第92話 嫌な記憶
頭が痛くなってきた。
俺が頭を抱えるのを見て、ニヤニヤしている男に尋ねる。
「此奴、頭は大丈夫か?」
「聞いたとおり、辺境一歩手前の領地のお坊ちゃまでよ」
「なる程、領民相手なら口にしたことは叶うと思っている馬鹿か」
「おっ、あんたも言うねぇ~」
「魔法使いの様だが、こんな馬鹿に付き合わないと食えないのか」
「いやいや、野獣討伐なんて汚れ仕事は、シティーボーイの俺には向かないだろう。此れでも金貨五枚と食事付きだぜ」
辺境一歩手前のシティーボーイか?
ますます厄介事の予感がする、それも二人分の様だ。
《マスター、バッファローの群れです》
《何頭居る?》
《五頭です。1が左に回りました》
《ミーちゃんもフーちゃん達もちょっと待って、新しく来た奴等にやらせるよ》
「お坊ちゃま、バッファローの群れの様だけど任せるからな」
「えっ・・・ど、何処だ?」
「そんな物が何処に居るんだよ?」
シティーボーイを気取るだけあって、冒険者としては素人だな。
下っ端を使って近場を巡り、魔法で討伐してランクアップした口かな。
仲間の冒険者が指差す方に目をこらして確認すると、攻撃準備を始める。
シティーボーイが一歩前に出るが、何もしようとしない。
「どうした、待っていても来てくれないぞ」
「此処からじゃ、攻撃しても届かねえよ。あんたのウルフでこっちへ追い立ててくれよ」
「自分で行け! それかお坊ちゃまに追い込んでもらえよ」
「親切心の欠片もないのかよ」
ぶつくさ言いながらバッファローの方へ歩き出したが、身を隠す事すらしないド素人。
兄貴と持ち上げる三下が、慌てて身を隠す様に言って先導する。
だが、バッファローの方が近づいて来る奴らが気に入らないのか進路を変えて突撃体制になる。
それを見たお坊ちゃまや仲間達が、魔法使いの背後に回り身を潜める。
結界魔法使いかと思ったが、攻撃しても届かないと言っていたので複数魔法使いかな。
〈兄貴! ぶつかります!〉
〈ヨシ! 早く殺れ! 殺らんか!〉
ぶつかり跳ね飛ばされる寸前に〈バリバリバリ・ドーン〉と落雷音が響き渡り、一頭のバッファローが角から煙を噴いて倒れた。
至近距離まで待っての雷撃魔法攻撃では、奴の攻撃範囲が判らない。
雷撃音と、仲間が倒れて驚いたバッファローの進行方向が変わり、俺の方へ向かって来る。
手の内は見せたくないが仕方がない、魔鋼鉄製の短槍を取り出すとフーちゃん達に手出しは無用と伝える。
それでもフーちゃん達はバッファローの左右に陣取り、俺から逃げたら追いたてる体勢になる。
軽くジャンプして先頭の奴に短槍を突き立てる瞬間〈ドーン〉〈ドーン〉と連続した爆発音が響いた。
俺には当たってないしバッファローも驚いただけで逃げ散ったが、黒焦げの死体が二つ。
やりやがったな!
ミーちゃんには姿を隠す様に命じ、黙って奴等が近づいて来るのを待つ。
その間に周辺に居るビーちゃん達を呼び寄せ、上空待機を命じる。
俺が何も出来ないと思ってか、ニヤニヤ笑いながら近づいて来るシティーボーイ気取り。
「討伐中に後ろからとは、やってくれるよな」
「バッファロー如きに、ウルフを使わなけりゃ討伐出来ないとは情けないぞ。此の程度の野獣なら、お前も一人で討伐してみろよ。噂とは大違いの情けなさだな」
「兄貴、上に蜂が集まってますぜ」
「おい! ヨシ、大丈夫なんだろうな」
「噂通りの様だな」
「俺の事を調べたのか」
「そりゃー、パシリに使う奴が役立たずじゃ、邪魔なだけだからな」
「シティーボーイにパシリか、どうやら日本人の様だな。しかも・・・チンピラ」
「なめた口を利くが、おめえも日本人か」
「お前の様なチンピラの巻き添えで、アマデウスの馬鹿に召喚されたのさ」
《ビーちゃん達、俺の前に居る奴等をやっちゃって》
《よっしゃー、マスターのお許しが出たぞ!》
《キーンだ!》
《突撃ー♪》
「兄貴! 蜂がぁー」
「ヒェー、お助けぇー」
《痛い!》
《何、此れ?》
《あーん、届かないよ~》
奴等の頭上でビーちゃん達が見えない壁にぶつかってパチパチ音を立てて弾かれている。
結界魔法を無詠唱で使うのか。
さっきの雷撃も、わざと攻撃を遅らせた様だ。
「無駄むだ、俺の結界を破った奴は一人もいない。ましてや蜂如きには無理な相談だな」
雷撃魔法に火魔法と結界魔法か、しかも無詠唱とは面倒な奴だ。
「魔法自慢は良いんだよ、ご自慢の結界魔法の強度を試してやろう」
魔鋼鉄の短槍を振りかぶり、踏み込むと同時に叩き付ける。
〈ドオォォォーン〉と轟音を響かせて耐えたが、奴の顔色が変わった。
やっぱりなぁ、この程度の結界よりフランのドームの方が硬いぞ。
短槍を持ち替えて投擲体制になり、全力で馬鹿に目掛けて投げつける。
俺の気迫と投げつける動作を見てしゃがみ込んだ奴の頭上を〈バシン〉と音を立て、短槍が結界を突き抜ける。
