青天の霹靂と変わらない日常①
あれは私がまだ二十歳そこそこだった頃、とにかく毎日が楽しくてバイトに明け暮れ劇団で活動しファミレスで打ち合わせして友人とカラオケをしてまたバイトをしてなんてそんな日々を送っていた時のこと。
右の脇腹が痛いな、なんて風に思っていました。
幸い住んでいたアパートの一階が病院(診療所という方が正しいかもしれない)がありまして、そちらにかかったところ「盲腸でしょう」そう言われました。
「いや来たな」私はそう思いました。
「薬で散らせます?」
医療知識も何もないくせに手術が嫌で生意気にもそんなことを言う小娘にもう七十歳は越している先生が難しそうに首を傾げました。
「んー、いやぁ、さくっと切っちゃった方がいいよ。さくっと」
さくっとだなんて、痛いのに。それにこっちには大事な舞台が控えてるんだそんなの無理に決まってる。
当時の私は明らかにぶすくれた顔で病院を後にして、無理を言って処方してくれた痛み止めを飲みながら日々を過ごしていました。
ところが痛みは治るどころかもっとひどくなるじゃありませんか。
最初はつきつきとした小枝がつついてくるような小さな痛みだったものが、その時は屈強な男の人にお腹を握り込まれているんじゃないかと思うほどに痛くて「ああこれは無理だわ」とさっさと手術を決めました。
なんせ大切な舞台が控えていたのです。
当時の私は劇団員で、その中で一番馬の合う女と舞台の主宰をしていました。
三回目の主宰舞台でした。色々な経験をさせてもらって、さあ次こそは自分たちの思い通りの舞台を作ろうと息巻いていた時でした。
場所もキャストもスタッフさんも決まっていました、決起集会の時間や場所も決まっていました。そうなれば稽古開始まで時間がありません。
「切るなら今やろ」そう判断した私は一度実家に戻ることにしました。
何度か入院はあっても体にメスを入れるのは初めてでしたので、流石に心細くなって実家を頼ったのです。
そしてとんとん拍子に入院も手術も終わった次の日のことでした。
私が生まれた時からお世話になっている地元の先生が何やら真剣な顔をして病室に入ってくるじゃありませんか。そんな先生の顔を見たのは後にも先にもその時だけです。
「あ、なんかやべえな」そう直感しました。
そしてそんな直感は当たるもので、先生は眉間に深く皺を寄せたまま、幾分か躊躇しながら口を開いたのです。
「あなたのあれね、盲腸じゃないかもしれない」
うわ、ドラマで見たことあるやつだと思いました。
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