第57話 思わぬ収穫
「デイオス殿、今回は何の用ですかな」
「シンヤと会って話したいのだが」
「彼奴にですか、又問題を起こす気ですか。我々としてはいい迷惑なんですがね」
「いや、問題を起こす気はない。伯爵様が前回の事を詫びたいと仰っていて、その為に是非会いたいのだが。勿論護衛の騎士達には厳しく言い含めておきます」
「それなら、奴が街への出入りの際に呼び止めて、謝罪すれば宜しかろう」
「街の出入りに際し、警備兵も彼と何やら悶着を起こした様でして、次に何か有れば大事になりそうで・・・」
「まさか冒険者ギルドに属している者を、確固たる理由も無しに無理を言っているんじゃないでしょうな」
「勿論ですとも。警備兵の思い込みから諍いが有りましたが、彼に罪を問うつもりは有りません」
「なら良いでしょう。冒険者達と騒ぎを起こさないのなら、食堂の片隅で奴を待つことは許可します」
慇懃に頭を下げて執事のデイオスが執務室を出て行くと、大きなため息を吐く。
何が有ったのか知らないが、あの横柄な執事が下手に出ている事に興味が湧いた。
* * * * * * *
ギルドへ獲物を売りに行くと、受付のお姉さんに呼び止められた。
何事かと思っているとサブマスがやって来る。
「今度は何ですか?」
「お前に会いたいと連日通ってくる娘が居てな、食堂で待っている筈だから会ってやれ」
食堂にだと、そんな事をすればゴブリンの群れに生娘を放り込んだ様な状態になるぞ。
取り敢えず獲物を売るのを後回しにして食堂へ向かった。
糞ッ、髭面の娘なんてお呼びじゃない!
背後に騎士二人を従えた執事の男が居て、俺の顔を見ると立ち上がる。
「シンヤ殿、先日は失礼した。少しお話しが有るのだが宜しいかな」
「あんた達と関わると碌な事が起きないんだがねぇ。それと、自分を始末する依頼は受けられないな」
「主、ハインツ・リンガン伯爵様が、貴殿と和解したいとの事で伺った」
「和解? お前から依頼を受けたとルクゼンから全て聞いたがな。お前の依頼は伯爵の依頼って事だろう」
「いえ、旦那様は私に冒険者ギルドでの事を責められただけです。伯爵家の面子を守る為に私が先走ってしまい、本当に申し訳ない。どうか伯爵様には危害を及ばさないで欲しい」
こんな所で蜥蜴の尻尾切りかよ。
まぁ、尻尾が自ら斬り落とされようとしているが、そんな寝言を信じるほどウブじゃない。
「お前や伯爵がどうなろうと、俺の知ったこっちゃない。俺が攻撃を受け、誰の仕業か判った時点で俺の手を離れている。後はテイマー神ティナ様とキラービーが成すことだ」
「それを止めていただきたいのです。貴殿は以前、貴方のお願いを聞いて攻撃を控えると言われました」
「俺の命を狙う奴の為に、何故俺がティナ様にお願いしなきゃならんのだ?」
「謝礼は如何様にでも、望みを申して下さい」
「謝礼か・・・以前、俺達を囮に使う為の報酬が金貨10枚だったよな。事が上手く行けば、国王の覚え目出度い仕事の報酬がたった金貨10枚だぞ。それも二人の命を賭けての報酬がだ。しみったれ野郎が、どんな望みを叶えてくれるんだ」
「主は貴殿の望みを必ず叶えるでしょう。どうかお願い致します!」
冒険者ギルドで、伯爵家の執事が冒険者に頭を下げるとは、相当追い込まれているな。
追い込んだのは俺だけど、欲しい物が有るので伯爵の顔を見て揶揄ってやるか。
「良いだろう。但し、伯爵と直に会って要求を伝えるよ。明日、伯爵邸に出向くのでそれで良いかな」
「主に伝えて、お待ち致しております!」
最敬礼をする執事を、護衛の騎士が微妙な顔で見ながらも俺とは目を合わさずに帰って行った。
「よう、シンヤ、何か面白そうな事をしているじゃないか」
「あのおっさんが、お前に深々と頭を下げるとはな」
「何が有ったんだ? 話せよ」
「おお、冒険者に伯爵家の執事が頭を下げるなんて、前代未聞の事だぞ」
「あ~、俺に対してじゃないですよ。以前俺を叩いた騎士のことで、テイマー神様を怒らせた様なんですよ。それでティナ様に執り成してくれってさ。つまり神父様の代わりかな」
「あれか、お前の護衛は過激だからなぁ。あれを怒らせたら貴族の肩書きなんて通用しないわな」
「以前此処で騎士が8人も死んだけど、あれが未だに尾を引いているのか?」
「らしいよ。まったく、迷惑な話だよね」
「迷惑はお前だよ。あの時食堂に居た奴等は、皆刺されてぶうぶう言っていたぞ」
「それそれ、サブマスも刺されて渋い顔をしていたからな」
「あの時はギルドの毒消しポーションが足りなくて大騒ぎになったからな」
「俺はギルドに居なくて助かったぜ」
何か周囲の目が冷たいので、あの時に刺された奴が相当居るらしくて、恨みがましい目付きに耐えられずに逃げ出す事にした。
* * * * * * *
