第455話 215『深夜の説明会』

「リーナ嬢、夜分遅くに申し訳ない。

 お待たせしました」


 本当に、深夜と言える時間帯にこっそりとやって来たのは船長だ。


「いいえ、大丈夫です。

 でも毎日この時間では困りますね」


 笑顔のアンナリーナだが、その顔が少し怖い。

 だが快く?迎え入れると、見るからに船の備品ではないソファーに座るよう勧めた。


「夕食はお済みで?

 何か召し上がりますか?

 軽食くらいなら準備出来ますが」


 アンナリーナは、ハーブ茶を淹れ、同時にサンドイッチを取り出した。

 出されたら欲しくなるのは人としての常。当然の事だ。

 コーヒーに似た、芳醇な香りのハーブ茶を一口含むと、船長の手はサンドイッチに伸ばされた。


「美味い……」


 辛子の効いたローストビーフのサンドイッチは、どちらかと言えばビールに合うだろう。


「気に入っていただけたら何より。

 で、あれから何かわかりましたか?」


 一応アンナリーナたちが重要参考人ということになっているので、何かと口の軽くなったものたちから情報を得ているかもしれないと思ったのだが。


「あー、ごほん。

 あまり代わり映えしませんな。

 とりあえず、件の一行にはそれとなく監視を付けてありますが、今のところ動きはありません」


 船長は咀嚼しながら、その合間に応えを返してくる。


「あの、いくつか質問があるのですが」


 船長が頷いて、先を勧めてくる。


「この船の乗客は大陸で取り引きをする商人がほとんどですよね?

 私、考えていたのですけど、商人の方たちは一体何を対価となさるのですか?

 通貨や金や宝石の類いではないですよね?」


「良いところに目を付けられましたな。

 そうです。そのようなものでは大した取り引きにはなりません。

 何しろあちらは、たとえ魔獣の素材にしても、我々の知るものとは違う珍しいものが多いのです」


 それを聞いて、アンナリーナの心が躍る。


「商人の方々はまず、魔導具を売って換金し、それであちらの物品を購入するそうですよ」


「魔導具、ですか」


「ええ、さほど大きなものは運搬出来ませんが、アイテムボックスに詰め込んで持ってこられているようです」


「どのような魔導具が人気なのでしょうか?」


「魔導具ならなんでも。

 あちらの大陸には【魔導具】と言うもの自体ありませんから」


「え?魔導具がないのですか?」


「私たちの大陸とはまた違った進化を遂げた魔法を使っているのかもしれません。

 あちらは、まったく魔法を使わない……いえ、使えない種族も多いのです。

 獣人やドワーフは魔力を持ちませんし、目立って魔法を行使するのは魔族とエルフくらいですね。

 あと、あちらのヒト属はそのほとんどが魔法を扱えません」


「それで魔導具が……」


「ええ、それが簡単な灯りを燈すものや火を点けるもの、水を出すものでも大変重宝されます」


 なるほど、良いことを聞いたと、アンナリーナはほくそ笑む。

 魔導具だけではなく【異世界買物】の100円ライターやチャッ○マンのようなものでも喜ばれそうだ。

 アンナリーナは締まりがなくなりそうな表情を引き締めて、次の話題に移ることにした。


「船長、私疑問に思うのですが、あの強盗犯たちはなぜこんな出航直後に犯行に至ったのでしょう?

 それほどの被害は出なかったのですよね?

 それと、こんな海の上で逃げ場もないのに、最終的にどこに逃げるつもりなのでしょう?」


「それに関しては、少し心当たりがあります。

 ただ、外洋で行われた事がない為、疑っているのですが。

 でも監視は怠っておりません」


「何ですか?」


 アンナリーナには想像もつかない。

 それは、主に内陸でしか仕事をしてこなかったテオドールも一緒だ。


「おそらく【海賊船】かと」


「海賊船ですか?」


 アンナリーナはこの世界で初めて聞く言葉にびっくりする。

 前世ではフィクション、ノンフィクション合わせて色々知識があったが、まさかのリアル海賊船である。


「では、強盗犯は海賊と言うこと?」


「おそらくは。

 多分、数日のうちに合流するつもりでしょう。

 その直前にひと仕事するはずですよ」


 それから船長は、普段と違う二等客室の様子を教えてくれる。


「……元々二等客室は、一等に乗船している商人の方々の従者のためのものだったのです」


 アンナリーナの部屋のように、従者のための寝室も付いた部屋は稀だ。

 そして、それなりの数の従者を従えている場合、彼らの寝床も必要となる。


「二等客室は大部屋です。

 今回は数名、冒険者の方々もいらっしゃいますが、あとは商家の方々なんです。

 その中に海賊が紛れ込んでいるのです」


 頭を抱えたくなる事態だ。

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