第79話 デオルス伯爵

 警備兵に囲まれて詰め所の裏へ行くと、粗末な馬車が待っていて乗せられた。

 暫く待たされてから動き出したが、荷馬車と替わらない酷いもので舌を噛みそう。


 「住所を覚える前に呼び出されましたね」


 「まぁね。これから先もあるかも知れないから、覚えておいた方が良いよ。あんまり煩いと此の国を捨てるけど、それまでは役に立つと思うから」


 「何故あの身分証を出さなかったんですか?」


 「そりゃー下っ端に通用しなかったら面倒だろうし、ご主人様に突きつけるのが一番効果的だからだよ」


 「殴られるのは嫌だから。御領主様の顔を見たら直ぐに跪いちゃおうかな」


 領主のお屋敷に到着する前から、馬車に尻を蹴飛ばされてウンザリして逃げだそうかなと思いだした頃、漸く馬車が止まった。


 「降りろ! 今から執事のゴブラン殿の所へ連れていくが、失礼のない様に気を付けろ!」


 お屋敷の裏口から入り、待合室の様な所へ連れこまれた。

 ジロジロと品定めをする男は出入り業者なのだろうが、若い冒険者二人が来るところではないので、興味津々といった様子。

 長々と待たされていい加減ウンザリしてきた頃、隣の部屋に呼ばれた。


 気難しそうな如何にも執事といった感じの男が、事務机に向かい書類を眺めている前に立たされる。


 「冒険者のシンヤとフランを連れて参りました」


 お~お、下からジロリと見て鼻で笑う様な表情が素敵。


 「シンヤ、お前をヘインズ・デオルス伯爵家騎士団の一員に加えてつかわす。フラン、お前は魔法部隊の一人として恥じない働きをせよ」


 「それって決定事項なんですか?」


 「無礼者! 謹んでお受けしろ!」


 何か背中に当たった様な気がするのは、気のせいじゃないよな。

 振り向けば屋敷の警備兵が憤怒の表情で立っていて、身の丈ほどの棒が握られている。

 フランが居るので殺気、王の威圧は使わずに、キングタイガーの眼光を試してみる。


 〈なっ〉と言ったきり、顔を引き攣らせて冷や汗を流して立ち竦んでいる。


 「舐めた真似をすると死ぬぞ」警備兵に警告して執事の方を向くが、眼光はそのまま維持する。

 執事は何も言わず、身動きもせずに俺を見ているが鳥肌立てて小刻みに震えている。

 こりゃー王の威圧より便利だわと思ったら「シンヤさん、凄く恐いんですけど」とフランの震える声がした。


 眼光を消してフランに振り向くと、額の汗を拭いながら「キングタイガーやレッドベアに睨まれた様です」と言ってくる。


 「悪い、此の馬鹿が後ろから殴りやがったからつい」


 冷や汗を流して立ち竦む警備兵を、張り倒してお詫びを言う。


 「執事のゴブリンって言ったな。誰が、何時、デオルス伯爵に仕えると言った。恥じない働きをせよだぁ~、冒険者を舐めとんのか!」


 「おっ・・・おっ、おま、お前は、伯爵様の意向に逆らうのか?」


 「冒険者は流民扱いだ、犯罪を犯さない限り何処の地にも行けるし、貴族に命令される謂れもない。執事ならそれ位の事は知っているよな」


 「だが、このフローランス領に居る限り、伯爵様の命に逆らうことは許されん!」


 「許されんって、お前は馬鹿か。お前じゃ話にならんな、此れが何か知っているよな」


 執事の鼻先に、王妃様から預かる身分証を突きつけてやる。

 目の前に突きつけられた物が何か理解出来ないのか、ぼんやりと見ている。


 「お前は伯爵家の執事をしていて、王家の紋章を知らないのか?」


 「嘘、だ・・・こんな、こんな、馬鹿な!」


 「俺が持っているじゃないか。因みに、紋章の下の花は王妃様の御用係を示す物だぞ。此れを預けるのでご主人様に所へ行って、俺が会いたいと言っていると伝えろ!」


 机越しに執事の襟を掴んで椅子から引っこ抜き、俺の前に立たせて身分証を手の中に押し込む。

 手の中の身分証を見て躊躇っているので、肩を掴んで回れ右をさせ「さっさとご注進に行け!」と言って尻を蹴り飛ばす。

 王家の身分証を握りしめ、ギクシャクと出て行ったきり帰って来ない。

 俺と執事の遣り取りを見て、警備兵は壁際に張り付いて何も言わない。


 待つのに疲れて壁際に並べられた椅子を引き摺り出して座り込むが、フランもちゃっかり俺の隣りに座っている。

 いい加減飽きて帰ろうかと思ったが、身分証を返して貰わないと帰れない。

 そうこうするうちに、大勢がやって来る気配がした。


 「シンヤさん、来たようですけど・・・」


 「ちょっと雰囲気が悪そうだな」


 「ですねー。ビーちゃんを呼んだ方が良いのでは」


 「もう呼んでいるよ。何かあったら窓ガラスを割るから伏せていなよ」


 「勿論です!」


 足音荒くやって来たのは騎士の一団「シンヤとフラン、出て来い! 伯爵様がお呼びだ!」


 「いきなり斬り付けるのはなしですよね」


 「仇は取ってやるから安心しろ」


