第122話 エールと猫の仔
男はザリバンス公使を見ると『ザリバンス公使だな、数日前に襲われた者だ。と言えば判るよな』と言った。
その事から顔は隠していたが、それは花蜜とゴールドマッシュを採取出来る冒険者、シンヤに間違いないと思われる。
その後手先に使っている商会の主三人を殺し、公使を痛めつけて自分を殺せと命じた者は誰かと暴力をもって問い詰めていた。
本国からの命令と知るや、命令書を強奪して消えたと書かれていた。
窓から侵入して僅かの間に騎士六名を切り伏せて、助けに来た警備の騎士を扉越しに殺す。
その後震えていた商会長三人を無残に殺すなど、悪逆非道極まりない男でした、と執事の証言が書かれていた。
「此れが本当なら、我が国も舐められたものだな。事実確認をして、事実ならウィランドール王国の警備態勢とその男の引き渡しを要求しろ!」
「陛下、公邸内の事に、彼の国に警備責任は有りません。それに侵入者の顔を見た者がいません。急報に書かれているのは顔を隠した男で、公使の顔を知っていた様だっただけです。公邸外の警備は彼の国の責任ですが、公邸は裕福な者達が住まう一角に建つもので、過剰な警備を要求するのは無理で御座います」
「その男の事は判っているのだな?」
「彼の城に潜ませた耳からの報告では、シンヤなるテイマーだそうで御座います」
「なら、腕利きの男達と飼っている冒険者達を送り込め。取り押さえて花蜜とゴールドマッシュの採取方法を聞き出させろ。それさえ聞き出せば、後は我等に手を出したことを後悔させてやれ」
* * * * * * *
コルサスの近くまでギラン達を送って行ったが、街の様子がおかしいと皆が言い出した。
街の出入り口には何時もより入場待ちの列が長く連なり、警備兵の数も尋常じゃないそうだ。
確かに街の警備にしては兵の数が多すぎる。
「アーマーバッファローがこっちへ来たんじゃないだろうな」
「いやいや、来ていたら冒険者を集めて放り出してから、門を閉めて高みの見物をしているさ」
「違いない」
「おい、あれって王家の伝令じゃないのか」
「ああ、王家の紋章の旗印に騎士が三名と護衛の冒険者多数。最近あまり見ないが間違いない」
「何かあったのかな?」
「ギルドに行けば何か判るさ」
「馬を替えるから、護衛の奴から何か聞けるだろう」
余り近寄りたい雰囲気じゃないので、此処でお別れをすることにした。
「じゃあな、腕を磨けよハンザ」
「ああ、色々と有り難うな」
「何処へ行くのか聞かないが、コルサスに来る事があったら声を掛けてくれ」
「一つ聞いて良いかラングス」
「なんだ」
「ミーちゃんて寝てばっかりで役に立つのか? 噂じゃ猫の仔とフォレストウルフを連れたって良く聞くけど、猫の仔が活躍した話しは聞いた事が無いんだけど」
「又何を言い出すのやら」
「いや、猫の仔は可愛いよ。可愛いだけで連れ歩いてるのかなって」
「あんた達が食った、レッドチキンやチキチキバードはミーちゃんが狩ってきた物だぞ。みーちゃんは食料調達と裏仕事が専門なのさ」
「ミーちゃん、ごちそうさまでした! チキチキバードやレッドチキンなんて初めて食ったよ」
「ああ、あんなに美味けりゃ高値が付くはずだぜ」
「有り難うな、ミーちゃん」
美味い鳥の提供者がミーちゃんと知って、皆がミーちゃんを見る目が変わった様な気がする。
だけどミーちゃんはゴールドマッシュを見つける名人で、もっともっと稼ぐんだぞとは教えない。
* * * * * * *
「陛下、ウィランドール王国に送り込んでいる商会の使用人達多数の、行方が判らないそうです。公邸で死んだ商会長の使用人も含めると、30名近い人数と連絡が取れないそうです。公使の執事だった男の推測では、彼等を使ってシンヤなる冒険者を襲わせたので、返り討ちにあったのではないかと」
「もっと真面な報告は無いのか」
「それが、彼の城には何の動きもなく平穏そのものだそうです。街の者や冒険者達は我々の公邸が襲撃された事を知らない様子だとか」
「送り込む者達の選抜は終わったのか?」
「既に向かわせておりますが」
「が、とは何じゃ」
「王都ラングスに住まいがある冒険者とはいえ、滅多につかまらないそうです。ラングスに到着すれば、公邸の警備要員として待機させる手筈になっております」
* * * * * * *
旅はさくさく進み、国境の町ヴェルナスに到着したのはコルサスを経ってから8日目。
コルサスでの警戒を見て途中の街を遠くから観察したが、何れも警戒態勢厳重で益々街に入るのが躊躇われた。
ウィランドール王国で何か起きている様だが、俺には関係ないのでウルファング王国に潜入する準備をする。
荒野を馬車で七日の距離とは、中々のハードモードだが気にせず行こう。
日暮れを待って国境へ向かって走る。
