第14話 かかあ天下

 消えた男が再び現れると「旦那様がお会いになられるのでついて参れ」と抜かす。

 漸く救援隊の要請が出来るのでほっとして、フランと顔を見合わせて苦笑い。


 男の後を付いて行くが、護衛の男達もゾロゾロと付いてくる。

 此の世界に来てと言うか、日本でも滅多に見られない重厚な作りの廊下を進み、階段を上がりいくつかの扉の前を通って一つの部屋の前に立つ。

 重々しくノックをすると「男達を連れて参りました」とご報告。


 巨大な扉が引き開けられると、背中を押されて室内に入る。

 ソファーにふんぞり返る初老の男と、傍らに控える細面の壮年の男。

 彼等の前に立たされると「跪け!」と怒鳴られた。

 フランが慌てて跪き、此処で逆らったら命が危ないと思い俺も渋々跪く。


 「ハンナの身分証を何処で手に入れた?」


 「だからさっきも言いましたが、お嬢ちゃんとハンナ婆さんを助けて、救援を呼ぶ為に俺達が此処へ来たんですよ。俺達の言葉だけじゃ信用してもらえないからと、その身分証を預かって来たんです。フラン、お嬢ちゃんが大事にしていたお人形を見せてやれよ」


 真っ青な顔で震えているフランが、俺の言葉に慌ててマジックポーチからお人形を取り出す。


 「それは?」


 「間違いない、ミーナの物だ」


 「信用してもらえるのなら、急ぎ救助隊を用意して下さい。別れてから11日経っていますので、遅くなると食料が無くなる恐れがありますから」


 「一週間以上前に、ミーナの身代金を要求する書状が届いた。ミーナの消息を探していて返事をしていないので、焦れたお前達が金を要求しに来たのではないのか? お前達二人が賊を倒して救出したと申すのなら、それを証明しろ。出来ないのなら、痛めつけて喋らせる迄だ」


 「シンヤさん、ビーちゃん達を見せなければ信用し・・・」


 いきなりフランが前に吹っ飛んだ。


 「誰が勝手に話しても良いと言った! 下手な相談は許さんぞ!」


 「とことん話を聞く気が無いようですね。お嬢ちゃんの命などどうでも良いのですか?」


 そう言ったとたん頭に衝撃を受けて吹き飛ばされた。


 「聞いている事に答えろ!」


 「あなた、ミーナの事を知らせてきたと・・・これは」


 「ミレーネ、ミーナとハンナを助けたと嘘を言って乗り込んで来た屑だ。もっともらしく救援を寄越せと言っているが、金を支払わないので催促に来た様だ」


 「救援を? 貴方は馬鹿ですか! 盗賊が救援を呼びに此処へ来ると思ったのですか? お父様もです! 自分達の所へ騎士達が乗り込んで来たらどうなるのか、子供でも判る事を。貴方達は下がりなさい!」


