第97話 書状の束
ミーナがブルーとお出掛けする先は、王都貴族学院のお友達の家で勝手気儘に遊ばせる訳にはいかないとの事だ。
考えていたお散歩用ハーネスを教える事にして、細い紐を用意してもらって裁縫の得意な使用人に作らせる事にする。
用意された紐と使用人の前にブルーを呼び、膝の上に立たせて紐を身体に合わせながら記憶を頼りにハーネス作りだ。
胸当ての輪の両側に少し大きめの輪を作りそれぞれ足を通して背で絞れる様にする、それに長い紐を付ければ良いだけなので、作るのは俺じゃないけど簡単。
出来上がったハーネスをブルーに付けてミーナを呼ぶ。
ブルーにはハーネスを付けたときはミーナの前を歩く様に指示して、ミーナと歩く練習だ。
ミーナが手綱を軽く握り、引いたりツンツンして左右に曲がる指示を出したり止まる練習。
《ブルー、ミーナと仲良くやっているか?》
《はい、とっても大事にしてくれますし、ご飯も美味しいです》
《外には行きたくならない?》
《ここなら餌も有るし、ふかふかの寝床も有るので快適です》
練習の合間に尋ねて見たが、満足している様で一安心。
「綺麗な紐で作り直せば、お友達の家に連れて行っても恥ずかしくないでしょう」
「シンヤ、ありがとう」
「どういたしまして。ブルーと仲良くしてね」
嬉しそうにブルーを抱いて頷くが、家の中には友達も兄弟も居ないので、ブルーが友達なので言わずもかな。
* * * * * * *
ミレーネ様の話を聞いて心配になり急いで家へ帰ったが、誰も帰ってなく来客もなしで一安心。
暇なので集めた書状を確認してみると、花蜜関係が7通にゴールドマッシュが14通、両方の物が8通の29通。
のり付けをして元に戻して、見なかった事にしておく。
相手は公爵から子爵までと商家と思われる物も多数、内容は採取依頼と買い取りの打診で、高圧的な物から低姿勢なものまで様々。
断る為に訪ねて行くのは面倒なので、相手が来るまで放置することにした。
陽が落ちる頃に皆が帰ってきたがご機嫌で、酒も少し入っていた。
聞けば王都冒険者ギルドで振り込み確認後、お買い物の為の金を引き出して冒険者御用達の店で武器や服の新調をしたと。
その後は吊るしの服を買いに行ったそうだ。
昼は王都の小洒落た店でお食事と洒落込み、完全なお上りさん状態らしい。
買ってきた食料で宴会が始まったので、在庫の酒を提供して酔い潰そうとしたが、リンナとエイナを誤魔化すことが出来なかった。
朝に着ていた上等な街着の事を、根掘り葉掘り聞かれてギブアップ。
ミレーネ様と糞親父にミーナの事は話したが、詳しい内容はぼかして教えない。
白状しろとの責めには、貴族や王家に関わる事で知ればその身に危険が及ぶと脅しておく。
但し俺が着ていた街着が、18,000,000ダーラ近いお値段と聞いて完全にしらけてしまった。
ホーキンやフェルザン達に案内させてのお買い物は五日で終わったが、その後は俺が良く行く食堂やレストランにカフェ巡りとなった。
ホーキンをリーダーとする大地の炎は、魔法使いが二人居るので共同攻撃の訓練がてら、王都の外で野営をすることになり出て行った。
そう言って家を出たが、面倒事を俺に押しつけて逃げたのが本音の様だ。
まっ、金のあるうちに訓練に励むのは良いことなので、手持ちの食料を提供しておく。
王都に来て2週間もすると、オルク達男連中が飽きた様で帰る算段を始めた。
やれ此れで平和が訪れると安堵していたが、世間は俺に平穏な生活をさせる気がない様だった。
《マスター、ノックの音がしています》
ん、夕食後のまったりタイムなのに、聞こえてくるノッカーの音が段々大きくなっていく。
こりゃー、イラチンの叩き方だ。
しかも、俺がいるのを承知で叩いていると思われる。
「おい、客だぞ・・・出ないのか?」
「あの叩き方を聞いていると、出たら不幸が訪れそうな予感がするんですよ」
「違いない、堪え性のない叩き方は領民相手の騎士の様だぜ」
「街の借金取りも同じだぞ」
「出るまでゴンゴン叩くから、諦めて出ろよ」
渋々閂をを外してドアを開けると、厳つい顔の騎士が四人立っていた。
「シンヤだな、何故呼び出しに応じ無い!」
「呼び出しですか、何方からです?」
「貴様、書状を読んでいないのか! それとも読めないのか?」
「ダラス・コウエン子爵閣下だ!」
「ちょっと待って下さいね」
マジックポーチから書状の束を取り出して差出人を確認すると、花蜜とゴールドマッシュ双方をお望みの、欲張りの束から見つかった。
横柄な騎士達が書状の束を見て驚いているのは、それぞれの書状に貴族の紋章が見えたからだろう。
俺は紋章を見ても爵位が判らないし気にしていないが、騎士達には大問題の様だ。
目の前で書状を開封し、改めて内容を確かめる。
王都に帰り次第、花蜜とゴールドマッシュを持って当屋敷まで即刻参上せよ、と書かれている。
