第566話 326『公爵家との別れ』

 最後になった書庫では、ていねいに確かめながら木箱に収めていく。

 やはり大陸が違うと植生も変わるようで、色々なレシピで薬草などが違う。


「これは……全部欲しいわね。

 とりあえず、公爵様に一言断ってからの方が良さそう。

 ジョンソンさん、数を数えておいて下さいね」


 慎重に箱詰めしながら書庫を動き回る。そしてある場所でそれを見つけた。


「隠し扉の入り口?

 この本棚を動かせば部屋があるようです」


「なぜそんな事がわかるのです?」


 ジョンソンはあたりを調べて回り、よくわからなかったのか不思議そうだ」


「私の師匠の薬師様の書庫とよく似てるわ。

 それにお年を召した薬師殿としては本が新しいし、少なすぎる」


 あちこち触っていたアンナリーナが、ある一点を引くと本棚が動き出し、奥に続く入り口が現れた。


「ほら、見つけた。

 ジョンソンさんも立ち会って下さいね。危険はありませんから」


【ライト】で灯りを着けると、アンナリーナはスタスタと中に進んでいく。

 そしてその古書の数々の素晴らしさに溜息を吐いた。


「何て素敵なの!」


 はっきり言ってジョンソンには、何がそれほど素晴らしいのかまったくわからない。

 元々頭を使う事が苦手で兵士になったのだ。ジョンソンにとって本などは現実と正対するものだろう。


「薬師殿はやはりかなり勉強なさったのですか?」


「う〜ん、私は師匠に教わりながら作ったのが多かったかな。

 本を読むのは元々好きだったから、師匠から受け継いでから貪るように読んだわ」


 どこが楽しいのかジョンソンには理解できないが、この場の本が薬師殿にとって大切なのはわかった。

 慎重な手つきで入れていく木箱の数を頭の中でカウントした。



 結果、薬師庵のアンナリーナが希望するものはすべて彼女のものとなった。

 そのかわり、ジャクリーヌの滋養に良い薬湯や茶のレシピを残す事になった。

 身体が脆弱なのは変わりないので、徐々に体力を付ける事が必要だ。


「なるべく早く代わりの薬師を雇うつもりだ。

 リーナ殿、世話になったな」


 ソファーに座る老公爵の横には、身体を締め付けないデザインのドレスを着たジャクリーヌがいる。


「いいえ、こちらこそ公爵様には過分の報酬を頂きました。

 ジャクリーヌ様、これからは何でもお好きな事が出来ますよ。

 でも欲張りすぎて公爵様を心配させないでくださいね。

 それからこれは、私からの本復のお祝いです」


 アンナリーナの手でインベントリから取り出されたのは、見事な薔薇色のアラクネ絹のドレス生地だ。


「これで作ったドレスを着て、公爵様にエスコートしていただいてパーティを楽しんで下さい」


 ジャクリーヌの目が、少女らしい喜びに輝く。


「ではダンスのレッスンの相手も務めようかな?」


 すっかり上機嫌の老公爵は嬉しそうに頷いた。

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