服装ががらりと変わった俺を見て驚いている。

 見る者が見れば、俺の街着は上等な物だと判るからな。

 市場をぶらぶらと歩きながら、珍しい物や良い匂いの物は味見をして買い入れる。

 上等な服を着ているがお供も連れずにのんびりと歩き、味見をして10食20食と買い込むので不思議そうな顔だが、愛想はすこぶる良い。


 * * * * * * *


 朝食後のお茶を楽しんでいると、頼んでいた馬車が来たと知らせてきた。

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