第114話 強襲
「治癒魔法は使える様になったの」
「今のところ怪我なら相応に治せます。切り傷は重症でも治せますし骨折も重症と看做されるものも大丈夫です。但し病人を治した経験は有りませんが治せるでしょう」
「病人の治療は教えないの?」
「俺の周囲に病人はいませんし、ちょっと状況が変わりましたので」
「状況がかわったとは?」
「ご隠居様、長く此処に居るとお身体に触りますよ」
邪魔だから出て行けと言われて仏頂面に青筋を浮かべているが、ミレーネ様がセバンスを呼んで自室へお連れするようにと命じている。
子爵に叙せられ正式な当主のミレーネ様の言葉には、糞親父も逆らえずに部屋を出ていく。
「急ぎブライトン様にお会いしたいことが有ります」
「此の屋敷にも護衛を付けてくれましたが、それに関する事ですか」
見知らぬ騎士達が居るが、子爵になったから雇った護衛じゃないのか。
「それは献上品に関係しますか」
「ええ、あの国の者が、あれを求めて王都を彷徨っているそうよ」
「その事でお会いしたいのです」
「お城の南門へ行き、貴方の身分証を示してブライトン様に面会を求めれば会えますよ。馬車を用意させるのでお待ちなさい」
戻って来たセバンスに馬車の用意を命じている。
ルシアンが居心地悪そうに座っているので、ミーナを手招きしてルシアンを紹介しておく。
「暇な時はミーナと遊んであげてね」
カチコチなルシアンが必死で頷いていておかしいが、此処で笑うと後で影響しそうなので我慢する。
「フェリエンス嬢の所で、バルロットって方が魔法の事を色々と知りたがっていたのですが、どうせルシアンの所にも顔を出すでしょう。身分や地位を笠に着て無理強いする輩は近づけないで下さいね」
「無理強いをしなければ良いの?」
「万人が知る様な事しか教えていませんし、私はその程度の知識しか持っていません。一番心配なのはご隠居様なので宜しくお願いします」
「ルシアンには近づかせないので安心なさい」
馬車の用意が出来たとセバンスに呼ばれ、ルシアンとお別れする。
セバンスにRとLにミーちゃんを預かってもらい馬車に乗る。
* * * * * * *
貴族用の馬車が到着したので不思議そうな衛兵に身分証を示し、急ぎブライトン宰相閣下にお報せしなければならない事があると告げた。
身分証と俺をじっくりと見てから案内係の者を呼んでくれたが、若い俺が、何故王妃様の身分証を持っているのか理解出来ない様な顔だ。
以前来たことのある部屋に到着すると、案内係の男が扉の脇に控える男に何事かを告げてから部屋を出ていく。
今日も多くの者が待っていて好奇の目を向けられるが、座る間もなく呼ばれて部屋に入る。
「何か問題でも起きたかね」
「昨日、王都の外でウルファング王国の者達に襲われました。30人ほど捕らえているので、必要ならお渡ししようかと思いまして」
「30人も捕らえたのかね?」
「ウルファング王国公使の配下三人を含む数です。此れが彼等が所持していた身分証です」
そう言って傍らの補佐官に身分証を渡すと、一枚一枚確認し「ウルファング王国公使配下達の、身分証に間違い有りません」と宰相に伝える。
ブライトン宰相は補佐官から身分証を受け取り眺めていたが「暫く待ってくれ」と言って執務室から出て行ってしまった。
長らく待たされて、戻って来た時には豪奢な身形の男と騎士達も一緒だった。
立つべきかなと思ったが、宰相が何も言わないので素知らぬ振りを決め込む。
俺の前に男が座り、宰相は背後に立ち座る素振りがない。
「ウルファング王国公使の配下三名を含む30名を引き渡すそうだが、何故殺さなかった?」
「ウルファング王国公使の館で騒ぎが起きますので、見なかった事にして欲しくて参上しました。出来れば公使邸の見取り図と公使の人相を教えて貰えれば・・・」
「蜂に頼めば良いのではないのか」
「自由に扱えるのならそうしますが、そうなれば邸宅周辺を含む一帯に死人が溢れることになります。俺一人なら静かに・・・多少手荒くなりますが犠牲は少なくて済みます。その危険性は、宰相閣下がよく御存知だと思います」
「良かろう、手配してやれ」
宰相が頭を下げているので、お目こぼしOKなのね。
「神々の加護を持つとはいえ、ウルフ二頭で闘えるのか?」
やはり鑑定された結果を知っているのか。
どの程度判ったのか、聞いても答えて貰えそうもないが俺を問い質す気も無さそうだ。
「ウルフは屋内戦闘には不向きなので、俺一人で行きます」
そう答えると頷き、黙って立ち上がると部屋を出ていきブライトン宰相が替わって座る。
「引き渡しは何時が良いかな」
「用意が出来次第、何時でも」