 「嫌だなぁ~、殺さないでくださいよ」


 「何をぶつくさ言っている。さっさと出て来い!」


 へいへい、王妃様の身分証も大して役に立たない様だから、不意打ちに注意して行くか。

 俺が前を歩き、フランを後ろに置いて背後からの攻撃を牽制する態勢で歩く。

 前後に騎士が歩いているので、振り向きざまの一閃を・・・俊敏があるので躱せるかな。

 埒もないことを考えながら二階に上がり、騎士の立つ扉の前に到着。


 先頭の騎士が頷くと、警備の騎士が室内に向かい「冒険者二名を連れてきました」と声を張り上げる。

 ホルムの街、リンガン伯爵の所より大仰だなと笑いそうになる。


 重々しく扉が引き開けられると「入れ!」と背中を押されて室内に足を踏み入れたが、扉の内側左右に三名ずつ。

 壁際に五名ずつと窓側に六名の騎士が立っていて、中央のソファーに座る伯爵らしき男の背後に五名の騎士が立っている。

 ちょっと大仰だけど、ギルドで俺達の事を聞いているのなら用心しているって事かな。


 「ヘインズ・デオルス伯爵閣下であられる。跪け!」


 またもや後ろから小突かれた様なので少々ムカつく。

 フランはソファーに向かって素速く跪くが、俺はふんぞり返ってグラスを揺らすおっさんを、表情を消して眺める。


 「跪けと言ったのが判らんのか!」


 怒声とともに殴りかかってくる気配を察知し、一足で伯爵の前に立つと、殺気、王の威圧を浴びせる。

 同時に伯爵の背後に控える騎士達を、キングタイガーの眼光で睨み付ける。

 騎士達の動きを封じてから、伯爵の前の机を横に蹴り飛ばす。


 後ろに居た奴や壁際の騎士達が必死で剣を抜こうとしているのを見て「俺達に斬りかかれば此奴の首が飛ぶぞ」と牽制。


 「おっ、おま、」


 「指名依頼も出さず、警備兵を使って冒険者を拉致するとは良い根性をしているな。お前も伯爵を名乗るのなら、王国と冒険者ギルドの取り決めは知っているよな」


 「ぶ、ぶ無礼者!」


 何とか声を発し、背後から斬りかかってきた奴の腕を掴むと、踏み込んで来た勢いのまま投げ跳ばす。

 ソファーに座る伯爵の頭上を飛び越え、彼の背後に立つ騎士三人を巻き込んで壁際まで飛んで行った。

 おまけに、壁際に立つ騎士二人が巻き添えで倒れたまま起き上がれないでいる。


 「それを無理矢理連れてきた挙げ句、執事のゴブリンって野郎が『シンヤ、お前をヘインズ・デオルス伯爵家騎士団の一員に加えてつかわす。フラン、お前は魔法部隊の一人として恥じない働きをせよ』と抜かしやがった。此の地の領主だったモーリス・ヘイルウッド伯爵が死亡して、彼の家が降格のうえ領地替えになった経緯を知らないのか?」


 「なっ、ななな、何が不服だ。流民から取り立ててやろうと」


 横っ面を張り倒したら、ソファーに倒れ込んで跳ね返ってきた。


 「さっきも言ったよな。王国と冒険者ギルドの取り決めを」


 今度は声も立てずに後ろから斬り付けて来たので、振り向きざまにビンタを一発。

 顔が変形して座り込んだので、襟首を掴んで出入り口扉に向かって投げ捨てる。

 怪力無双って便利。


 「お前の忠実な部下は、お前の命より俺への攻撃を優先したい様だな」


 マジックポーチから短槍を抜き出し、石突きを床に叩き付ける。

 床にめり込んだ短槍を見て、伯爵が震えている。


 フランを見れば、跪いたまま下を向いて震えている。

 貴族相手の荒事は初めてなので、無理もないか。

 出入り口扉の陰で震えているゴブリンを手招きし、俺の身分証は何処だと尋ねる。


 「はっ、伯爵様に・・・」


 「おい、俺の身分証を返せよ」


 「みっ、みみ身分詐称は重罪だぞ! 伯爵たる我に暴力を振るい、王家の身分を詐称したお前は」


 遠慮会釈のないビンタを一発叩き込み、永遠に黙らせる。


 「おい、ゴブリン野郎、俺の身分証を預けておくので、デオルス伯爵死亡を王城へ報告しろ」


 「へっ」


 「デオルス伯爵死亡とその経緯を、王城に報告しろと言っているんだよ。伯爵殺害の犯人は俺だ、証拠の王妃様から預かった身分証を添えてな」


 遠くから駆けてくる多数の足音が聞こえる、怯えるフランを守って暴れるのは面倒なので、横に蹴り飛ばしていたテーブルを窓に投げつける。

 蹴破る様に扉が開かれ、騎士達が跳び込んで来た。


 「父上、何事・・・」


 王の威圧全開のうえ、眼光で跳び込んで来た騎士達を睨み付けるが、父上と吠えた奴はビクッとしながらも必死の形相で俺に向き直る。


 「此れは・・・お前がやったのか?」


 「そうだ、貴族にあるまじき男に制裁を加えたのだが、訳を知りたければ、そこのゴブリンに聞け」


 「ゴブリン?」


 「そこで震えている執事だよ」

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