 「ですが奥様、得体の知れない下賎な者達です」


 「お父様! 警備の者達を、この人達から離れる様に命じて下さい! 話は私が聞きます!」


 「わっ、判った。お前達はミレーネの背後を守れ。そいつ等がおかしな動きをすれば即座に斬り捨てろ」


 「あなた、大丈夫ですか。出来れば詳しく話して貰えますか」


 「話をすればぶん殴られますし、話さなければ犯罪奴隷って言われてるんですがね。今も説明しようとしたら、後ろから思いっきり殴られて此の様です」


 「誰にも手出しはさせませんから、ミーナとハンナの事を教えて下さいな」


 「話を聞く気が有るのなら、ハンナ婆さんの身分証とお嬢ちゃんのお人形を見て下さい。それと此処の住所を書いた紙を」


 「判ったわ。お父様、ハンナの身分証とあの子のお人形は何処です」


 ソファーにふんぞり返った初老の男が、慌ててテーブルの上から身分証と壮年の男から人形を取り上げて差し出す。

 それをじっくり見、住所を書き記した紙を見て頷く。


 「ミーナとハンナが、何処に居るのか教えて貰えますか」


 「何処に居るのかと言えば、ザンドラとエムデンの間の森の中です。拉致された賊の塒から逃げ出したんですが、ハンナ婆さんの足じゃ森を歩くのは無理でしたから」


 「ミレーネ、信じるな。ミーナを助けたのなら、森の中ではなく町に向かうのが当然だろう」


 「話は最後まで聞いて貰えませんか。それと、俺達二人が多数の賊を相手に出来た理由を教えますので、そこの窓を開けて下さい」


 「判りました。窓を開けなさい!」


 壁際の騎士に命じて窓を開けさせたのでビーちゃん達を呼ぶ。


 《ビーちゃん達みんな、中に入ってきてよ》


 「フラン、こっちに来いよ。危険ですので、奥様は動かないで下さいね」


 「何をする気だ!」


 「俺達二人が、多数の賊を相手に出来た訳を教えて差し上げます」


 そう言っている間に、重低音を響かせてビーちゃん達が次々と部屋に跳び込んで来ると、俺達の周囲を旋回する。


 〈何だこの蜂は?〉

 〈キラービーだ! 逃げろ!〉


 《皆、俺とフランとこの女の人以外を、三回ずつ刺してやって》


 《任せて、マスター! みんないけっー♪》

 《わーい、ずんずん刺しちゃうぞー》

 《マスターのお許しが出たぞー》

 《今度は俺が一番に刺すんだから♪》


 〈痛っててて〉

 〈旦那様、逃げて! ワッ〉


 「奥様は安全ですから、動かないで下さい」


 〈止めろ! 痛たたた、助けてくれぇぇー〉

 〈だっ、旦那様ぁぁー〉


 「これを貴方が?」


 「最低の能力ですが、一応加護持ちのテイマーです」


 《マスター、もう少し刺してもいいですかぁ~》

 《マスターを攻撃した奴は、皆で刺したいです!》


 《有り難うね。もう少し話がしたいので上で待っててよ》


 《はーい》の返事とともに、窓際のカーテンやシャンデリアの鎖に止まり羽を休めるビーちゃん達。


 同時に多数の人の気配が近づいて来て、扉が激しく叩かれる。


 〈何事ですか!〉

 〈大丈夫ですか! 旦那様ぁ〉

 〈旦那様!〉


 「セバンス、静かにさせなさい」


 セバンスと呼ばれたフロックコートの男が、顔を腫らして痛そうにしながら扉の方へ歩く。

 執事ならセバスチャンだろう、と突っ込みそうになったが、お口にチャック。


 「この力を使って、ミーナとハンナを助けてくれたのね」


 「結果として助けましたが、先程そちらの方が言われました様に街に向かうべきでしたが、それは不可能でした。何故なら俺達を襲った奴等と、お嬢様達を襲った賊のボスが同じギルマスだからです」


 「ギルマス?」


 「ザンドラ冒険者ギルドのギルドマスターです。キラービーが倒した賊だけで19名ですが、それ以上の勢力と思われましたので街には戻れませんでした。それと身代金要求の書状は、隣の領地エムデンから送られたのですが、彼等と鉢合わせする訳にはいきません。もう一つ」


 そう言ってマジックポーチを取り出し、中のマジックポーチとマジックバッグを並べる。

 1-5の物が3個と6個、上物と思われる物が1個と4個。


 「三個の物は使用者登録を外していますが、6個はそのままです。上物と思われる物の1個は使用者登録は外しましたが登録者制限は掛かったままですし残り4個はそのままです。これを見れば推測出来るでしょうが、被害者から取り上げたマジックポーチの使用者権限を外し、新たな使用者権限を与えています。それに俺達を襲った連中は奴隷狩りもしていた様なのです。こうなると冒険者ギルドどころか領主も疑ってかかる必要があります。だから街で助けを求めたり、街道を歩く訳にはいきませんでした」


 「判りました。ミーナとハンナを救出する準備をさせましょう」


 そう言ったミレーネさんは、セバンスに派遣する騎士団員の選抜を命じたので、高ランク冒険者を最低10名程度雇うことを勧めておく。


 「さてと、お父様。何時もいつも思い込みで事を為し、後始末に私がどれ程苦労しているとお思いですか。お父様の思い込みのせいで、お母様から離縁されたのを忘れたのですか」


 「いや・・・その、ミーナの事が心配で・・・」


 「そのミーナを、御婆様が明日にも儚くなると大騒ぎして見舞いに行かせましたよね。私が来なければ、このお二方をどうするつもりでしたの? 好い加減にして下さい!」


 此処ってかかあ天下の家系なのか、父親なのにタジタジだよ。


 「それから貴方、娘の命より父に媚びへつらう事が大事ですか」


 「何を言う。妻とは言え、夫に対して・・・」


 「貴方とは今日限り離縁させて貰います! 娘が心配ならば多少でも話を聞こうとするはずですが、父に従って此の様です。ご実家の子爵家には私からご説明させて頂きます。宜しいですね、お・と・う・さ・ま」


 「ウッ・・・うむ」


 「そんなぁ~」


 あ~あ、離婚されちゃったよ。婿養子だったのか。


 「奥様、お二人を置いて此方に向かってから11日が経っています。俺達の食料全てとホーンラビットの肉を数頭分置いてきましたが、遅くなると食料切れになります。準備を急いで下さい」


 「案内して貰えるのでしょうね?」


 「勿論です。ハンナ様より多額の報酬を約束されていますので」


 にっこり笑って、報酬をケチるなよと言っておく。


 * * * * * * *


 メイドを呼び、準備が出来るまでのあいだ待つ部屋を用意してくれたので、ビーちゃん達に外に出てもらう。


 「いやー、一時はどうなるかと思って、金〇マが縮み上がりましたよ」


 「本当に人の話を聞かない奴だったね。娘に思い込みが酷いとか言われちゃってるし」


 「それに、旦那さんを離縁しちゃいましたよ。子爵家なんて言ってましたけど、大丈夫なんでしょうか」


 「良いんじゃない。人の話を聞かずに疑ってかかり、挙げ句に殴られたんだぞ。ざまあみろって言ってやりたいよ」


 「いやいや止めて下さいよ。今度は本当に斬り捨てられそうだから」

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