第80話 エルドラ

 「ゴブラン、何故冒険者が居て、こんな事になっているのか話せ!」


 ふむ、伯爵の息子らしいが冷静沈着で人の話も聞ける様だな。

 ビーちゃん達を呼ぶのを中止しして、様子をみることにする。

 しかし、執事のゴブリンがしどろもどろで説明にならないので、俺が最初から現在の状況に至るまでの説明をしてやる。


 「それを信じろと?」


 「信じる信じないはそちらの勝手だが、執事は生きているし此の部屋の護衛達も話を聞いている。デオルス伯爵の死亡報告をしなければならないだろう。だから伯爵の死亡を王都に報告しろと命じていたところだ」


 「お前が、リリアンジュ王妃様の身分証を持っていると言うのは、間違い有るまいな?」


 「そこのゴブリンに渡して伯爵に見せろと言ったので、その辺に転がっている筈だ」


 「ゴブラン、彼の身分証は何処だ?」


 問われてゴブリンがテーブルのあったあたりをあたふたと探し、伯爵の足下から拾い上げて男に手渡す。

 受け取った身分証をマジマジと見つめ、掌に載せると指を置き何事か呟く。

 あ~ら不思議、王家の紋章が浮かび上がった。

 流石は魔法の世界、偽造防止なのだろうがハイテクだねぇ。

 浮かび上がった紋章を見て男の態度が改まり、俺に向かって一礼する。


 「シンヤ殿、父の失礼をお詫びいたします」


 「少しは話が判る様だな」


 「お話しのとおりなら父の不手際であり、お詫びの申しようも御座いません」


 そう言うと、頭を下げ俺の身分証を両手で持って差し出した。


 「不手際では済まない話だが、王国とギルドの取り決めを無視してまで、何故俺達を配下に加えようとしたのか聞きたい」


 「多分この領地を与えられたからでしょう。以前の領地は王都より東へ十日、そこから北へ四日ほど行ったヘイランズ領コルタナの街で、本街道からも外れた寂れた領地でした。此のフローランス領タンザの街への領地替えを命じられたときに、ドラゴンを王家に献上する夢を語っていました」


 おいおい、何か嫌なワードが出てきたぞ。


 「つまり、冒険者達を集めてドラゴン討伐でもさせる気だったのか?」


 「このタンザへの領地替えを命じられてからは、王家に献上すれば覚え目出度く陞爵や裕福な領地を夢見て何かと話していましたので」


 「何か他人事に聞こえるんだが」


 「私は当家の次男でして、兄の補佐を命じられています」


 「此の家の責任者ではないと?」


 「兄は街の視察に出掛けておりまして・・・」


 この非常時に街の視察と言い淀むってのは・・・そう言う事ね。


 「フラン、疲れるだろう。立ちなよ」


 「・・・殺しちゃったんですか。今度こそ犯罪奴隷確実じゃないですか」


 「それはどうかな。お前・・・」


 「ヘインズ・デオルス伯爵が次男、エルドラ・デオルスと申します」


 「視察中の兄とは嫡男か?」


 「はい、シェルカ・デオルスと申しますが・・・」


 「お遊びが好きで、あまり屋敷には帰ってこない・・・か。」


 フランを無理矢理立たせると、伯爵の死体を放り出してソファーに座らせ、キャビネットからグラスと酒瓶を持って来る。


 「こんな時に飲むのですか」


 「あのなぁフラン、こんな馬鹿らしい事は素面じゃやってられないだろう」


 フランのグラスになみなみと注ぎ、俺もグラスに半分程注いで一気にあおる。

 胃から吹き上がる熱い息を吐き、キングタイガーの眼光をもってエルドラを見据える。


 「デオルス伯爵が賜ったこの領地と王都の屋敷は、ヘイルウッド伯爵の物だった。何故降格と領地替えになったのか知っているか」


 「噂では」


 「聞こう」


 「毒蜂に襲われて当主や護衛達多数が死亡し、王家への届けに虚偽が有ったとか」


 注がれた酒をチビチビと飲み、顔色が少し良くなっていたフランの顔が一気に青くなる。


 「その事に関し、俺も少し関わっている。その関わった事とは、此の地の冒険者を貴族の力を使って無理矢理奉公させていたことだ。王都と領都、場所と当主は変われど又同じ事が起きようとした。此れが何を意味するか判るな」


 「当家は、降格されるのですか」


 「俺には何の権限も無いが見逃す気もない。しかし、お前がその気になれば、何も無かったことにして終わらせる事も出来るぞ」


 「よしておきます」


 「何故? 貴族の一員なら取るべき道じゃないのか」


 「この場に居る者で、貴男様に勝てそうな者はいません。もう一つ、王家の紋章入りの身分証を持つ御方が、一人で此の地に来たとは思えません」


 深読みしすぎだが馬鹿じゃないし胆力もある


 「嫡男はシェルカと言ったな。この非常時に、のんびり街の視察に出歩く様な奴は、伯爵家の当主として相応しいとは思えん。そいつを押し込めてお前が家を継ぐのなら、当主は心労のあまり急死とでも報告すればよい」