リンガン伯爵邸の通用門で名乗ると即座に邸内へと案内されて、執事の出迎えを受けた。
そのまま執事に案内されてリンガン伯爵の執務室に入ると、ソファーにふんぞり返る伯爵と向かいに座る老けたお坊ちゃま二人。
ティナ様の怒りは恐いが、冒険者に頭を下げるのは嫌って事か。
なら遠慮なくやらせてもらおう。
執事が「旦那様、冒険者のシンヤで御座います」と告げるが、お坊ちゃま二人の視線がキツい。
〈貴様! 父上が和解を望んだが何様のつもりだ、跪け!〉
は~ん、威勢が良いな。
怒り全開、フルパワーの殺気、王の威圧を叩き付けて伯爵とお子様達を見下ろす。
〈なっ〉〈えっ〉とか言っているのは壁際の騎士達で、ソファーにふんぞり返る伯爵は蒼白となり口を半開きで涎を垂らして震えている。
跪けと喚いたお子ちゃまは泡を吹いて卒倒し、もう一人の似た様な奴は股間を濡らしながら震えているが、目の焦点が合ってない。
おのれ等は皆殺しだとの思いを込めた殺気を保ったまま、壁際の騎士達を見回すが誰一人として剣を手にしていない。
少し腕の立つ冒険者なら剣に手を添えるくらいはするのに、伯爵を直接護衛する騎士がこの程度か。
執事は腰を抜かして震えていて話にならないので、殺気を少し緩めてやる。
「リンガン伯爵様、和解をする気は無いのですかな。それならそれで、私は一向にかまいませんが・・・」
誰も動けないのを良いことに、のんびりと窓に近寄り鍵を外す。
〈ヒッ〉って悲鳴は伯爵の様だが、和解と言いながら謝罪する気も無い奴に遠慮する気になれない。
全開の窓から周囲を見回すが、ビーちゃんを呼ぶのは控える。
未だ少し肌寒い季節だが、体温調節機能が良い働きをしている。
王の威圧を緩めると、豪華なキャビネットから酒瓶とグラスを取り出して味見。
俺の知る上物のウイスキーより少し落ちるが中々の物で、備蓄の串焼き肉で一杯やりながら、伯爵様が正気に戻るのを待つ。
ほろ酔いで気分が良くなった頃に伯爵の顔色が少し良くなり、泡を吹いて卒倒した奴も目が覚めた様だ。
股間を濡らして震えていた奴は現実逃避したのか、ブツブツ言って現世に戻って来ない。
「何時まで腰を抜かしているつもりなの、伯爵様に気付けの一杯でも飲ませてやりなよ」
「はひー」何て返事をして必死で立ち上がり、よろめきながらキャビネットに向かって歩くが完全に腰砕け状態である。
震える手で注がれた酒は大半がグラスの外に撒き散らされたが、グラスを受け取った伯爵の手も震えているので同罪かな。
酒を一気飲みして、三杯目には何とか正気になった様なので和解の条件を聞く事にする。
「伯爵様、執事を使いに出して和解したいと言ってきたが、ティナ様にお前を殺さない様にお願いしろって、何を巫山戯た事を言ってるんだ。お前が伯爵だろうが国王だろうが、テイマー神であるティナ様にとってはただの人族だ」
「はい、テイマー神様の加護を授かる方に対し、大変申し訳御座いませんでした。貴男様に対し、二度と無礼は働きませんのでお許し下さい」
「で、死にたくないからティナ様に許す様にお願いしてくれってか?」
「はい、貴男様の望む物は何でも差し上げますので、お願い申し上げます!」
「良いだろう、ランク8で時間遅延が360のマジックバッグと酒だな」
「マジックバッグと・・・酒ですか?」
「ああ、それなりの物が有りそうだから酒蔵から好きなだけ貰いたいな。それがかなえば、ティナ様にお祈りしてやろう」
ティナになんてあれ以来会っていないし、連絡も出来ないけどな。
まっ、ビーちゃん達に襲わない様にお願いはしてやるよ。
「判りました、マジックバッグは直ちに魔道具商に命じて持って来させます。酒は執事に案内させますので、お好きなだけお持ち下さい」
自分の命が掛かっているので太っ腹だねぇ~。
伯爵に命じられて執事が魔道具商へ使いを出した後「酒蔵へご案内致します」と言って頭を下げる。
夢の酒蔵ツアーは味見をしている暇はなかったが、同一種類の瓶を各20本ずつランク3のマジックポーチに放り込んだ。
時には数本から十数本しかない物もポイポイ放り込んだので、全部で数百本はもらったと思う。
酒蔵ツアーが終わり、伯爵の執務室で気不味い沈黙の中魔道具商を待ち、ランク8-360のマジックバッグを受け取り、登録者制限も同時にしてもらう。
魔道具商が執務室からさがると、伯爵様にお暇のご挨拶をする。
「あの、ティナ様にお執り成しを・・・」
「伯爵様、テイマー神様がのこのこ現れると思っていませんか。俺はキラービーにお願いしているだけですよ。この屋敷を出たら、ティナ様とキラービー達に襲わない様にお願いしておきますよ」
優雅とはほど遠いと思うが、伯爵様に一礼して執事に帰るぞと告げた。
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