チーターみたいになりたいって言ったけど、ネコになるのは聞いてませんッ!

鍵宮ファング

プロローグ 運命:チーターみたいに……

 俺の人生――紅咲光輝べにさきこうきの人生は、実に空虚なものだった。


 夢も希望もなく、休み時間を仮眠に充て、放課後は適当に動画を見て過ごす日々。

 休日も、動画の影響で欲しくなったゲームを買うため、嫌々外に出るくらい。


 それ以外は食事の時間まで、特に何をする訳でもなく、自室に引きこもっていた。

 親は至って普通だった。ただ、子供への期待値が高すぎて、褒められたことは一度もなかった。


 テストで満点を取った日も、自由研究や読書感想文で賞を取った日も、決まって「そんなもの簡単に取れる」と一蹴されて育ったきた。


 さながら冒険序盤、始まりの街ラダトームの入り口にいる、全く同じことしか喋らない村人Aのように。淡々と、なんの感情もなく。


 産んで育ててくれたことは、もちろん感謝している。ただ、お陰で俺は、なにかに熱中する意欲を失った。


 どうせなにをしても褒められない。


 いくら努力したって学年一位の頭脳明晰、スポーツ万能、なんでもござれの出木杉くんには叶わない。

 ドラえもんもいない俺には、何もない。あるとすれば、『無』だけだろう。


 そもそも、『無』という概念すら存在しない、元々存在していたかも怪しい、あやふやな人間になってしまった。当然なにもないのだから、友達だっていない。

 天涯孤独、『永遠のゼロ』だ。夢も希望も、心の底からやりたい“目標”も、そしてそれを探す“心”すらない。


 そんな俺は今日、心の底からやりたい“目標”を見つけることなくして、轢死した。

 一瞬だった。


「き、君! 大丈夫⁉︎ 今、救急車呼ぶからね!」


 俺は、道路に飛び出した猫を庇って死んだ。

 何故か分らない。気が付いたら体が勝手に動いていた。


 猫は無事だったようで、俺の血に塗れながらも、暢気に茂みの中へと入って消えた。


「もうすぐで救急車が来るから、まだ死んじゃダメだ!」


 近くを通りかかった配達員が呼びかけているが、もう時間がない。俺はじきに死ぬ。

 しかし、正直清々した。


 もう誰にも〈期待〉というプレッシャーをかけられなくて済む。学校や試験に悩む必要もない。


 将来への一抹の不安だって、俺の体から止めどなく溢れる血のように、考えても無駄になっていくだけだ。


 もし、もしも地獄があるなら、親より先に死んで悲しませた罪で、賽の河原行き確定だろうけど。


 というか、別に死にたくて死んだワケでもない子ども達を、親より先に死んだ罪で地獄行きにさせるというのは、閻魔大王サマはとても無慈悲なお方らしい。


 現代のパワハラクソ上司と良い勝負なんじゃあないだろうか。

 でも、そんなことはもう、どうだっていい。


 そういえば……


(俺が死んで、母さんは悲しんでくれるのかな。父さんも、俺を見てくれるかな……)


 人というのは不思議だ。口や心で愚痴っていても、いざそうなってしまうと、とても惜しい。


 俺も、心のどこかで、両親の拘束から解放されるのを望んでいたのに、何かを求めて自由に羽ばたくことを願っていたのに、二人が悲しむ姿を想像すると……。


 いや、今更思ったところで、俺の死は覆らない。後悔しても遅いらしい。


 段々と意識が遠のいていく。そろそろこの世界ともお別れのようだ。配達員のお兄さんの顔も見れないまま死んでいくのか。


 せめてお礼くらい言いたかったが、そんなこともままならない。


(俺、これからどうなるんだろ。猫も杓子も擦られたアレ――“異世界転生”とかすんのかな)


 諦めがついて、変なことが頭を過る。でももし転生するなら、来世があるなら――



 ――チーターみたいになりたいなぁ。



 チーターみたいに、チート脳力で無双してみたい。周りのモブ達からチヤホヤされたい。

 チーターみたいに、ひたすら楽して、一生を謳歌したい。そして、なにか熱中できる“目標”を胸に生きてみたい。


 チーターみたいに、チーターみたいに、チーターみたいに……

 だがそんな思いも虚しく、俺の意識は消えていく。


 紅咲光輝、享年17歳。しがない俺の人生は、非情にも幕を閉じた。

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