「確かに、俺が王都に帰り次第、ダラス・コウエン子爵様の所へ即刻参上せよと書かれていますねぇ~」
「であろう。何故来ない」
おっ、さっきの居丈高な様子が和らいだぞ。
もう少し骨を抜いてやるか。
「お言葉ですが、此れを御存知ですか」
騎士達の目の前に身分証を突きつけてやる。
「えっ・・・」
「それは・・・」
「何でそんな物を」
「ご存じの様ですね。子爵様ご要望の品は、さる御方を通じて王妃様に献上されています。王妃様にのみね、それ以外には誰にも渡していません。この意味をご理解いただけると思いますが、子爵様のご要望に応えれば、王家を蔑ろにする事になります。この事を子爵様にお伝えくださり、書状の内容に間違いないかご返答いただければ幸いです」
敬語の使い方は合っているかなと思いながら、身分証をマジックポーチに入れると書状を軽く振ってみせ、ゆっくりと一礼してドアを閉めた。
偉そうに言いやがって、下手な返事を寄越したら・・・どうしてくれようか。
ゆっくりと閉められたドアの奥で閂を掛ける音が〈ゴン〉と大きく響き、その音で硬直が解けた騎士達。
「どうする?」
「まさか王家の紋章入り身分証だぞ」
「それより奴の言った事だ。あれが本当ならえらい事になるぞ」
「急いで子爵様にお報せしなければ」
ドタドタと駆けだし、表に待つ騎士達に説明もせずに馬に乗ると、子爵邸へ向けて駆け出した。
* * * * * * *
四騎だけが駆け戻ってくると、執事の下へ報告に走る。
「騒々しい。何をそんなに慌てているのですか」
「ツベルト殿、急ぎ子爵様にお取り次ぎを頼みます」
「あの男、王妃様の身分証を持っていましたぞ!」
「しかも、紋章が金色に縁取られた物で、初めて見る物でした」
「王家の紋章で金色に縁取られただと、間違いないでしょうな!」
「我等四人が見ていますので、間違い有りません!」
「ついて来て下さい。子爵様に直接説明をお願いします」
執事の後に続き、主の執務室に向かった。
執務室の前に立つ警備の騎士に頷き、開けられた扉から飛び込む様に子爵の前に進み出る。
「ご主人様、相手が悪う御座います!」
「何事だ、ツベルト」
「例の冒険者を迎えにやった騎士達が戻って来ましたが、不味い事になりそうです」
「ん、不味いとは何だ?」
「詳しくは騎士達が説明いたします」
執事が、連れて来た騎士達に頷く。
「子爵様のご命令通り、シンヤなる冒険者を迎えに行きましたところ、彼の男より王家の紋章入り身分証を見せられました。しかも、王家の紋章に金色の縁取りが付いた物です」
「待て! それは間違いあるまいな!」
「我等四人が見ております。話しに聞いていた、王家側近の者のみが持つ身分証だと思われる物で、無理強いは不味いと思い引き返してまいりました」
「その男が身分証を示して『子爵様ご要望の品は、去る御方を通じて王妃様に献上されています。王妃様にのみね、それ以外には誰にも渡していません』と言いました」
「それと『この意味をご理解いただけると思いますが、子爵様のご要望に応えれば、王家を蔑ろにする事になります』とも言っていました。我々はシンヤなる男を迎えに行ったのですが、彼の男が手にする子爵様の書状の内容を知りません。しかし、話の内容から急ぎお報せせねばならないと思い、駆け戻ってまいりました」
「その男が言った言葉に間違いはないな」
「間違い御座いません」
「我等四人が直接聞きました」
「ツベルト・・・不味いぞ。あの書状に何と書いた?」
「旦那様のお言葉通り〔王都に帰り次第、花蜜とゴールドマッシュを持って当屋敷まで即刻参上せよ〕と書きましたが・・・確かに花蜜なる物は王家のみに献上されています。ゴールドマッシュは極少量がたまに出回る程度で、晩餐会に使用するほどの量は聞いたことがありません。二つとも献上品となると、それを・・・」
「どうすれば良い、此の儘ではその男の言うとおり、王家を侮ったと思われてしまう。あの書状さえ無ければ、誰ぞあれを取り戻せる者は」
「旦那様、フォレストウルフ二頭を従える、噂の男相手ではちと無理が御座います」
「では、どうすれば良い。その男が我の事を王家に告げれば・・・」
「一つ方法が御座いますが」
「有るのか、申せ!」
「献上品とは知らず無体を申したと詫びて、その書状を返して貰いましょう」
「子爵たる我に、冒険者相手に頭を下げろと申すのか!」
「今はそんな事を言っている場合では御座いません。あの書状一枚でコウエン子爵家が消滅するかも知れないのです。詫びるのがお嫌なら買い上げましょう」
「買い上げる?」
「相手は冒険者です、金貨を少々握らせれば尻尾を振るでしょう」
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