すかさずシティーボーイの襟首を掴み振り回して優しく地面に叩きつける。
《今だ!》
《それいけー♪》
《待てまて、此の男は駄目だよ》
《他は良いのね♪》
《それっ、早いものが刺しても良いのだー》
《キャッホーイ》
〈ギャー〉〈ヨシ! 助け・・・〉〈兄貴たす〉
あっと言う間にお仲間が静かになり、叩き付けられた痛みに呻いていた男も静かになったが、目の前が真っ赤になった。
火魔法か! と思い上空へジャンプ、足下には1m程の火球が浮かんでいる。
その横に奴の顔が見えるが、ジャンプした俺を見て目を見開いている。
そりゃそうだ、俺が全力で垂直に飛べば身長の約10倍は飛べるんだからな。
《ビーちゃん、其奴を一回刺してよ》
《お任せを》
返事が帰って来た瞬間に、地面に横たわる奴が頬を押さえて転げ回る。
着地と同時に奴の腕を捻ってうつ伏せに固定し、動けなくする。
一息ついたが、顔がピリピリして痛いので、初級の上ポーションを振り掛け顔を撫でまわしてまんべんなく塗り込む。
念の為に一本飲んで一安心、フードを被っていて良かったぜ。
「・・・お前は化け物か?」
「失礼な奴だな。シティーボーイ気取りだが、やることが泥臭いね」
「俺をどうする気だ!」
「ん、許されるとでも思っているのか? お仲間は皆死んだし、さみしがっているだろうから送ってやるよ」
「待て! 待ってくれ、俺があんたの舎弟になる。あんたの強さと俺の魔法を組み合わせれば、無敵のコンビが誕生だぜ。稼ぎは四分六・・・いや、七三で良いぜ。同じ日本人同士、気も合いそうだし、なっ」
「い~や、全然気が合わないのが、さっきの事でよ~く判ったからお断りだな」
「何でだよ、俺は役に立つぜ」
「お前を見ていると、召喚に巻き込んでくれたチンピラを思い出す。邪魔な奴や敵は殺せが此の世界の鉄則だ」
「助けてくれ、頼む。警察を呼んでくれ! お願いだ!」
「ざ~んねん! 此の世界に警察はいない!」
煩いので手足の骨を折り、顎を砕いて素っ裸にして立木に縛り付ける。
無詠唱で魔法を使うので、俺が見えない様に注意して縛ったが、野獣が湧いて出る方向だから楽しんでもらえるかな。
奴の左右にフーちゃん二頭を並べて、野獣を呼び寄せやすくしておく。
* * * * * * *
フーちゃん達が居ないと不便なので、フォレストウルフの群れに出会った時纏めて支配し、大きな個体二頭に名前を付ける。
1と2では呼び辛いし右と左もしっくりこない、ライトとレフトも気に入らずRとLに決定。
索敵は俺の方が上手いが、風に乗る匂いや音で敵の存在を知るのはフーちゃん達に任せる。
基本的な行動と闘いを教えるのに一週間近く掛かったが、人混みになれる為もあって村に戻る事にした。
しかし、防御線の所に行くと笑われた。
訳も判らず「何で笑うんだ!」ときつめに問いかけると「いや、すまん。お前顔がおかしいぞ」と言われて手鏡を見せられたが、前髪と眉毛がチリチリで短くなり焦げていて睫も殆ど無い。
ファイヤーボールに包まれたのを忘れていたが、改めて怒りが湧いてくる。
「お前の所へ、魔法使いを含むパーティーが行っただろう。奴等の腕はどうだ?」
「糞だよ。此れは魔法使いの不意打ちでやられたんだ」
「やられたって?」
「言ったとおりさ、不意打ち攻撃をされて死にかけたよ」
「なんでぇ、仲間割れをしていたのかよ」
「あ~ん、初めて見る奴等だぞ。それも俺の所へ来て僅かな間に攻撃して来やがった」
話していて思い出し、段々腹が立ってきた。
* * * * * * *
ダルワン村へ帰ると、すれ違う奴等が俺を見て吹き出したり指を指して笑いやがる。
正面切って笑ったり馬鹿にしてきた奴等には、殺気、王の威圧を俺の怒りを込めて叩き付ける。
序でに「気に入らなきゃ何時でも勝負しようぜ」と凄んでおく。
模擬戦なんてかったるいことはしない、生死を賭けての勝負だ。
村長の家へ行くと、多数の冒険者が居て一斉に俺を見てくる。
そいつ等を睨み付けて室内を見回し、サブマスの所へ行き尻を蹴り上げる。
「何をしやがる!」
「それは俺の台詞だ! よくも屑共を俺の所へ送り込んだな。この落とし前はつけて貰うぞ」
王の威圧じゃない、本気の殺気をサブマスに叩き付けて、何故屑共を送り込んだのか詰問する。
「ちょっと待て、訳を話せ! それとその髪と眉はどうした?」
「己が送り込んできた奴等の一人、魔法使いから不意打ちを食らったんだ。魔法防御の服を着ていなかったら、丸焼けになる所だったんだぞ」
呼び寄せていたビーちゃん達を、村長の家の中へ呼び込むと威嚇飛行をお願いする。
室内に飛び込んで来たキラービーを見て、伏せる者部屋を飛び出す者と大騒ぎになった。
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