第16話 生き餌の毒

 奥様のお供の様に付き従いリンガン伯爵様の執務室に入ると「ハインツ・リンガン伯爵様です」と執事に紹介された。

 その言葉と同時にフランがスパーンと跪くので、俺も渋々膝を折る。


 奥様が伯爵様と挨拶を交わしているが・・・ギルドマスターって言葉が聞こえたぞ。


 「シンヤとフランだな。立つが良い」


 低音の魅力満載の声が掛かり、やれやれと立ち上がる。

 正面に立つのは隆々たる体躯の男で、モーラン商会の水ぶくれおっさんとは大違い。


 「お前達を襲った賊は、ザンドラ冒険者ギルドのギルドマスターが首班だと言ったのだな」


 「捕まえた奴がそう白状しました」


 「で、19名も捕らえて誰一人生きてはいないのか?」


 「はい」


 「蜂を・・・キラービーを使役しているそうだが、殺さずに捕らえられなかったのか」


 「少し違います。キラービーを使役している訳では有りません。テイマー能力は最低の1ですが、テイマー神ティナ様の御加護のお陰で蜂たちに助けられています。誰それを殺せとかなど、特定のことを命令出来る訳では有りません」


 「此処へ呼べるか?」


 「蜂たちをですか?」


 「そうだ。ミーナ嬢救出に出向いた際も、常に蜂がお前に付き従っていたと聞いたぞ」


 そう言う事ね。

 俺のテイマーとしての能力、キラービーをどの程度自由に扱えるのか知りたい様だな。


 「呼ぶのは簡単ですが、伯爵様や周辺の方の安全は保証出来ませんよ」


 「どういう意味だ!」


 「蜂を呼びたければ、私を攻撃すれば宜しいのです。先程も申しましたが、私は蜂たちに助けられています。命令ではなく、です。モーラン商会で蜂たちが暴れたのは、私や仲間に暴力が振るわれたからです。ミレーネ様が襲われなかったのは、私たちを攻撃しなかったからですが、ミーナお嬢様の家族を亡き者にしたくなかったので、攻撃を止める様にお願いしました」


 お願いですよ。俺は命令出来ないので、俺を攻撃すれば結果に責任はありませんよっと。


 「まあ・・・良いだろう。お前達に来て貰ったのは、ザンドラ冒険者ギルドのギルドマスター以外にも協力者がいると思ってだ。お前達を拉致しようとした連中は『金になる若い二人だ、絶対に逃がすなよ』と言ったのだろう。それは拉致した者を買い取る相手が居ることを示している。賊はお前達が殺した19名以外に6名いるのだろう」


 「乳母のハンナさんはそう言っていました」


 「ふむ、ギルドマスターと冒険者がグルになって奴隷狩りをしている。それを買い取る組織か奴隷商がいる。となると、違法奴隷を買う者達がいることになる。そしてミーナ嬢を拉致して身代金要求。これほど大掛かりになると・・・考えたくはないが。国王陛下には報告したが、賊の尻尾を掴みたい」


 「そこでだ」


 伯爵様の横で頷いていたおっさんが声を掛けてきた。


 「お前達を、ザンドラのギルマスに会わせてやる」


 「貴方は?」


 「おお、ホルムの街でギルマスをしているブルンクスだ」


 「今の口振りだと、俺達を囮に使うつもりですか。言っておきますが、俺もフランも冒険者登録をして漸く一月になろうっていうGランクですよ。強制依頼は出来ませんよ」


 「判っている。依頼ではなくお願いだ」


 「お断りします。囮に使われて殺されても何の保証も無い。どんなに手厚い保証でも死んでは意味が無い。私たちは成り行きでミーナ嬢とハンナさんを助けたが、ギルマスの犯罪はギルドが責任を持って処理して下さい。伯爵様が言葉を濁らせた事は、流民の私には何の関係も無い。帰らせて貰います」


 「仕方がない、お前達に強制は出来ないからな」


 「ブルンクス殿!」


 「伯爵様、彼等がDランクなら強制依頼も出来ますが、生憎冒険者になりたての新人です」


 ふむ、中々道理を弁えたギルマスだな。


 「あ~、これからは夜道や街の外に出る時には気を付けろよ」


 「脅しですか」


 「いやいや、お前達も言ったじゃないか。お前達二人を拉致しに来た奴等は、ギルマスの指示で襲ったと」


 「でも、彼等は全員死んでますよ」


 「そう言ったな。お前達も配下の冒険者も帰ってこない。そこへミーナ嬢達の姿が消えた。モーラン商会には身代金を要求したのに、返事は無しとなればどうする。金貨5,000枚の大仕事だ、必ずモーラン商会に探りを入れるだろう。ミーナ嬢が戻っていると知ったら、誰が助けたのかを調べるのは簡単だ」


 糞ッ、ギルマスの言葉は当然考えておくべきだった。


 「証拠が無いし証人も全て死んでいる。となると、俺達は指を咥えて見ているしか無い。運が良ければお前達を襲った奴等を確保できるかも」


 睨む俺に向かい、両手を広げ肩を竦めやがった。


 「ザンドラのギルマスに会って、俺達に何をやらせるつもりだ?」


 「おっ、行ってくれるのか」


 「話の内容と報酬次第だな。あんたは不正を暴き名を上げる、伯爵様のお考え通りなら王様の覚え目出度く・・・となる。俺達も冒険者だ、危険に見合う報酬を、と言いたいが命と報酬を天秤に掛ける気は無い」


