第456話 216『海賊』

 アンナリーナは船長から借りた、これから向かう大陸関連の本を読みながら時間を潰していた。

 そう、ツリーハウスの自室で。


「あちらは何か動きがあったかしら」


 船には今、テオドールとセトが残っている。

 アンナリーナは毎夜慣例となった船長とのお茶の時間(最早話し合いではない)以外は基本ツリーハウス側にいる。

 そして、今の季節にだけ採れる貴重な薬草などを採取したり、新作の料理を作るなど、それなりにエンジョイしていたのだ。


 そして出航して6日後、商人とその従者を装った強盗犯……海賊たちが動いた。

 その日は珍しく朝からアンナリーナは船室にいた。


「もうそろそろだと思うんだよね」


 感覚を研ぎ澄まし、船内を探索していく。

 そしてそれは船外まで及び、目を閉じて集中していたアンナリーナがピクリと動いた。


「……追ってくる船がいるわね」


 ポツリとそう言ったアンナリーナを前に、テオドールが本来の得物、戦斧を取り出した。


「海賊船か? ついに来たのか?」


「わからないけど、こんなところまできて漁はしないでしょう。

 熊さん、船長を呼んでもらえるように頼んで」


 頷いたテオドールがドアに向かい、アンナリーナが居住まいを正す。

 そして船内の探索を続けると、すぐに異常に気づいた。


「例の部屋に人が集まっている」




「呼び出したりして申し訳ないわね。

 今回はちょっと不審な事が重なっているので、お聞きしたいと思ったの」


 アンナリーナはソファーを勧め、いつものように茶でもてなした。

 ちなみにそれは鎮静効果のあるハーブ茶だ。


「何でしょう?」


 わざわざ呼び出すにはそれ相応の理由があるはずで、それが語られるのを船長が待っている。


「不審な点はふたつ。

 件の海賊一行が動き出すようです。

 これは……今のところは様子を見て、最終的な場面で抑える方が良いですね。

 犠牲者を出さないためにも、手は出さず、私たちに任せていただけますか?」


「だが、どうしても斬り合いになるだろう?」


「接触しなくても制圧する方法はいくらでもあるのですよ」


 うふふと笑うアンナリーナが怖い。


「それと、質問があるのですが、このあたりで漁を行うことはあるのですか?」


「漁? こんな海岸から離れた外洋で漁をするなんてあり得ない。

 ……どうしてそんな事を?」


「んん〜

 私の探索で、この船を追うようにして一隻、確認できるのですが漁船ではないと?」


「あり得ませんね」


「ふうん、では……このタイミングということは、そういう事だということですね」


「そうですか」


 彼は今まで海賊に遭遇した事がない。

 何しろこんな外洋に海賊が出没する事は今までなかったのだ。


「乗船の皆さんには抵抗しないように言って下さい。

 海賊たちの目当ては彼らの商品でしょう。

 必ず後で取り戻しますから心配しないで下さい」


「では、お任せしても?」


「ええ、もちろんです」


 アンナリーナの瞳には、獰猛な光が宿っていた。




 船長とそんな遣り取りがあって間もなく、海賊たちが動き出した。

 商人たちが昼食を終えた頃、皆が船室にいる事を確認した荒くれ者たちが、各部屋に一斉になだれ込んできた。


「抵抗するな!

 大人しくしていれば命まで取らない!

 すぐにお前たちの持つ貴重品、アイテムボックスを出すんだ!」


 どうやら賊の中には空間魔法の遣い手がいるようだ。

 本来はアイテムボックスも登録した人物以外は出し入れが出来ないのだが、その契約を解除できる術者が海賊側にいて、アイテムボックスごと強奪するようだ。


 騒ぎを聞きつけた、二等客室の乗客である冒険者パーティが海賊たちを相手取る。

 いく閃か剣を交わしたが多勢に無勢である。

 冒険者たちはだんだんと無力化されていき、命こそ落としていないが、かなりの重傷のものもいる。

 彼らも荷物を取り上げられ、回復薬すら使えない状態で、傷を縛る事しか出来ない。

 彼らの中には治癒魔法を使えるものがおらず、現に1人が危険な状態だった。



 海賊たちはアンナリーナの部屋を除いて、すべての部屋を制圧していた。

 リーダーである女と共にいた魔法使いの能力ではアンナリーナの結界を破る事が出来ない。

 リーダーとしてはアンナリーナこそ身ぐるみ剥ぎたい対象であったので、なんとしても押し入りたいところだが、それは叶わなかった。

 そうこうするうちに次々と仕事を終えた海賊たちが集まってくる。

 ……もうすぐ時間だ。

 リーダーの女は皆を引き連れ、甲板へと向かった。

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