第89話 またかよ
クルゾンの後ろの奴等が面白そうな顔で俺を見て品定めをしているが、膝の上で寛ぐミーちゃんを見て笑っている。
この間、此処で大盤振る舞いをしたが、その時には居なかったのだろう舐めきった態度だ。
「ならお前がそいつ等の仲間に加われよ。俺達も七人で相手をしてやるぞ」
「ディルソンの兄貴! 其奴は不味いっ・・・」
「なんでぇー、俺の方が弱いってのかよ!」
兄貴と呼んだ男に凄まれて黙り込んだクルゾン。
「おい、模擬戦をやるのでギルマスを呼んで来い」
顎をしゃくって配下の男に命令しているのを見て、ちょいと揶揄ってやることにした。
肝心なゲラント達を抜きにして話が進むので、何か言いたそうな顔だがテーブルの下で足を蹴り黙らせる。
ゲラント達を見て薄ら笑いを浮かべる俺を見て不安そうなクルゾンだが、事は奴の手を離れていて口を挟める状況じゃない。
「誰が模擬戦をするんだ」
「俺達七人と奴等だ」
「ギルマス、一人ずつの模擬戦は面倒なので一気にやりたいな。駄目なら模擬戦はやらないよ」
「ん、お前も模擬戦をするのか?」
「おいおい、今更条件を変えて逃げる気かよ」
「7対11の模擬戦だぞ、そっちが有利なのに逃げるって、笑っちゃうね。俺は常に実戦を想定して訓練しているので、総当たりは実戦練習に丁度良いだろう。恐けりゃ逃げても良いよ」
エールのジョッキを掲げて笑ってやる。
チンピラが挑発に弱いのは何処の世界も同じの様で、直ぐに頭に血を上らせて喚きだした。
「糞ガキが! 血反吐を吐いても許さねえぞ」
「兄貴、やってやりましょうや。泣きを入れても許さねぇぞ!」
「シンヤさん、無理ですよ。分が悪すぎます」
「幾らシンヤさんが強くても、これじゃ勝ち目がねえょ」
「まあまあ、俺が先頭で相手をするから大丈夫だよ。万が一俺が負けたら直ぐに降参すれば良いのさ」
〈おいおい、7対11で総力戦だとよ〉
〈そんな模擬戦聞いたことがないぞ〉
〈それは流石にギルマスも許さないだろう〉
〈上手い逃げ口だな〉
ギルマスが俺の顔を見てニヤリと笑うと、兄貴と呼ばれた男を挑発している。
「お前達、奴は強いけど勝つつもりか? 今のうちに頭を下げておけ」
「ギルマス、馬鹿にしてないか。乱戦は俺達が得意とするところだぜ。そんな素人同然の奴等に負けると思っているのか」
〈マジかよ〉
〈本当にやらせる気か!〉
〈おい、どっちに賭ける〉
〈奴が強いのは稼ぎから間違いないが〉
〈対人戦で、しかも複数だからな〉
〈幾ら強くても、一斉に襲われたら勝ち目はねえよ〉
稼ぎから戻ってきた者達も含めて食堂が大騒ぎになり、何方に賭けるかで喧嘩が始まり、ギルマスが一喝する一幕も。
それぞれの得物を手に訓練場で向き合うが、奴等は横一列だが俺達は俺が王都の酔いどれ達の前に立つ。
10m程の距離を挟んで向かい合い〈始め!〉の合図で俺が飛び出すとゲラント達は後ろに下がり、俺の勝敗を見定める予定。
しかし、始めの合図と共に飛び出した俺は、軽く三歩で兄貴と呼ばれた男に肘打ち気味の体当たり。
同時に、短槍代わりの棍を兄貴の隣に立つ男に叩き付けておく。
吹き飛んだ兄貴の位置に立つと、太くて固い棍を使い反対側に居た三人を纏めて叩き潰す。
〈うおぉーぉぉぉ。一瞬で五人だぞ〉
〈何をしている! 金返せー腰抜け野郎〉
呆気にとられて見ていた奴等が、見物席からの怒声で目覚めたのか動き出したが手遅れだよ。
彼等の背後に回り、棒立ちの奴の股間を蹴り上げて悶絶させる。
何が起きているのか理解出来ず、怒声を浴びて動き出したが俺を見失っている。
二人ほど股間攻撃の餌食となり、泡を吹き白目になって崩れ落ちる。
慌てる奴等の中にクルゾンを発見、肩を掴み回れ右をさせると金的に前蹴りを一発お見舞い。
くの字になったクルゾンの襟首を掴むと、隣りの奴に叩き付けてから放り投げる。
呆然と立ち尽くす、最後の一人の前に立つと往復ビンタを五連発。
〈何だよあれは!〉
〈無茶苦茶強いじゃねえか〉
〈何だ、お前は知らなかったのか〉
〈彼奴はタンザの強制招集の時に、大物を狩りまくって大儲けしたって話だぞ〉
〈あの時はたらふく飲み食いさせて貰ったな〉
〈強くて稼ぎが良くて太っ腹ときたら、惚れるよな〉
〈抱かれたい男ナンバー1だな〉
〈俺も、奴になら抱かれてもいいわぁ~〉
〈止めろ! 想像しただけで反吐が出そうだぜ〉
「ギルマス、終わったよ」
「おっ・・・おう。対人戦の訓練を受けているのか」
「こんな木偶相手になら、訓練なんて必要無いですよ」
「シンヤさん凄いですね」
「あっと言う間に終わりましたねぇ」
「見てろって言われて見ていただけでしたが、あっけないですね」
「相手が弱すぎるんだよ。皆も訓練を怠らなかったら彼奴ら程度になら負けないと思うよ」
威圧も眼光も必要無いほど弱い相手だったので、訓練次第だと言っておく。
