鎖国ナルシシズム

垂乃宮

第1話

 自分に都合が良い生き方をしてきた。周りからは"変なやつ"と思われてきた。人付き合いが苦手ではないが得意でもなかった。自分自身が傷つくのが嫌だったのだろう。自分が好きでたまらなかった。私が鎖国を始めてから5年は経っただろうか。

 今日も変わり映えのない朝に起こされた。共通テスト対策をしては復習をし、本番が刻々と近づいていくのを無感情に眺めていた。選択室の掃除担当だったが、軽音部の生徒達が使っているらしく、掃除がないのが少し嬉しかった。教室はまだ掃除中で、代わり教室前廊下で勉強に取り掛かる事にした。教室から廊下にせっかちに急ぐその時だった。数人の女子と危なくぶつかりかけた。隣のクラスの人だった。避けたものの何か気まずい雰囲気が狭長い廊下に流れた。その場を取り繕うように彼らは1人ずつ私の真横をすり抜けていく。その3人目だった。彼女の格好にひどく目を奪われた。灰色の毛織物のコートを着ていて上品に見えた。私はなぜか興奮した。その理由は正直分からないが、一目惚れは性欲のせいだという論理を唱えている私でもその興奮は性欲が全てでないことを悟った。私は悟られない様に冷静な面立ちを取り繕った。復習の課題は山積みで放課後は手一杯になり、その昂りは既に仕舞われていた。

 夜7時半。バスに乗った。乗客はあまり居なかった。昂りが少しずつ漏れ出るのを邪魔するものは何もなかった。自分が興奮した理由を見つけようと記憶を探り始めた。

 昔だが、一度付き合っていたことがある気が合いすぎるくらいには一緒にいて初めて落ち着くと思った女性だった。別れた理由は、文理分けでクラスが別だったこともあるが、一番は私のナルシシズムのせいだった。自分の正直さを愛し、若気の至りでLINEに自分の思いを濁流の如く暴露した。彼女は私のジェットコースターの様な喜怒哀楽のオンパレードに気を揉んでいたのだろう。私は初めてブロックされた。どうして良いか分からなかった。LINEが私と彼女を結ぶ一縷の糸だと錯覚していた。LINEをやめる選択肢はとうに消えてしまっていた。そんな別れ方をしたものだから未練が残っているのかもしれない。

 彼女の格好は光のページェントにそっくりだった。閑静なゆったりした定禅寺通りが、美しく、艶やかさで大人びる様に似ていて、それに惹かれたのかもしれない。

 不思議な事に、記憶に彼女を見るにつれてますます美しく思えてきて、あの時"綺麗"と言わなかったのを後悔してくる。光のページェントにはひとりでに"綺麗"と呟ける一方で、彼女に何も言えない自分は人間失格だ。女子を褒める軽い男だと思われたくないらしい。気づけばナルシシズムの操り人形になっていて思う様に足を踏むことすらままならなくなっていた。他人を愛する事に比べれば、自分を愛するのはどれだけ簡単な事だろうか。

 この先自分がどうすればいいのか、そんな答えは遠すぎて、バスが終点に着く方がずっと早かった。

 

 

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