そう答えると、傍らの補佐官に護送の手配を命じている。
引き渡しは明日、タンザス街道を北へ小一時間行った所で待つことになり、ウルファング王国公使公邸襲撃はその翌日の夜と決めた。
* * * * * * *
早朝の混雑が収まった王都出入り口、北門から出て行く騎馬の軍勢はその数数十騎、少し遅れて貴族の使用人用の馬車が三々五々街を出ていく。
「隊長、フードを被った男が一人立っています」
「うむ、誰も何も質問をするなよ。決められたとおり静かに行動する様に徹底させろ」
粛々とやって来た騎馬隊の男が敬礼をしたので、草原に誘導して歩き、野営用結界の所まで案内する。
フードを被った男が手を上げたので止まると、大石の中に男が消えると石が消滅して手足を縛られた男達の姿が現れた。
縛られた男達を貴族の使用人用馬車に乗せて街道に向かうと、男は片手をあげると背を向けて歩き出した。
縛られていた男達は身形の良い者から、冒険者用の服を着ているが明らかに街に住まう者の様な者まで様々だ。
疑問も質問も禁じられていて彼等を騎士団の訓練場まで運べば、後は忘れろと言われているので誰も一言も発しない。
* * * * * * *
「ルシアン、そんなに畏まらなくても良いわ。今日から此の屋敷に住んで貰うけれど、治療依頼の無いときはミーナの遊び相手のつもりでいなさい。ハンナが王都を嫌がり、ホルムに帰ってしまって困っていたのよ」
「はい、奥様、宜しくお願い致します」
ぴょこんと立ち上がり、深々と頭を下げるルシアンにミーナがブルーを抱いて近寄る。
ブルーもシンヤから《仲良くして》と言われているので甘えた声で鳴く。
「それと私の事は奥様でなく、ミレーネと呼んでね」
メイド長を呼び、ルシアンの部屋を用意する様に命じると、セバンスに仕立屋を呼ぶ様に命じる。
「ルシアン、貴女の立場はセバンスの下、メイド長と同格ですので気楽にしていれば良いわ。先程此処に居たのは父ですが隠居していますので、何を言っても無視してくれて結構よ。と言うよりも、貴女に何かを言ってきたら私かセバンスに全て報告してね」
思ってもいなかった言葉に〈へっ〉と声が出るルシアン。
「もう一つ、貴女がシンヤから魔法を教わったのは多くの者が知ることになります。その為に色々と質問されたりもしますが、話したくないことは話さなくていいわよ」
そうだった、此処へ来る前シンヤ様が言っていた事、魔法の事を聞かれたら魔力操作や詠唱の事を話せば良いって言ってた。
但し、魔力を少なく使う方法や魔力を増やして使う方法とかは、信頼出来る人にしか話すなって。
それと治癒魔法の詳しい訓練も、ひたすら獣を治療して鍛えたって言う約束だ。
ミレーネ様はシンヤ様が信頼している御方だが、聞かれない限り魔法の事は話さない方が良いとも言っていた。
* * * * * * *
ミーちゃんだけをお供に、質素な外観の馬車に乗り夜の王都を進む。
馬車が止まり、短い旅が終わった合図のノックの音が聞こえたので、静かに馬車から降りる。
ミーちゃんも素速く俺の肩から降りると暗がりに潜り込む。
馬車が止まった先を左に曲がり三件目の建物がウルファング王国公使公邸だが、周囲からの視線が痛い。
灯りの灯った窓に人影が無いので、暗がりからショーの開幕を待っているのだろう。
王家も相当人を送り込んだ様だが、騒ぎが起きると知っていれば俺でも見物に行くので、帰れとも言えない。
まっ、俺の戦闘力の確認だろうから、少しは見せてやるよ。
一国の公邸だけあって周囲を圧倒する大きさで、建物の周りに高い塀を巡らせている。
フードヨシ! 手袋ヨシ! マスクヨシ!
《ミーちゃん、その隣の部屋だよ》
先行して潜り込んだミーちゃんが、室内の確認をしているが目的の部屋と違う。
俺の指示に二階を巡る張り出しの上をトコトコ歩き、目的の部屋の中を覗いている。
《マスター七人と六人居ます》
公使を含む護衛以外にもいる様だが遠慮する必要はない、魔鋼鉄製の短槍を取り出して準備完了。
さぁ、ショータイムだ。
軽く助走して塀の上へジャンプし、そのままミーちゃんが確認した部屋へ飛び込む。
幾ら完全武装とはいえ目は無防備なので、腕で目を防護して飛び込んだので着地が難しかったが、前転して立ち上がる。
派手な窓の破壊音とともに飛び込んで来た俺を、敵と認識するのが遅れたのか誰も動いていない。
室内を見回し、立派なソファーにふんぞり返っている男の一人が、見せてもらった似顔絵そっくりなのでザリバンス公使に間違いないだろう。
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