 「宜しいのですか」


 「馬鹿が当主になれば、領民も配下の者も難儀するだろうし、俺達冒険者にとっても迷惑だ」


 「家族をこの場に呼びますので、その事を伝えてもらえませんか」


 「執事、異論はないよな」


 最敬礼をしているよ。職が無くなる恐れがなくなったんだから当然か。

 壁際や扉の外にいる騎士達を呼び、エルドラを次期当主と認め忠誠を誓うのならば、何も無かったことにすると告げると一斉に跪いた。


 「無茶苦茶だ」フランが青い顔色のままぼそりと呟くが、聞こえなかった振りをして無視する。

 何も無かった事にした方が後腐れがなく、あんたも気楽な冒険者稼業を続けられるんだぜ、とは言わないでおく。


 執事のゴブリンの知らせで現れたのは、伯爵夫人から妙齢の女性に子供達まで六名。

 室内の異変に気づき顔色が変わるが、エルドラや騎士達の緊迫した雰囲気と表情に言葉を飲み込む。


 「此処におられるシンヤ殿は、王妃様の御用係を務められる御方です。父上は、あろう事かその御方に対して、警備兵を使って連行し配下になれと強要したのです。見ての通りシンヤ殿と配下の方は冒険者でもあり、父上の成された事は王家と冒険者ギルドの取り決めを無視する行いです。その為に反撃を受けて亡くなられた」


 「その方が、王妃様の御用係に間違いはないのですか」


 「不審なら、此れを良く見ろ」


 傍らに立つ執事に身分証を手渡し、不信感を顕わにする伯爵夫人に見せる様促す。

 身分証を受け取り、エルドラと同じ様に指を置いて何事かを呟き、浮かび上がった紋章をマジマジと見つめている。


 返された身分証を弄びながら「領都に野獣が押し寄せて来ているときに、街で遊びほうける嫡男は伯爵の器とは認められん、エルドラを次期当主とし・・・」


 「お待ち下さい! 如何な王妃様より身分証を預かる御方といえど、伯爵家の後継者を定める権限は御座いません! 次期当主はシェルカに、シェルカ・デオルスに継がせます!」


 エルドラの野郎、長男教の母親が反対するのを見越して俺に会わせたな。

 まっ、俺の生活の安寧の為にも、期待にそってやるよ。


 「そうか、なら俺も王家と冒険者ギルドの取り決めを無視して、冒険者と俺を強引に配下に加えようとしたと報告する事になる。このフローランスの前領主も、同じ事をして降格と領地替えになった。お前達も此の地を拝領したが、続けて同じ事をしたとなれば、降格や領地替えでは終わるまい」


 「そんな馬鹿な! 許さぬ! 冒険者如きが我が伯爵家の事に口出しなどさせぬ!」


 《ビーちゃん達、来てくれるかな》


 《待ってました! 行きます!》

 《俺も行くぞ》

 《あーん何処から入るの?》


 《マスターみっけ》


 《お返事した仔だけ入って来ても良いよ》


 《おっ、たくさん居るぞ》

 《刺し放題だ♪》


 《あー、刺すのは俺の前に居る・・・おばさんって、頭の上で回ってみて》


 《ん・・・此れかな?》


 《惜しい、その隣りだよ》


 《此奴ね! 毛が一杯だよ》


 《其奴は好きなだけ刺しても良いよ。他は駄目だよ》


 居並ぶ者達が、キラービーの羽音にギョッとした顔になっていたが、頭上を飛び始めたので危険を察して伏せている。

 しかし、俺が指名した伯爵夫人は悲鳴を上げる事になった。


 〈イヤー〉とか〈痛い〉や〈助けて〉と騒いだが直ぐに静かになった。


 《あーん、もう動かないよ》

 《もっと刺したいよー》

 《マスター、もうないの?》


 《御免ねー、また今度お願いするからね》


 「まさか・・・加護持ちのテイマーと噂の」


 「それ以上は口にしない様に。俺に敵意を持たなければ大丈夫だよ」


 * * * * * * *


 嫡男シェルカ・デオルスは父の突然死を目の当たりにして心を病み、引き籠もってしまって回復の目処が立たない事。

 伯爵夫人は立て続けに起きた不幸を嘆き、夫の喪に服して誰にも会いたくないと自室に籠もって出て来ない事に決定。


 話が出来上がると、娼館に逗留するシェルカ・デオルスに迎えが出された。

 伯爵の死を耳打ちされ、秘密裏に屋敷にお戻りくださいと言われて迎えの馬車に飛び乗った。

 シェルカを迎えに来たのが伯爵の護衛達だったので、何の疑いも持たなかった。

 しかし、馬車が通用門を通ったところで異変に気づいたが、遊び人が鍛えられた騎士達に敵うはずも無く、屋敷裏の離れに押し込められてしまった。

 その際マジックポーチは疎か、伯爵家の身分を示す物や武器など全てを剥ぎ取られて監禁された。

 粗末なベッドとテーブルに椅子、窓は分厚い板で塞がれておりドアは外から閂が掛けられた。

 シェルカは流石に何か不味い事が起きたと悟ったが、全てを剥ぎ取られて閉じ込められてしまっては、どうすることも出来なかった。


 ヘインズ・デオルス伯爵は溢れ出る野獣討伐の陣頭指揮の最中、突然胸を押さえて苦しみだして死亡したとの報告が王城へ届けられた。

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