霊道

ボウガ

第1話

昔、Aさんが大学生であるアパートに住んでいた頃の話。都内なのにずいぶん安く、これは妙だとおもいながら、彼はその部屋に住んでいた。貧乏学生だという事で、気にしていられなかったのだ。


しかし、ラップ現象、ものが勝手にうごくポルターガイスト、子供の走り回る音、笑い声が聞こえる。などの怪異が続く。


霊能者に頼むお金もなかったので、たまたま“霊感もち”という偶然できた大学の友達に見てもらうことにした。


 彼を部屋にまねいたところ、彼はいった。

「子供、子供が原因になっているね、彼が罪を背負っている、一応除霊してみよう」

 といってくれた。確かに日頃から子供の声を聴くし、足音もきいていたので彼にお願いした。


 その日、寝苦しくて体を起こす。どうやら、子供が部屋に閉じ込められているような夢をみた。どういう事だ?完全に除霊できていなかったのか?もともと期待していなかったが、彼にまた除霊を頼まなければ……ふと部屋を見回ると、一番つきあたりの物置にしている部屋に既視感を覚えた。夢で子供が閉じ込められていた部屋に似ているのだ。


 引っ越して以来ものおき、なにせ埃がすごくて、前の住人がのこしていったらしき古びた箪笥や棚がいくつかある。そのせいで苦手でドアは締め切ったままにしていた。

《ガタガタ、ガタガタ》

 部屋の奥でもの箪笥の引き出し動くような音がする。妙な冷気が、ドアの隙間からもれでてくる。友人を信じるのなら、相手は子供だ。と勢いよく扉をかえた。

《バタン!!》

 その瞬間、気を失いそうになった。普段着をきた老人、制服をきた学生、スーツ姿のサラリーマン、半透明の男女数名がたむろして、子供をあやしているようだった。子供は自分をみつけると、ゆっくりと歩いてきていった。

「消さないで……」

 その子供が自分に近づいてきた瞬間、恐ろしくなって着の身着のまま、件の友人に電話をかけ、事情を説明してその友人宅に泊まらせてもらった。


 目を覚ますと、友人宅、友人は生家の一軒家の離れに住んでおり、母屋のほうから何か騒いでいる声が聞こえた。こちらに近づいてくる数人のバタバタと足音がする。まずい、深夜に上がり込んだのがまずかったのか、と扉の近くにたち、空いた瞬間に頭をさげた。

「すみません!!」

「ごめんなさい!!」

「え?」


 そこには綺麗な女性がたっており、その人は、友人の母親となのった。そして、友人が中途半端なお祓いをしたことを怒っていたようだ。実は友人の母は本当に霊能者で、ひっそりと、副業でそうした仕事をしているようだったのだ。(本業はきいていない)

 どうやら息子が迷惑をかけた変わりに、無償でお祓いをしてくれるという。そこまでしてもらうのは申し訳ないとおもったが、中途半端な事をして、余計に問題をひろげたのだとおこっていた。



 すぐさまアパートに3人で向かう。友人の母親は顔をしかめた。

「“子供が元凶”たしかに、あんたはいい線をいっていたよ、だけど違うねえ」

 

 母親は目をつむる、と、こんな事を言い出した。

「子供は被害者だね……ずいぶん昔の事だ、このアパートが立って直ぐの事さ、子供の両親は、とても固い仕事についていてね、子供が昔から妙な事をいうのでこまっていたのだ、まだ小さいころはよかったが、小学生になると、精神病院に通わせはじめたようだね、だが、医者も頭をひねっていたので、学校から帰ると、息子を部屋にとじこめたんだね」

「いったい、その子は何を?」

「幽霊がみえたんだね、大方、子供も大人もどんな人間もみたんだろう、両親はしつけのつもりで閉じ込めたわけだが、むしろそれは逆効果だった、息子は余計に幽霊を見るようになり、言動はあらあらしくなり、医者もまずいとおもったのか、対処をし始めたんだ、両親は余計にしつけに厳しくなり、ほとんど虐待になり……ついにその子は、餓死をしたみたいだねえ」

「……」

 古い時代の事らしいので何とも言えなかったが、しかし、部屋で人がしんだというのは、気分がいいものじゃない。

「それで、その子は……あの霊たちは、のちに住んだ住人を呪って……誰も助けてくれなかったから」

「そうじゃない、それどころか、両親の事もうらんではいない、ただ……最後に両親に幽霊の姿を見せたかったんだねえ、“トンネル”をほったのさ」

「トンネル?」

 友人が頭をひねると、母親が腰を小突いていった。

「“霊道”さ」


 友人の母親は、件の部屋の前にいくと、その前でドアもあけずに座りこみ、その姿勢で何かを探し始めた。

「あったあった!」

 といって、壁をゴリゴリシャーペンか何かで削ってしまった。

「何してんですか!」

 とAさんが叫ぶと

「大丈夫、ホラ……」

 とそれをみせる。つまっていたのは、明らかに色の違う壁紙と、ぽろぽろと剥がれ落ちる石膏ボードだった。

「大丈夫、これくらい直せるし……大家さんもしっているはずだ」

 そういいながら額の左半分を床につけると、ずずず、とそのまま奥を覗き込んだ。

「これは?」

とAさんが友人に訪ねると。

「多分、子供が最後に“掘った穴”だね、食器か何かでやったんだろう」

 しばらくすると、友人母が、右手の裾をめくり、穴に手を突っ込んだ。けむりがまい、鼻をつまんでいると、しばらくして、母親がたちあがってにこにこしながらいった。

「ホラ!御札がつまっていたよ」

 そこには確かに、ぼろぼろに変色した古い札がおりまげられてつまっていたのだ。

「多分、少年が死んだあと、奇妙な出来事が立て続けにおきて、両親も息子の能力を信じざるをえなかったんだろうね……それがもっと早ければ、ね」


 その日、Aさんは夢をみた。部屋にいたあの幽霊たちが、お札が破られたことによって部屋のそとに旅立っていく夢だ。アパートをでると、スーッとそのまま、天に昇っていく。


 友人の母親はいっていた。

「霊道とはいっても、一時的にそうならざるを得ない場所もある、たとえばあの部屋は、“閉じられていた”ために、幽霊をよびよせた、少年の死とともに、札のせいで外に出られなくなった幽霊は、出口を探していたんだ、あの部屋の中だけが“霊道”だったんだねえ」

 Aさんは目がさめると、決して現世で救われなかった子供と、その子供の霊感を信じて、頼り、あるいは彼を認めていた幽霊たちの、哀れな共同生活を思い、成仏後の来世の幸福を願ったのだった。



 


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊道 ボウガ @yumieimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る