便利な夜目を使って馬車道を走るが、夜明け前には周辺に丈の高い草が無くなり遠くまで見通せる状態になった。
陽が昇り始めると野営用結界に潜り込んで一寝入りして、のんびりと夕暮れを待って走り始める。
餌の少ない荒野なので野獣の数も少ないが、出会えば支配を使って《散れ!》と命じて素通りする。
こんな時は、ティナのうっかりさんに大感謝。
国境、石柱が轍を挟んで立っているだけで見渡す限り砂漠じゃなくて土漠、所々草が生えているがこんな所に町は作れないと納得。
どっちの国も欲しがらない場所で、国境の町ヴェルナスがあんな所に在るはずだよ。
パスポート持って通関し、隣の国へ足を踏み入れてこんにちわって楽しみが吹っ飛んだ。
ウルファング王国ペイデンの町、此処から王都デュランディス迄30数日だが、この調子だと十日前後で到着できそうな予感。
だが昼間街道沿いの草原や森を走りながら大チョンボに気付いた。
ミーちゃんは良いが、RとLは小さくても目立ちすぎる、
テイマーが二種三頭も従えているのは驚かれるのに連れてきてしまった。
解放しようかと悩んだが、『お待ちしています』の言葉に次の大きな街ソマルスで森に向かい、落ち合う場所を決めて待っていてもらう事にした。
ソマルスから隣の大きな街イリアンを目指す、ウィランドール王国で手に入れた地図は王国内はある程度詳しく書かれているが、他国領は街道名と其の先に国名と王都の名が記されているだけの物。
街に着く度に次の大きな街は何かと調べるのは面倒極まりないが、冒険者ギルドに寄り、地図を眺めてエールを一杯飲みたい気分。
商業ギルドで地図を手に入れたいが、極力俺の足跡は残したくないので我慢する。
遠目に見たソマルスも此処イリアンも街の出入り口はのんびりしたもので、ウィランドールの様に厳重じゃない。
ちょっと違うのは冒険者以外にも獣人族の姿が目に付く。
前の冒険者パーティーの後に続き、ギルドカードを見せて難なく通過し、彼等の後を付いていく。
冒険者ギルドは、何処の街も狩り場に近い出入り口から入ると一本道でそう歩かずに済む。
冒険者ギルドの看板が見えた時、前を歩くパーティーの一人がひょいと振り返った。
「兄さんは一人かい?」
「一人って言うか相棒はいますよ」
そう返事をして背負子をコンコンと叩くと、ミーちゃんが肩に乗ってくる。
「テイマーか、ちっこい猫の仔一匹じゃ稼ぎは少なそうだな」
その声にもう一人が振り向き俺をジロジロ見て「そうでもなさそうだぞ」と口にして、ニヤリと笑う。
このおっさん見る目がありそうだ。
「なんでぇ、どう言う意味だ」
「其奴の着ている服をよく見ろよ。俺達より稼ぎが良さそうだぞ」
「何なに、そんなに稼いでいる奴がいるのか?」
「ほうー、高ランク冒険者でもこんな良い物は着てないな」
「ブーツもお高そうだ」
「真面目に働けばあんた達も買えるさ」
「かー、言ってくれるぜ。その日暮らしの、しがない冒険者には無理だな」
「その猫が稼いでくれるのか」
「よく見ろと言っただろう。猫には違いないが、そいつはファングキャットだぞ」
やっぱり、このおっさんは目利きだな。
「ファングキャットをテイムしている奴は初めて見るが、働き具合はどうだ」
「良いですよ。チキチキバードやスプリントバードにレッドチキン等を良く狩ってくれますからね」
「そいつは羨ましいな。チキチキバード一羽で50,000ダーラを越えるんだろう」
「平均55,000ダーラですね」
ギルドに入ると彼等は解体場へ行ったので、俺は取り敢えずエールを飲む為にカウンターへ。
ちょっと混んでいるが最後尾に並んで待っていると、俺の襟首を掴んでぶら下げた奴がいる。
「おい、猫がエールを飲む気か? 後ろへ行け!」
怒声と共に、俺をぶら下げたまま回れ右をしてポイと捨てやがった。
振り向くと剛毛に包まれたぶっとい腕を組み、にやにやと笑いながら俺を見下ろしているおっさん。
ケモ耳は尖っているので熊ちゃんじゃなさそう。
「何だ、此処はオークの来る場所じゃねえぞ。解体場へ放り込んでやろうか」
列に並んでいた奴やカウンター近くに座って入る奴等が吹き出している。
「おい、剛力のドーザに喧嘩を売ったぞ」
「なりは小さいが肝っ玉は大きい様だな」
「だが、相手が悪すぎる」
「小僧、舐めた口を利いた事を後悔させてやるぞ」
汚い唾を飛ばしながら掴み掛かってきたので、指を掴んで捻り掌を上に向けながら足払い。
〈トッ、トットト〉何て言いながら見事にひっくり返り〈ドーン〉と食堂を揺るがす音を立てる。
〈ウオー〉
〈やっちまったぜ〉
〈此れであの小僧は死んだな〉
〈あの巨体をひっくり返すか〉
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