第44話 悪戯

 「おい、どうしたゴンザス!」


 ご、ゴンザス。

 股間を濡らす男の仲間だろうが、その男はゴンザスってより権兵衛だろう。

 お仲間が来た様だが、素知らぬ顔でエールとつまみを受け取り、すいているテーブルに座らせてもらう。


 「ファングキャット連れとは珍しいな」


 「結構有能ですよ」


 好奇心丸出しだが、悪意はみられないし左右にいる男女も好奇心だけの様だ。


 「さっきのはどうやったんだ?」


 「エールを飲みたかったのに絡んできたので、殺気をぶつけてやっただけですよ」


 「ほう、殺気一発であれか」


 「此処は稼げますか」


 「大物狙いなら、周辺の村に行った方が良いな」


 「薬草採取やバード系を主に狩っているので、大物は遠慮したいですね」


 団体さんの足音が近づいて来るのと、目の前の男が俺の後ろを見ているので権兵衛さんの仲間かな。


 「おい、お前! 俺達の仲間に何をした!」


 「仲間って、あの小便垂れのことか?」


 〈ブーッ〉て目の前の男が吹き出しているし、左右に座る男達も苦笑いになっている。

 一人女性だけが額に手を当てて、あちゃーって表情になる。


 「洒落た事を抜かすじゃねぇか。仲間に手を出されちゃ黙って見逃す訳にはいかねぇ」


 「仲間思いなのは良いけど、手を出されたのは俺の方だぞ。俺はそれに抗議していただけだ。奴の周りに居た者に聞いてみろよ」


 「そんな寝言はどうでも良いんだよ! 仲間の仇、お前に模擬戦を申し込む。嫌なら頭を下げて詫び、この街から出て行け!」


 此奴にも殺気を浴びせてやろうと思ったが、王の威圧の威力では回りに迷惑だし、ゴブリン相手と違うのを忘れていた。


 「随分好き勝手を言うな。俺の使役獣に手を出した挙げ句に、俺をチンピラテイマーと罵った結果だぞ。どうしても模擬戦をやりたいのなら受けてやるが、エールを飲み終わるまで待ってろ」