棍をしまってミーちゃんを肩に冒険者ギルドを後に家に帰る。
* * * * * * *
模擬戦から十日程して再びハニービーの巣へ向かうと、今度はホーンボア二頭と出会ったが、此の二頭が大きくて見逃せないので討伐しておく。
ハニービー達を呼び、花蜜の採取をお願いしてその日は巣のある木の上で一日のんびりとすごす。
浅い大鍋に細い枝を井桁に組んで置いておいたので、ハニービー達も止まりやすいのかたっぷりと蜜を集めてくれた。
二日で中瓶七本分程の収穫に大満足、ハニービーとママにお礼を言って王都に戻る。
翌日薬師ギルドへ出向き。蒸留水用の中瓶を30本仕入れて帰り、花蜜の瓶詰め作業に没頭する。
手持ちの花蜜も合わせると13本、ゴールドマッシュを挽き臼で粉末にした物も瓶詰め作業をする。
此方は薬草袋に保管している物も全て粉にして瓶詰めしたので、21本も出来てしまった。
お陰で蜂蜜を詰める為の瓶が無くなり、一時中断だが寸胴で一杯半近く有るので瓶詰めをすると大変な数になりそうだ。
* * * * * * *
春も過ぎ、のんびり王都の生活を満喫しているのに、ミーちゃんが来客を告げる。
覗き穴から見れば、王都冒険者ギルドのサブマスじゃないの。
いや~な予感がするが、向こうも俺の気配を察したのかドアの中を見透かす様な目付きに変わる。
「惰眠を貪っているのですが、サブマスが一介の冒険者に何の用ですか?」
「すまんが、ハインツへ行ってくれないか。強制依頼と思ってくれ」
「タンザでたっぷり稼いだので、冒険者稼業は当分お休みなんですが」
「仕方がない。強制招集を発するので、ハインツへ行ってくれ」
「又ですか」
「うむ、王都に近いので強制依頼をしているのだが、実力の有るパーティーは簡単には捕まらないのでな。タンザ程ではないが、相当数の野獣が湧いているそうなんだ」
冒険者を辞めても良いが、そうなると此の国を捨てるときに身分証が無くなるし、二度と冒険者登録が出来ない。
商業ギルドの身分証が何処まで通用するのかも不明なので、仕方がないか。
「判りました、ハインツのギルドに顔を出せば良いんですね」
「明日の早朝、ギルドに来てくれ。第一陣として送り込む奴等と一緒に行って貰うから」
それだけ言うと、サブマスは待たせていたギルドの馬車に乗ってさっさと帰ってしまった。
* * * * * * *
夜明けを待って冒険者ギルドへ行くと、入り口で冒険者カードの提示を求められて、カードを見せると会議室へ行けと階段を指差す。
広い会議室には既に多数の冒険者達が待機していて、部屋に入ると一斉に値踏みの視線に晒される。
空いている椅子に座ろうとすると「お前一人か? ランクの低い者は後ろの壁際に立ってろ!」と優しいお言葉。
面倒なので、ゴールドカードをそいつに向けて振って見せる。
「お前、強制招集で集められる奴を相手に意気がると、怪我をするぞ」
「何だ、てめえは!」
「お前も呼ばれたのなら、タンザにも行ったんだろう。奴を知らないとは不思議だな」
「ギルドには滅多に来なかったし、獲物を放り出したら直ぐに消えていたから知らないんだろう」
「タンザって何だ?」
「まさか、強制招集に応じるのは初めてなのか?」
「それがどうした!」
「低ランクは黙って後ろの壁際に立ってろって話だ」
「お前が言った様にな。ようやくDランクになった様な奴は、意気がるなって話だ」
「怪我をしたくなかったら、ハインツに行ったら壁際を歩けよ」
周囲から揶揄われていると知り、椅子を蹴立てて立ち上がると部屋を出ていこうとしたが、直ぐに追い打ちの声が掛かる。
「忘れたのか、強制招集に応じ無ければ冒険者資格剥奪だぞ」
「二度と登録は出来ないので、よ~く覚えておけ」
「お仲間は、お前と意見が違うようだな」
「消えろ、消えろ。お前の様な奴は俺達の足を引っ張るだけだからな」
「何を騒いでいる!」
ギルマスの登場だが、一人出口に向かって立つ男を見て「座れ!」とドスの利いた声で命じる。
ギルマスの後で数組のパーティーが入って来た所で説明が始まった。
ハインツの西、二日の距離にあるダラワン村からの報告で、ハインツのギルドが確認した。
タンザ程ではないと思われるが、タンザの例もあるので周辺のギルドにも招集が掛かったとの事。
一度ハインツのギルドに寄り詳しい話を聞いてから、示された場所の配置に着いてくれと言われた。
各自旅費の銀貨九枚を貰うと、気の合う者同士で王都を出ていくようだ。
集められた者達を、纏めて送り込む手筈が出来ていると思っていたのに当て外れ。
「さっきは仲間が済みませんでした。何とかDランクになれて舞い上がっているんです」
「別に良いけどな。あんなのを仲間にしておくと、巻き添えで死ぬぞ」
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