第452話 212『出航』

 デッキに出ているアンナリーナたちは、今出航の時を迎えていた。

 重々しい合図の鐘が鳴らされ、船が動き出す。

 この船は魔導船なので、前世のような化石燃料もましてや人力も必要としない。

 まるで風を受けたようにスルリと動き出した船は、一切の抵抗も受けず岸壁から離れていった。


「リーナ、部屋に戻ろう。

 すぐに風が強くなる……ここにいても面白い事はないぞ?」


「うん、もうちょっと」


 アンナリーナは今世はもちろん前世でも船に乗った事がない。

 公園の池にあるようなボートすらないのだ。態度には表していないが、今現在かなりはしゃいでいたのだ。

 前世でテレビなどで見た海と違って、その色は特徴的な淡藤色だ。

 これが深度を増すと紫が強くなると言う。


「不思議な色だね」


「そうか?

 俺らは、海はこんなもんだと思っているから、何とも感じないがな」


 ふたりで並んで腰掛けていて、早朝の清々しい空気の中、海の匂いが混ざっている。


「それにもっと外洋に出たら、びっくりするくらい海の色が濃くなるそうだぞ。

 俺は見たことないがな」


 テオドールの腕が腰に回され、あっという間に膝の上に持ち上げられてしまった。

 そのまま座らされ、マントで包まれる。


「海の風は冷える。

 まだしばらく見ていたいなら、このままにしていろ」


 マントの上からそろりと撫でられてビクリと震えると、テオドールが喉で笑った。



「ん?」


 テオドールに身体を凭れさせていたアンナリーナが顔を持ち上げた。


「どうした?」


 ふたりはまったりと、潮風に吹かれて寛いでいた。

 そんななかの、アンナリーナの異変だ。


「んん……誰かが私の結界に触れたね」


「船員か、メイドではないのか?」


「違うね……」


 アンナリーナはまるでもの思いにふけるように虚空を見つめ、その目に怒りを浮かべた。


「悪意のあるものが解錠しようとした。船員ならノックするはずだし、メイドなら鍵を持ってるでしょ。

 それにうちはクリーニングは要らないと言ってあるもの」


「主人、様子を見に行ってこようか?」


 アンナリーナたちの後ろに控えていたセトが初めて口を開いた。

 彼は自分たちの部屋だけでなく、もっと広い範囲で異常を感じているようだ。


「いいえ、後で何かトラブルがあった時のアリバイのために、あなたたちはここを動かないで。

 どうせ私の結界は破れないんだし……

 諦めて動き出したようね」


 アンナリーナは脳内パネルのマップ機能で、対象の動きを監視している。

 そしてセトはその他の気配を探っていた。


「ふうん、この不審者は一度二等客室に戻って、それからまたどこかに行くようね……

 ほら、動きだした」


 アンナリーナの言葉をセトが補完する。


「同じように動いているのが9人?

 いや11人か?

 ほとんどが部屋に入るのに成功しているな。そして出てきて……皆、二等客室に向かっている」


「そうね。私たちの部屋に入ろうとした不審者は、一階上の一等客室の一室に入っていったわ。

 中には……3人いるわね。

 皆、真っ赤っかよ」


 アンナリーナの悪意察知能力では対象は赤く表示される。

 これは魔獣と同じである。


「これって、ひょっとして強盗団?

 まずいんじゃない?」


 閉鎖空間での犯罪をどうすれば良いのか、アンナリーナには考えつかない。

 ただ、今アンナリーナが騒ぎ立てるのは問題あるだろう。


「今、鉢合わせするのもまずいわ。

 もう少し様子を見て、皆で船長のところに行きましょう」


 そしてアンナリーナはまた、マップに戻っていった。

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