 此処でビーちゃん達を呼び寄せると、説明するのが面倒だし近くにいるかどうか。


 「俺達〔血風〕を舐めきってるな。おいギルマスを呼んでこい!」


 しかし、同じ大テーブルに座る四人には目もくれようとしない。

 俺の後ろで喚く男の周囲に仲間がいるのに、近づこうともしないのは恐れているからかな。


 のんびりエールを飲んでいると、がっしりとした体躯の男がやってきたが俺の向かいの男を見ている。


 「ほう、〔氷結の楯〕と遣り合おうとは、血風も腕を上げたのか」


 「ギルマス、この小僧だ! 俺達は氷結に喧嘩を売った訳じゃねえ」


 あららら、向かいの男を見ると苦笑いしている。

 エールの残りを飲み干し、ジョッキと皿をカウンターに持って行く。


 「こらっ、小僧! 逃げる気か!」


 「おかたづけをしているだけさ。俺には態度がでかいねぇ~」


 「あん、お前一人か?」


 「そうですね。弱そうだと思って気持ち良く喧嘩を売ってきたので、後悔させてやろうと思い買いました」


 「ランクは?」


 「Eになったばかりです。模擬戦の経験も有ります」


 「判った、訓練場へ行け」


 〈おいおい、9対1の模擬戦だぞ〉

 〈何方に賭ける?〉

 〈そりゃー血風と言いたいが〉

 〈さっきの威圧は凄かったからな〉

 〈殺気なんてものじゃなかったからな〉

 〈初めて見る顔だが、ショートソード1本でソロだぞ〉

 〈でもなぁ~、テイマーだろうけど連れているのは猫だぞ〉


 血風って9人も居るのかよ、群れると強くなる典型的なタイプだな。


 ミーちゃんをギルマスの横に座らせて、マジックポーチから模擬戦用に作った木刀を取り出す。

 素振り用の太い木刀は笑われたので、実戦向きな頑丈な木を削ったお気に入りだ。

 お漏らし権兵衛は控えに混じり、俺に模擬戦を吹っ掛けてきた奴が先陣を切る様だ。


 「判っているだろうが、止めと言ったら即座に止めろ」


 ギルマスが不機嫌そうな声で言い、手を振って別れろと示す。

 向かい合った距離は10m、軽く素振りして合図を待つ。


 「始め」の声とともに殺気、王の威圧を浴びせてやると震えて動けない様なので、のんびり男の横へ行き軽く尻バットを一発。


 〈バシーン〉と良い音を響かせて、のけぞり気味に座り込んでしまった。

 剛力のフルスイングなら死んでしまうので手加減したが、痛そう。


 「ギルマス、次の奴お願い」


 「おっ・・・おう」


 〈おい、見たかよ〉

 〈猫を抱えているけど、ソロな訳だよ〉

 〈未だまだ、後8人も残っているんだ〉

 〈おいおい、もう泣きが入ってるぞ〉

 〈こらー、俺は血風に賭けたんだぞ! まだ8人も居て逃げる気か!〉

 〈腰抜け! お前等こそ街から消えろ!〉


 「ギルマス、なんなら8人と纏めてやっても良いですよ」


 「そうもいかん様だぞ」


 ギルマスに縋り付き、何かを必死に訴えている8人。

 誰も出て来ようとしないのでギルマスの所へ行くと、全員がギルマスの後ろに隠れて俺と目を合わせようとしない。


 「全員街を出るので、勘弁してくれと言ってるぞ」


 「何それ。猫を相手に嫌がらせは出来るけど、模擬戦を吹っ掛けておいて逃げるの?」


 「此奴等も、お前の殺気を浴びて強いと判った様だぞ」


 肩を竦めて模擬戦終了を了承する。

 王の威圧でどの程度押さえられるのか知りたかったのに残念。


 ミーちゃんを連れて食堂に戻ると、模擬戦見物から帰ってないのでガラガラ。

 買い取りの方も誰もいないので、即行獲物を売りに行く。


 「解体場、獲物は?」


 「ハウルドッグとホーンラビットかな」


 「かな、まあいい、行きな」


 解体場の通路を指差すので、頭を下げて通る。

 中には騒ぎを知らなかった三組ほどが、獲物を見ながら話し合っている。


 「初めて見る顔だな。獲物は?」


 「ハウルドッグとホーンドッグを十数頭持ってます」


 指定された場所にマジックバッグから取り出し並べていく。


 ハウルドッグ 11頭

 ホーンドッグ 9頭

 エルク 1頭

 ヘッジホッグ 6匹

 スプリントバード 3羽

 チキチキバード 4羽


 「ほう、良い腕の様だな。チキチキバードもか」


 「ええ、此奴のお仕事ですから」


 肩に乗るミーちゃんを撫でてやる。

 先客がいて時間が掛かると言うので、ギルドカードを渡して食堂で待つと伝える。

 解体場を出ると食堂は混んでいたが、何とかエールと串焼き肉を手にテーブルへ・・・大盛況じゃないの。

 中央の大テーブルに空きがあったので座ると、隣のテーブルに先程の氷壁の楯と呼ばれたパーティーがいた。


 「兄さん、なかなかの威圧だな」

 「あの馬鹿は、一歩も動けずに震えていたな」

 「あんた何処から来たの?」


 「ザンドラです。何かと煩いので逃げ出したってところです」


 「ザンドラに加護持ちのテイマーが居るって噂だけど」


 よく御存知でというか、こんな所にまで伝わっているのか。

 黙って肩を竦めておく。


 「キラービーの護衛を連れているって噂は本当か?」


 「まぁ俺が危ない目にあったり困っていたら助けてくれますね」


 「加護を授かっているのに、使役獣が猫なの?」


 「俺は能力が1なんですよ。テイマー神様が可哀想に思って、加護を授けてくれたんでしょう」


 「いいなぁ~。私も猫をテイムしたいわ」ミーちゃんの尻尾を羨ましそうに見ながら呟いている。


 「テイマーで猫連れにしちゃ、あの獲物の数は半端ないわね」


 そう声を掛けて来た女性は、解体場に居た三人組の一人。


 「ほう、そんなに数が多かったのか?」

 「ハウルドッグとホーンドッグで20頭よ。それも殆ど一刺しで仕留めているの」

 「ああ、解体場の奴等も驚いていたぞ」

 「エムデンに居るのなら、一度お手並み拝見したいものだな」


 「俺は近場でしか狩りをしないんです」


 「あっ、俺達もかあちゃんが居るので、無理をしなくて良い近場だけだよ。俺は氷結の楯のリーダー・オルクだ宜しくな」


 「シンヤです。此奴は相棒のミーちゃん」


 〈ブハッ〉って吹き出した奴がいるが、睨むのは止めておいた。


 解体係が査定用紙を持って来てくれたので確認、了承して受け取り精算カウンターへ向かう。


 ハウルドッグ 11頭、14,500ダーラ×11=159,500ダーラ

 ホーンドッグ 9頭、20,000ダーラ×9=180,000ダーラ

 エルク 1頭、130,000ダーラ

 ヘッジホッグ 6匹、24,000ダーラ×6=144,000ダーラ

 スプリントバード 3羽、35,000ダーラ×3=105,000ダーラ

 チキチキバード 4羽、65,000ダーラ×4=260,000ダーラ

 合計 978,500ダーラ


 陽が暮れかかっているので急いで街の外に出ると、フーちゃん達と合流して街から離れた所に野営用結界を張る。

 一息ついたら待望のお食事タイム、その為につまみだけで辛抱していたのだから。

 寸胴を取り出しスープから味わってみることに、カップに軽く注いだらふりかける容器にゴールドマッシュの粉が入ってない。

 入れてないので当然だが、食い気に負けて焦りすぎだと深呼吸。


 人差し指でトントンと叩き、軽くスープにふりかけてよくかき混ぜて一口。

 美味くなるのは判っているが、たまんねぇ~すっ。

 次いで煮込み料理をカップに盛り、トントンとふりかけて零さない様にかき混ぜて口へ。

 う~・・・子供の様に足をジタバタさせたい気分。


 ミーちゃんが変な顔をして見ているので、俺の幸せのお裾分けをしてあげる。

 餌皿を取り出し、ヘッジホッグの内臓にふりかけて出してやる。

 俺の仕草を見ていたので、慎重に匂いを嗅いでから徐に口にしたが吐き出してしまった。


 《マスター、臭いです。もとの肉が良いです》


 人と獣では嗅覚や味覚が違うのを忘れていた。

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