鏡とフィクション

咲良碧

少女と本と鏡


「今日のは特に微妙だった。」


学校からの帰り道を歩きながら、たった今読み終えた本の感想を呟く。

いちいち描写が複雑だし、時系列もおかしかった。

何より“触れると昔の光景が見える不思議な靴がある”という設定がありえない。


それに比べて...。ずっと昔に読んだ本を思い出す。


リズミカルな文体、情景描写。

設定は普通の学園モノだけど主人公たちの心情がリアルだった。頭の中はその本の世界でいっぱいで、今日の本のことは既になくなっていた。


そんな時、いつも通る店のショーウィンドウに違和感を覚える。

普段ならヒラヒラしたフリルがついたドレスが見えるのにそこには自分の姿があった。

一気に現実へ引き戻される。

何かの見間違えかと思い目を擦った後また見るが、やはり映っているのは自分の姿だけ。別にどうでもいい、そう思い直して先に進もうとしたのに何故か体がここから離れようとしない。

それどころか気づいた時には手にはヒヤリとした感覚があり、鏡に触れていた。


一瞬何か起こりそうな気配がしてゾッとしたが、何も起こることはなく安堵する。



「何にもないじゃー」


最後まで呟き切る前に、視界が回転し始めた。強烈な吐き気がして思わず目を閉じる。


それを最後に、意識が遠のくのを感じた。




気づいた時、目の前に一足の靴が置いてあった。

何もない暗闇の中にポツンとある。



頭はもう考えることを諦めたかのように、靴へと伸びる手の動きに逆らわなかった。

靴の革の感触を味わった時、私はまた視界が回転するのではないかと身構える。


何秒経っても視界は回らなかったが、代わりに昔の自分の記憶が急に蘇るような感覚に見舞われた。





私は、これが何だかさっぱりわからなかった。

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