 「それなら大丈夫だ。お前達がその場で殺されることはない」


 その場でねぇ・・・このまま放置すれば命を狙われる恐れが十分以上ある。

 それも、暗殺って手段をとるのは間違いない。

 俺達が嬢ちゃん達を助けたと知れば、ギルマス達の事を知らないとしても狙われるのは間違いない。

 例えビーちゃん達に守られていても、遠距離からの魔法攻撃等受けたら一巻の終わり。

 ビーちゃん達も夜は寝ているし、毒殺なんて・・・毒無効は有効かな。


 フランを見ると「シンヤさんに任せます」と丸投げしてくる。

 常時フランと行動を共にする訳でもないので、フランも一人の時を狙われたら確実に死ぬ事になる。


 「ギルマスと会って、何をさせるのか話して下さい」


 「お前達だけを行かせる訳ではない。うちのギルドからサブマスを同行させる。三人でザンドラのギルマスに面会を求めて、多数の冒険者達による奴隷狩りや誘拐が行われていると話す。お前達には、自分達が襲われた時の状況を説明してもらう」


 「自分で言うのも何だが、そんな与太話を信じるかな」


 「お前のお友達を見せてやれば信じるさ」


 「そして、サブマスと別れた後で俺達は襲われるって事か」


 「お前達に護衛を付けてやる事は出来ない。街の外に出れば遠距離攻撃を受けやすいが、街中だと近接戦だしお友達も助けやすいだろう。一人でも生き証人が欲しいんだ」


 「お前達がザンドラに向かえば、我が配下と陛下の使者がオルコット子爵の所を訪れる事になる」


 なるほどね、俺達は生き餌って事か。

 餌にだって猛毒があると教えておくか。


 《ビーちゃん達、近くに居るお仲間達を呼べる?》


 《探さないとわかんないよー》


 《じゃー41番から50番は周囲を探して、居たら呼んできてもらえるかな》


 《いいよー》

 《任せて》

 《仲間を集めて襲うの♪》


 《あ~襲うのは待ってね。1号から40号までは俺の所へ来てよ》


 《すぐ行く!》

 《突撃だー》

 《マスターがお呼びだ!》

 《行くぞー!》


 「ギルマスの言葉を信じましょう。だけど、一つだけ言っておきますよ。俺達が死ねば、ギルマスや伯爵様も死ぬことになる」


 「貴様は! 儂を脅しているのか!」


 「伯爵様を脅すなんてとんでもない! 背後の方々に斬り捨てられますからね」


 ただでさえ苦々しげに睨んでいた護衛の騎士達が、伯爵も死ぬと言ったら一気に気配が変わった。

 だがその気配が揺らぎ窓を見て驚愕の表情に変わった。

 一人の騎士が窓を指差し震えている。


 そりゃーそうだ。

 大きな窓に一匹二匹と蜂が止まり始めたのだが、みるみるうちに数が増え重低音の羽音が室内に聞こえはじめたのだから。

 羽音を聞いて振り返り、窓を見た伯爵やギルマスも一気に顔色が変わった。


 「モーラン邸で蜂に襲われたのは、モーラン会長の護衛に殴られた為に蜂たちが怒ったからです。あの時襲われなかったミレーネ奥様は、俺達を助けてくれたから襲われなかったのです。モーラン会長や護衛達の命が助かったのは、殺さないでとお願いしたからですよ」


 「だ、だだが・・・これは、て、テイマーのお前が!」


 「伯爵様、確かに俺はテイマーですけど、能力は1なのでスライムすらテイム出来ていません。それに・・・蜂をテイム出来るかどうか、目の前のギルマスに聞いて下さい」


 伯爵に見つめられ、プルプル顔を振るギルマスは真っ青になっている。


 「能力は1ですがテイマー神ティナ様の加護を授かっていますので、それで守られていると思いますが命令は出来ません。あくまでも、守ってとか止めてとかお願いするだけです」


 此処は大事だから、何度でも説明してやるぞ!


 《みんなお肉をあげるから襲っちゃダメだよ。絶対にね》


 《はーい》の大合唱のちぇ、残念とか《ええ~》とか不満そうな声も聞こえて来る。

 戦闘種だねぇ~。


 護衛達がフリーズしているのを幸いに窓の所へ行き鍵を外す。


 「まっ、待て! 何をする!」


 ギルマスが悲痛な声を出すが、にっこり笑って窓を全開にした。

 〈ブーン〉と言う重低音と共に、蜂たちが一斉に室内に跳び込んで来るが頭上で旋回しているだけ。

 皆頭を抱えて伏せているのを幸いに、全ての窓を開け放つと窓枠や桟に細切りのお肉を並べていく。


 《みんな有り難うね。お肉を食べていってよ》


 《お肉♪》

 《ありがとう、マスター》

 《それは俺のだ!》

 《そっちにも有るじゃないか》


 伯爵やギルマスが呆けているので、伯爵の前のテーブルにも細切り肉を並べてやった。


 《みんな、こっちにもあるけど刺しちゃダメだよ~》


 《は~い》


 返事とともにテーブルに殺到するキラービー達。


 「動かないで下さいよ。叩いたり追い払うと刺しますから」


 俺の言葉に、伯爵とギルマスの頬がピクピクしているが、奥様は二度目なので落ち着いている。

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